表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和装の皇さま ~Another Story   作者: 狼花
玖暁―――輝ける陽光の国
15/43

少年の日の思い出14

再生暦5009年5月

 桃偉が死んだ。その現実は、みなの心を打ちのめした。


 なかでも瑛士は、特に無力感に打ちひしがれている。彼もまた、群衆の中で桃偉が処刑されるさまを見ていた。見ているだけで、何もできなかったのだ。桃偉を助ける大きな機会だったというのに、瑛士は師を助けることができなかった。


 桃偉は解放の戦いをやめるなと言った。だが、どう続ければいいのだろう? 思案は堂々巡りをし、結局「不可能」という結論に戻ってくる――。


「……貴方は、何をやっているんですかっ!」


 そんな怒声が浴びせられたのは、丁度その時だった。ぎょっとして振り向くと、そこには昴流がいた。昴流の両目には強烈な怒りがある。悔やみでも悲しみでもなく、怒りだ。それはつまり、彼がまだ諦めていないということ――。


「す、昴流……」

「父さんが……神谷桃偉がどうして自分から命を差し出したのか! 貴方は、その意味を少しも考えないんですか!?」

「団長が命を差し出した、意味……?」

「神谷桃偉は、皇都の民や騎士たちに、なんと思われていた人なんですか!?」


 瑛士は思い出す。街に出ればあちこちから人々が集まってきて、桃偉に笑顔で声をかけていたことを。騎士の訓練でも、みなその厳しさに息を切らせながらも決して脱落しようとはしなかったことを。


「……尊敬していた。みんな団長が好きだった」

「その団長が、殺されたんです! この国の皇に! 今までこの国のために戦い続けてきたあの人を、この国のために皇を殺そうとしたあの人を! 民衆はどう思うんです!?」


 昴流が瑛士の腕を掴む。その力の強さは、とても少年とは思えない。


「仇を討ってくれって……そう言ったでしょう!? 大好きだった人にそんな風に言われたら、みんなやってやろうと思うんじゃないですか!?」

「! まさか……」


 瑛士もようやく悟る。そうか、そういうことだったのか――と瑛士は呟く。昴流が頷いた。


「そうですよ! 父さんは自分の死で、民衆や騎士たちが蜂起するのを狙ったんです……っ!」

「っ……」

「父さんはそこまで舞台を整えてくれました。それなのに、瑛士さんがこんなところでうじうじしていてどうするんですかっ……民衆を引っ張るのは、解放軍の務めでしょっ」


 昴流の言葉が力をなくす。だらりと手を下げ、唇を強く噛みしめていた。泣くのをこらえているのだろう。――年下で、自分以上に桃偉の死を悲しんでいる昴流が、瑛士より先に立ち直っていることに、瑛士は衝撃を覚えた。そして同時に情けない。自分は騎士でありながら、昴流より弱い。


「俺に……できるか」


 瑛士が呟くと、話を聞いていたみなが頷いた。


「御堂にしかできない」

「あの人の後継者は、お前だけなんだ」

「頼む、瑛士」


 同じくその場にいた真澄が、ゆっくりと前に進み出た。彼の目には、悲しみを越えた決意の色が滲んでいた。


「……私が民の前に立とう」

「真澄さま……」


 意図的に民衆を避けていた真澄が、いま民衆の前に出て自らの言葉で訴えると言った。それだけ彼にも強く、昴流の言葉が響いたということだ。


 民を戦争の道具にするのは許されることではないだろう。だが、民を味方につけていない皇は皇としての資格がない。人気というのはそれだけ重要だ。


 そしていま、真澄を知らない民衆たちではあるが、真澄への信頼以上に真崎への反感がある。それがある限り、真澄の味方になるはずだ。


「桃偉は、父が武皇として恐れられるために大きな功績をたてた。そんな我が国の英雄を、父は殺したんだ。そのことに不信を抱いた貴族もいるだろう。今ならきっと、私たちの声が届く……」


