12話
「残念だけれど、あなたに『呪い』の気配はないわ」
聖剣、聖鎧は『呪い』ではないとアナマリアは告げる。
「そもそも、『呪い』とは生物としてのランクが同じ相手にかけるもの。人から人へ、『魔なる者』から人へ、『魔なる者』から『魔なる者』へ……神から人へかけられたものは、どれほど呪いのような性質を持っていたとしても、もはや『呪い』とは呼べません」
だから、聖剣、聖鎧をルシアンの魂から剥がすことはできないのだと。
……この答えを聞いてレベッカは残念そうな顔をしていた。
けれどルシアンは特に反応を示さない。
やっぱり、という感が強い。
そして、続いてアナマリアが述べる言葉にも、おどろきは覚えなかった。
「神が授けたものであれば、神に還すことで解除できると思いますわ。……『聖剣』と『聖鎧』を最初に授かった場所からならば、きっと、それら武具を返還できるのではないかしら?」
ルシアンは舌打ちをする。
……それは、唯一、レベッカに告げなかった『聖剣、聖鎧を外せる可能性』だったからだ。
なぜ、告げなかったのか?
理由は明白だ。
聖剣、聖鎧を授かった場所は、大陸にある。
つまり監獄島から出なければならなくって――
◆
「ルシアンさん、監獄島を出ましょう!」
ほら、来た。
ねぐらにしている洞窟へ戻ったルシアンは、あまりにも予想通りの展開に眉をひそめる。
夜のとばりが落ちていた。
レベッカの前には、先ほどまで食事の盛られていた容器が転がっていて、食べた物のかすが彼女のほっぺたにはくっついている。
ルシアンは洞窟の壁に背中をあずけ、壁に差した灯りを見ながら――
「……オレは、お前を七日間……『迎え』が来るまで保護する。お前が監獄島内で行きたい場所があれば、ついていって、守ってやる。目を離すとすぐ死にそうだからな」
「……ごめんなさい。私、実際に、ルシアンさんがいなければ、死んでいました。重ね重ね、助けてもらって、ありがとうございます」
「それはいい。……時代遅れの考えかも知れねぇが、オレは色々理由をつけて動かない連中よりも、弱さも愚かさもわかったうえで、死への道を舗装していくヤツの方が好きだ」
「私のこと、『好き』って?」
「……うるせぇ。調子に乗るな。懐くな。めんどくせぇ」
「ふえええ……ちょ、ちょっと甘えると容赦がない……」
「……だが、島の外に出るとなれば話は別だ。お前は今のところ罪人じゃねぇが、オレを連れ出せばその時点で本当の罪人だ」
「……その『罪人』についてなんですけど……」
「『あなたも冤罪で捕まっている』という話をオレにするなよ。それは『オレを語るな』という約束に反する」
「……それもありますけど……今は、『罪人』の意味が、あなたが外にいた時とはまた違うんです。えっと、世界の状況にかかわってくるんですけど……」
「じゃあ聞かせるな」
「なにもお話しできないじゃないですか!」
「……いいんだよ。情報なんぞ、いらねぇ。それはアナマリアの放つモノより強烈な毒だ。オレに情報をもたらすモノ、オレを無駄に生かすモノに、オレはなんであれ憎悪を持ってあたっている」
「憎悪って……」
「情報はストレスだ。平穏に生きてぇなら、あらゆる情報を遮断して生きるに限る。……そうだな、オレの心情とは別なところで、いかにオレをこの島から出すのが難しいか、お前に情報をくれてやろう」
「言い方が意地悪だ……」
レベッカがいじけたように頬をふくらませる。
ルシアンはため息をついて、
「この島には『触れるべきでない罪人』が三人いると言ったな?」
「はい。そのうち二人は、アナマリアさんと、ルシアンさんですよね?」
「三人目はこの島の監督官だ。……三人目っていうか入島順で言えば『一人目』だがな」
「……え? あ、そういえば――いるんですよね、そういう人が」
「まあ、存在感はねぇからな。たった二日過ごしただけでも、この島がいかに無秩序かわかったろう? 監獄の監督官が『規律』を司る存在なら、島の監督官は役目を果たせてねぇ」
「はい……」
「殺しを容認し、罪人がコミュニティを築いてナワバリを作るのを容認し、ナワバリ争いでたまに死人が出ることも――罪人同士の戦争と、それに伴う勢力拡大をも容認している」
「監督できてないじゃないですか!」
「そうだな。その監督官が罪人どもに守らせる規律はただ一つ。『刑期を終えるまで島からは出ないこと』。それは『こんな島でも刑期を終えれば出島できる』という意味でもあり――『脱獄は決してできない』という意味でもある」
「……でも、その人も罪人なんですよね?」
「そうだ。『無期懲役』だがな」
「……無期って」
「オレがいる前からすでにいて、オレが死んだあとも居続けると言われる――種族は、『魔なる者』」
「……え? そ、それって、ルシアンさんが戦争の時に戦った……?」
「そうだ。『存在』が罪とされ永遠にこの島の管理を任され、なぜかその決定に従い続ける『魔なる者』の、今となっては唯一の生き残りだろう『島の番人』。刑期を終えずに出るなら、そいつを倒さなきゃならねぇ。ただし――」
「……」
「――島の罪人が束になったって、そいつには敵わねぇだろうがな」




