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追放された勇者は老いてから返り咲く  作者: 稲荷竜
二章 疎外されし者たち
13/22

13話

 なぜ、島にとどまり続けるのか?


 男はその問いに答える言葉を持たない。


 考えたこともなかった。考えてみてもわからなかった。島に思い入れなどあるはずもない。外の世界に居場所がないのはそうなのだけれど、生来『居場所』なんていうものを求めた覚えがなかった。


 思えば執着というもののない人生を過ごしてきた。


 大事なものがない。

 ……いや、本当はあるのだろう。けれどそれがなんだかわからない。他者の語る『大事』と己の思う『大事』とのあいだには、言い知れぬ隔絶があるような気がする。


 同じ言葉を用いても、意味するところがほんの少しだけズレているような。


 そのズレは本当にわずかで、他者と浅く付き合うぶんにはまったく問題ないくせに、深く交われば交わるほど溝は大きく広がり、気付けば周囲を親友と呼べる者に囲まれているのに言葉の通じぬ異境でただ一人取り残されているような不安感が心を苛んでいる。


 ……ああ、そうか。ようやくわかった。


 きっと、この島は居心地がいいんだ。


 ここにいるのはみんな、他者とわずかに、けれど、深刻にズレてしまった者ばかりだから。





「それにしても――職務に忠実なのは結構なことだがな、なんで『魔なる者』であるはずのテメェが、そんなにも忠実に人類の決まりに従うんだ?」



 昼日中(ひるひなか)、そびえ立つ塔を背負った男へ問いかける。

 そいつはジッとこちらを見ていた。表情は変わらず、感情らしきものがうかがえない。

 ただ腕を組み両脚を肩幅に広げて立つ姿だけで、巌のような揺るがぬ存在感を醸し出す男だった。


 男は質問に応じず、沈黙していた。


 そうしていると本当に岩のようだ。ピクリとも動かないから、というのもそう思える理由だけれど、やはり変わった容姿が生き物よりも無機物のように見えてしまうのだろう。


 皮膚は黒色。

 裸の上半身には、白い不可思議な紋様がびっしり浮かんでいる。


 目は黄色。

 白目黒目の区別はなく、真っ黒いまぶたの中に、真っ黄色の眼球がおさまっている。


 太く、デカい。

 拳は巨岩、腕は大木。太っているわけではない。その男は均整のとれた八頭身であり、遠目に見れば細身にも見えるのだけれど、サイズ感が人類の五割増しだった。


 魔なる者。


 そう呼ばれた人類の敵がいた。

 かつて『勇者』ルシアンが活躍した戦争での、敵対者の名だ。


 その戦争では価値観や容姿の違いからわかり合えぬ二者が殺し合った。

 そうして人類が生き残り、魔なる者はその命脈を絶った。人類にとって連中は一人たりとも生かしておいてはならない仇敵であり、文字通りの殲滅が行れた中――


 特例中の特例で、たった一人だけが生き残った。


 ……その助命を嘆願したのが他ならぬ勇者ルシアンであったのだから、因縁を感じる。

 かつて命を救った魔なる者が、今、ルシアンの収監された島の番人として、目の前に立ちふさがっている。


 男は真っ黒で切れ目の見えなかった口をようやく開き、語る。



「愚問。我は人類に従っているのではない。勝者たる貴様に従っている」



 重苦しい声だった。

 ただ低いだけではない。魔なる者どもの声は、ブレて(・・・)聞こえる。二種類の声が重なっているような、若者と老人が同時にまったく同じ内容を口にしているかのような、不可思議で、人類からすれば生理的に嫌悪感を催す声をしているのだ。



「勇者ルシアンよ。我に勝利し、我に人類への忠誠を誓わせた者よ。……貴様に命じられた通り、我は生きながらえている。ヒトに従い、ヒトの味方をし、恥を忍んで生きながらえている。その貴様がなぜ、我の行動に疑問を呈す?」

「……そりゃあ、聞いたがよ。あれからもう何年経ったと思ってるんだ? お前らは気が変わるってことがねぇのか?」

「我らにとって――いや、我にとって、敗北とはそういうものだ。貴様こそ、気が変わることはないのか?」

「ああ? どういう意味だ?」

「何を思い、三十年も服役をしている? 貴様は人類の英雄だったはずだ。人類最強の男だったはずだ。我を破った戦士だったはずだ。……我が不満を覚えるとすれば人類の貴様への扱いよ」

「……」

「我らならば、最強の戦士を放逐などせぬ。敬意を払い、その者が望めば王として戴こう。だというのに人類は……」

「人類はテメェらみてぇな戦闘種族じゃねぇんだよ。政治力と戦闘力は別物だし、戦闘力と指揮能力も別物だ。みんなそれをきちんとわかっている」

「愚かなり。王とはすなわち先頭に立つ者よ。その号令あらば何をおいても従い、死ねと命じられたなら謹んで命を差し出させていただく。それこそが王であり、それこそが臣民である」

「テメェらがそんな価値観だったから戦争が避けられなかったんだよ」

「こちらの言葉だ。人類はおかしい。なぜ、自ら力を奮わぬ者が権力の座に就く? 臣民はそれで納得するというのか? 納得していないならば、なぜ王を殺し成り代わろうと思わぬ? 我らならばそうする」

「……オレは価値観の隔絶にめまいを起こしに来たんじゃねぇんだよ。オレの要求は最初に言った通りだ。――島から出してほしいヤツがいる。許可を頼む」

「貴様が問いを繰り返すならば、我も答えを繰り返すのみ。――認められぬ。刑期を終えるまで何人たりとも島からは出さぬ」

「オレの頼みでもか。お前の言うところの『勝者』たる、オレの願いでも」

「貴様に一度敗北し、貴様の要求に今なお従っている」

「……」

「我に新たなる命令をしたいと願うならば、勝利を更新せよ(・・・・・・・)。老いさらばえたその身で、再び我に死の淵を見せるのだ。『この者にはどうしても敵わない』という実力を、我に見せつけてみよ。あるいは、我を殺せ。むしろそちらこそ我が望み」

「……チッ」

「…………人類は悲しいな。なぜ、老いるのだろう。貴様があの華やいでいた若いころのままであれば……なぜ、老い、衰えるのだ。なぜ寿命で(・・・・・)死ぬのだ(・・・・)? 寿命(そんなもの)など捨ててしまえばいいのに」

「それができたら古文書に出てくる権力者どもは『不老不死』なんか求めなかっただろうよ」

「……理解ができん」

「そっくりそのまま言葉を返すぜ。……クソが。案の定こうなった。話が通じる相手じゃねぇっていうのはあいつ(・・・)にも言ったんだがな」

「……?」

「いや、いい。じゃあな」

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