 真澄は言いながら、視線を瑛士に向けた。


「瑛士」

「はい」

「この軍の総帥として、お前を騎士団長代理に任じる。目的は皇の打倒、及び悪政からの解放。それらを使命としてお前に課す」


 鳳祠真崎を殺せ。真澄は瑛士にそう命じた。皇殺しになる瑛士にもそうだが、僅か十三歳と九か月の少年にも「父を殺せ」と命じた責任が強くのしかかる。


 瑛士は背筋を伸ばし、踵を鳴りあわせた。そして真澄に敬礼を向けた。


「御堂瑛士、拝命いたします!」


 何と異例なことであろうか。部隊長でもない新米の瑛士が、ただ桃偉の弟子で真澄と知尋の護衛であるというだけで騎士団長という大役を任されたのだ。十八歳という年齢は、勿論史上最年少である。だが彼の並はずれた戦闘力は誰もが目にしてきたし、桃偉の遺志を強く引き継いでいる瑛士の存在はそれだけ輝いて見えた。


 くるりと騎士たちを振り返った瑛士は、大声を張り上げた。その顔に、先程までの憂鬱さはない。


「みんな! もう一回やろう!」


 そのなんとも馬鹿っぽい台詞は、仲間たちに快く受け入れられた。それを見た昴流はほっと息をついた。昴流が桃偉に託された頼み事は、なんとか成し遂げた。「消沈する瑛士らの背中を叩け」――それが昴流の役割だ。もう大丈夫、と昴流は確信する。これからは、解放軍のひとりとして戦いに身を投じようと決めた。


 守るのだ。自分の身を。咲良のことを。真澄と知尋を。この国の人々を。


 桃偉の理想を叶えるために。



//////////\\\\\\\\\\//////////\\\\\\\\\\



「――未来とは、運命を享受して得るものではない。自ら手を伸ばして掴みとること自体に意味があるのだと、私は思う」


 真澄は台の上に立ち、自分を見上げる民衆たちの顔を見渡しながら、ゆっくりと訴えかけていく。散々話す内容を悩んでいたが、いざ本番となると真澄には得体の知れぬ威厳がある。たとえ少年であっても、彼には王者として十分な風格があった。


「私が皇となった暁には、みなの平等で豊かな生活を約束する! 権力者による人身売買、金の横領……それらを私は許さない。必要のない戦いを起こし、みなを強制徴兵することも決してしないと誓う」


 割れんばかりの拍手が轟いた。今や真澄は民衆を完全に味方につけたのだ。


 解放軍はあれから、地下に籠るようなことはやめて、民衆の前に堂々と姿を現した。それから真澄は人を広場に集め、自らの考えを知らしめる。それによって、真澄への期待と皇への不満が競い合うように比例して伸びていったのだ。もちろん敵である私兵騎士団が何度も武力で妨害しようとしてくるが、そのたびに会場警備の騎士たちによって撃退される。むしろ騎士たちの強さを民衆に見せつける絶好の機会ですらあった。その結果、刀鍛冶は解放軍騎士に刀を献上し、商人は食料を提供し、医者は薬を提供し自らも従軍したいと願い出てきたのだ。


 そんな真澄と騎士団の勇気ある行動に触発されたのは、何も民衆だけではなかった。真っ先に合流したのは、いまだ皇城に残っていた騎士たちである。彼らは皇と皇子の争いに興味がなく、またあったとしてもどちらの味方になるべきか迷いあぐねて結局行動しなかった者たちだ。その騎士たちは、団長である神谷桃偉が皇に殺されたという一件で、完全に真澄らに助力を申し出た。


