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5話

 世界を救うのは才覚ではありません。


 行動こそが、閉ざされた未来を切り拓くのです。


 行動に必要なのは立場ではありません。


 前進するという決意こそが、あなたの足を前に踏み出させるのです。


 進む先を決めるのは血統ではありません。


 優しさが、思いやりが、あなたの行くべき道を照らす光なのです。


 光は、力には宿りません。


 困難を前にしても進むことをあきらめぬ勇気こそが、あなたの光となるでしょう。


 聖剣も聖鎧も、勇気なくしては輝きません。


 心に宿るあたたかなきらめきを力に換えるための道具にすぎないのです。


 ですから――あなたがふさわしい。


 才覚なく、立場なく、血統なく、優しく、勇気ある者――勇者よ。

 勇気で奮い立つあなただけが、この武具を力に換えることができるでしょう。





 そうして『聖剣』と『聖鎧』は授けられた。

 手に入れた新たなる力にハシャいだころもあったが、激化する戦いの中、新しい武具の無敵感に浸れる時期はそう長くなかった。


 必死に、駆け抜けた。

 才覚がないから人一倍努力をして。

 立場がないから死地に追いやられ。

 血統がないから出世は望めず。


 ……優しさゆえに、足手まといの他者を切り捨てられず。

 勇気があるゆえに、いらないものを背負ったまま進み続けられてしまった。



 それは呪いだ。



 ヒトはチョロい生き物だ。

 美しい神様がお優しい声でちょっと『お前は特別だ』とささやくだけで、その生涯を費やし期待に応えようと奮闘する。

 まして二十歳前の、功名心と使命感そして正義に燃えるガキ一匹、神からすれば手のひらで転がすのは造作もなかったことだろう。


 彼は聖剣、聖鎧を受け入れ、そして――

 武具に生存を強要されている。



「なぜオレが生きていたか? それは、コイツに生かされてたからだ」



 このうえなく忌々しいという顔で、胸を叩き、ルシアンは語る。

 その暗くよどんだ黒い瞳はたしかにレベッカの方を向いてはいたけれど、もっと遠いところをながめているかのようだった。



「『聖鎧』はオレを死なせなかった。……島に入りたてのころ、先輩罪人どもにどれほど殴られようが、蹴られようが、痛くもかゆくもねぇ。食事をとらなくとも、腹は減るが死にはしねぇ。溺れようが窒息しようが飛び降りようが、オレは死ぬことができなかった」



 生きるという辛苦。

 三十年前、世界を救った果ての仕打ちに絶望しきり、すべての気力を失った彼は、『生きていた』のではなかった。


『死に損なっていた』のだ。



「『聖剣』は、あらゆる脅威を排除しようと、常にもっともふさわしいカタチに変化した。……オレがどれだけ無抵抗を決め込んでも、意識さえ失えば、聖剣がこの体を操って、勝手に脅威を排除する」



 もっとも、それら武具に意思はない。

 ただ、宿主であるルシアンを守るための機能が備わっているだけだ。

 ルシアンの意思でオフにすることのできない、自己防衛機能が。



「『聖剣』と『聖鎧』を譲れと言ったな。いいさ、オレは異存ねぇよ。こんなモン、譲れるもんなら譲ってやる。ただし――神から授かったこの武具はな、呪いそのものだ。オレの意思で渡せるモンじゃあねぇんだよ」

「じゃあ、どうやって……」



 レベッカが、ようやく口を開く。

 その声にわずかなおびえがあるのは、聖剣、聖鎧について語るルシアンが、あまりにまがまがしい憎悪を放っていたからだろう。


 少女のおびえた様子には、ルシアンも気付いたらしい。

「チッ」と舌打ちをしてから、バツが悪そうに視線を逸らして、



「……さてな。こんな島じゃあ調べようもねぇ。……だが、二つ可能性がある」

「なんですか?」

「『聖剣』と『聖鎧』は勇気に寄生(・・)する。だから、オレ以上の勇気を示すことができれば、あるいはお前を新しい宿主に定めるかも知れねぇな」

「ど、どうやって?」

「知るか」

「えええ……」

「……もう一つの可能性は、『ある女をたずねる』」

「……女の人?」

「島には『触れるべきでない罪人(アンタッチャブル)』と呼ばれる罪人が三人いる」

「は、はあ」

「うち一人は『懲役五百年』『国家叛逆罪』の『元勇者ルシアン』――つまりオレだが、あとの二人のうち一人が、ひょっとしたら、こういう呪いの外し方を知ってる可能性がある」

「……その人は、どういう方なんですか?」

「『懲役七百年』」



 人間だけではなく、たとえエルフだったとしても、一生を費やしてあまりあるほどの刑期。

 そんなものを課されている女とは、



「『叛逆扇動罪』『牧場主アナマリア』。……世界一美しいと言われる、毒と呪いの魔女だ」

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