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追放された勇者は老いてから返り咲く  作者: 稲荷竜
二章 疎外されし者たち
17/22

17話

 奇跡は起きない。

 思えば『上手に負ける』という経験のない人生だった。

 敗北することがへたくそなのだ。手加減をすることは無礼だと思ってしまう性分なのだ。


 ルシアンは長く『勇者』をやってきたし、そう呼ばれる以前もずっと戦っていた。

 いる場所は常に最前線。性格は生真面目で不器用。剣を抜けば相手か自分が死ぬという意識で戦ってきたし、ロクサーヌにもそう教え込まれてきた。


 手を抜いて戦うことができない。

 ルシアンにとって手加減という言葉は『腕を斬り落しただけで相手を見逃す(命まではとらない)』というような意味だ。


 が、世間では違うらしい。

 たとえば道場主などの『強い者』が使う『手加減』という言葉には、どうにも『互角の戦いを演出しつつ、最終的にどちらもケガなく済ませる』といった意味があるようで、そちらがどうしてもルシアンにはできないのだ。



「可能なら、あと一、二回はオレを打てるように導いてやりたかったんだが……」



 それはうっかりこぼれた、偽りのない言葉だった。

 禁止事項を積極的に解きたかったというわけではない。

 ただ、修行には『強くなった実感』が必要で、その実感を与えてやりたかった――偽りであろうとも、強くなったという気持ちにさせてやりたかったのだという想いはあったのだ。


 けれど、できなかった。


 昼夜を問わず襲いかかってくるレベッカ。

 その攻撃のことごとくに、ルシアンは対処しきってしまった。


 大人げない勝利だ。

 むしろ攻撃に当たってやれなかったルシアンの方がへこむぐらいの。


 けれどレベッカは、



「やっぱり、ルシアンさんは強いですね」



 泥だらけの顔で、笑った。

 誇らしそうに、それから、隠しきれない残念な気持ちをほんの少しだけにじませて、笑った。





 船が来る。

 罪人を運ぶための船はこうして定期的に島を訪れ、最近はその頻度も多い。


 そもそもが重犯罪者のみを隔離するための離島である。

 こんな『数日に一度』のペースで船が来ることは本来ありえなかった。少なくとも十年前ならばありえなかった。けれどここ五年ほどはやけに島の住民が増えている気がする。


 世界の状況。


 ……気にならないと言えば嘘だ。

 というよりも、気になるからこそ語らせないようにしている。


 知ればまた、救いたくなってしまう。

 世界を、人を。

 他者を救いたいという衝動は生まれる前から魂に刻み込まれた呪いだ。それはきっと正義の心なのだろうけれど、正義というものが自分には何ももたらさないことをルシアンはとっくに学習している。



「あ、帆が黒い……えっと、私を迎えに来たみたいです。……本当に、来ることができたんですね。みんなは、私にした約束を、きちんと守ってくれたんです」



 帆の色を変える。

 すなわち、今、この島に向かっている軍艦は、レベッカの仲間により征圧されている。

 たかが護送船とはいえ、軍艦だ。それを征圧するのに費やされた準備のための時間と仕掛けと労力がいかほどのものか、想像さえ及ばない。


 朝日を背に受けながら、高台で見下ろす船には、どこか威風堂々とした雰囲気があった。

 波をかき分ける舳先には強い気力が充溢(じゅういつ)しているようだ。


 船が来る。

 追い風に乗って、来る。


 吹き付ける海風は潮の匂いが濃かった。……いや、おそらく濃いはずなのだ。けれどとうにその濃さを認識できないほど、ルシアンという男はこの地に根付いてしまっている。


 世間から疎外されて平穏を享受している。

 その自分が、


 ……。



「……まあいい。アレがお前を迎えに来た船だってんなら、行くぞ。そろそろ接岸用の小舟(ボート)が出るだろう。浜辺で迎えてやれ。他の囚人に征圧されるのもバカらしい」



 思考を打ち切り歩き始める。

 後ろからついてくるレベッカが、言う。



「ルシアンさん、私は帰りません。だって、聖剣聖鎧を持ち帰るか、あなたを連れ帰らないと、ここに来た意味が……」



 答えず、歩いていく。

 レベッカはついてくる。

 何かを言いながらついてくる。

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