 そして次に、貴族や地方の権力者たちである。勢いは解放軍にありとみなした皇都の貴族たちは、ころっと解放軍に寝返った。地方の権力者たちは喜んで助力を申し出た。彼らの殆どは今まで腐敗した政治制度をいいことに、地方で領民相手に好き勝手やっていた者たちだ。皇が真澄になれば彼らは当然のごとく罰せられてしまう。それを防ぐためにも、今のうちに寝返っておくか、という魂胆であることは確実である。真澄は貴族の相手を、顔の広い矢須に一任した。任された矢須は皇子のもとへ馳せ参じた貴族たちから、搾れるだけ糧食や資金を搾り上げてしまった。


 こうして解放軍は急激に勢力を伸ばし、真崎に従うのは早坂公爵や神谷家を中心とした、いくつかの大貴族だけになった。今や真崎にとって玖暁そのものが敵であり、皇城という建物だけが最後の砦となっていた。その砦でさえ、解放軍に完全に包囲されている。


 とはいえ堅牢な城壁に守られ、数はまだ貴族軍に分がある。数名が合流したとはいえ、第一師団の移動式砲撃台や神核術士部隊は城内に残ったままで、懐に入りにくくい。そのことに関しては瑛士も真澄もさほど気にしてはいないようだった。その理由として、感覚派の瑛士は「今の解放軍の勢いを止められるわけがない」と言い、自国や他国の用兵術を学ぶ真澄は「籠城戦とは援軍が来ることを大前提として行う手段であり、その可能性が全くない貴族軍としては城に固執せず、打って出るしかない」と言った。どちらの言葉に騎士たちが納得したかは一目瞭然であったが、瑛士の言葉もまた真実であった。


 貴族軍との小さな紛争を繰り返しつつも、解放軍の準備は着々と進んだ。以前の自分からは考えられないほど毎日を多忙に過ごしている真澄のもとに、知尋が歩み寄った。知尋はいま、矢須とともに合流した貴族たちの窓口となっている。


「真澄、悪い知らせです。青嵐軍が国境を越えました」


 低いその報告に、真澄は眉をひそめる。


「やはりそうなるか。また彩鈴(さいりん)から情報が回ったんだろうな」


 現在玖暁国内は皇派と皇子派とに分裂して内戦状態にある。その情報を、諜報国家である彩鈴は敵国である青嵐にもたらしたのだ。それを狙って青嵐は攻めてきたに違いない。こうなる可能性は高すぎるほどあった。だからこそ真澄は既に対策済みだった。


狭川(さがわ)部隊長とその部隊を、既に天狼砦に派遣済みだ。狭川に防戦の指揮は一任する。……持ちこたえられそうか?」


 知尋は微笑んで頷く。


「戦局は有利と伝令が伝えてくれました。後ろは狭川部隊長に任せて、私たちは今やるべきことに集中をしましょう」

「ああ」


 真澄は顔を上げた。視線の先には皇城がある。彼はその場で決定を下す。


 時は満ちた。明日、日の出とともに皇城を攻める――と。



//////////\\\\\\\\\\//////////\\\\\\\\\\



 明朝、出撃する――その指令は瞬く間に広がった。


 昴流もそれに備え、自らの武器防具の点検を行った。もう、昴流が子供だからと言われることはなくなった。彼は確かに桃偉の息子で、弟子で、それにふさわしい技量を兼ね備えていたのだ。


「昴流」


 声をかけてきたのは瑛士だった。昴流が手を止めると、瑛士は「少し外に行かないか」と促した。頷いて、拠点として使わせてもらっている空き家から外に出ると、きつい西日が目に突き刺さった。


「明日できっと、すべてが終わるな」


 そう言った瑛士に、昴流は「そうですね」と答える。瑛士は振り返り、頭を掻いた。


「その……有難うな。団長が亡くなって気力を失っていた俺に、喝を入れてくれて」

「お礼なんて。むしろ怒鳴ってしまったことを詫びたいんですけど」

「詫びる必要なんてない、俺は本当にお前に感謝しているんだ。……それで、さ。お前はすべて終わったらどうするつもりだ?」


 いつか来ると思っていた質問だ。昴流は曖昧に首を傾げる。


「さあ……普通の暮らしに戻るとしても、生きるための金は必要ですからね。子供でも雇ってくれそうな職を探しますよ」

「そうか……」

「――と、思っていたんですけどね」

「ん?」

「僕は今の生活を変えたくて、この戦いに自分の意思で参加しました。そして今までの体制はきっと今日で終わる。改革が成ったからといってそこで手を引くのは、少し無責任なのではないかと思っています」


 瑛士がわずかに目を見張る。


「僕は破壊者になろうとしています。だからこそ今度は、次の時代を生きる人々の守り手になりたい。――騎士団っていうのは、僕みたいな子供でも入団を許可してくれるんですか?」


 微笑み交じりに尋ねると、瑛士は大きく頷いた。


「ああ……ああ、大歓迎だ! 他の奴が何と言おうと、俺が許可する。もちろん、訓練生として入ってもらうけどな」

「良かった。じゃあ、そういうことで」

「だが、お前は学校もちゃんと卒業しろよ?」


 今度は昴流が呆気にとられる番だった。昴流は騎士学校を辞める気でいたのだ。


「訓練生の自由な時間は結構ある。学生と訓練生の両立はできるだろう。それに、お前は特待生として入学して奨学金をもらっているんだろう? 退学すると、それまでの授業料を払わなくちゃいけないぞ。そんな金、ないだろ」

「うっ……」

「そういうわけで、きっちり最後まで通って卒業しろ」


 拒否などできようはずもなく、昴流は了承した。と、大勢の人間の走ってくる足音が聞こえてきた。はっとしてそちらを見たが、駆け寄ってきたのは解放軍騎士でも私兵騎士でもなく、昴流がよく見知った人たちだった。


「おーい、昴流!」

「! 大典……!」


 先頭を走っていたのは、親友の勢賀大典だった。彼に率いられているのは、昴流の同級生たちだ。中には上級生の姿もある。


「昴流! 明日の戦いに、俺たちも参加させてくれ!」

「な、何を言って……!」

「お前が俺たちを気遣って、何も知らせずにいたんだってことは分かってる! けど、俺たちはこういう時のために剣術を学んできたんだ! お前一人に、俺たちの未来を背負わせるなんて我慢できない!」


 大典は昴流の両肩を掴む。その力はとても強い。


「俺も神谷団長の仇をとりたい。何より、そんな団長を目の前で失ったお前に、少しでも協力したいんだ」

「大典……」


 昴流は困ったように瑛士を見上げた。すると瑛士は腕を組む。結論は案外あっさりだった。


「明日、昴流は市街の防衛に就いてもらうことになっている。それに同行して、力を貸してやってくれ」

「有難う!」


 大典が心の底から嬉しそうに頷いた。昴流はふっと笑みを浮かべた。


 一度突き放したはずの友人は、変わらず昴流の傍にいてくれる。それがこんなに心強いだなんて。


 昴流は大典と、その後ろにいる騎士学校の仲間たちに向きなおった。


「――僕たちは、好きこのんでこの時代に生まれたわけじゃない」


 昴流のその言葉に、みなが聞き入る。


「でも生まれたからには生きる権利がある。自分たちの生活を守る権利がある。その権利に基づいて、僕たちの生活を狭める今の体制に反旗を翻す。そういう権利もあるはずなんだ。いや……もはやこれは義務なのかもしれない。苦しい生活を享受しては、絶対に駄目だ」


 昴流はそこで一度言葉を切り、声を張り上げた。


「このろくでもない時代を終わらせるために、みんなの力を貸して!」

「おう!」


 大典の即答を皮切りに、少年たちが同意の声を上げる。「これでこそ騎士の卵だ」と呟く瑛士の横で、昴流は頼もしい友人たちに囲まれて束の間疲れを忘れることができた。


 そして――歴史上もっとも大規模なクーデターが、始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