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10話

 貴様の発言を認めない。

 家畜が知的生物のように言葉を扱うなど、看過できることではない。


 貴様の権利を認めない。

 許されることなどなにもない。生かされているだけで罪なのだと心得よ。


 貴様の自由を認めない。

 命令されたこと以外はなにもするな。呼吸と鼓動を許してやっているのは、我らが慈悲だと思え。


 真理を理解し、認識することを許す。

 心に刻め。貴様ら人族など、我ら『魔なる者』の家畜でしかないのだと。





 真っ赤な髪が鮮やかで綺麗だと褒められたことがある。


 もう思い出せないけれど、お母さんの声だ。

 わたしは、わたしの髪色が嫌いだった。


 だって、赤毛は馬鹿にされる。

 なんでだかわからないけれど、友達はみんな赤い髪が嫌いなんだ。



「違うのよアナマリア。あなたの髪が炎みたいに綺麗だから、みんな悔しくって、つい、そんなことを言ってしまうの。……自信を持って。私の、自慢の娘。私と同じ髪をした、愛しい子」



 いつかきっと、私は、私の赤毛を好きになれるのだろうか?

 お母さんみたいに、綺麗だなって思える日が来るのだろうか?


 ……その未来は失われてしまったから、もうわからない。


 戦争があった。

 人類と『魔なる者』どもの戦争。


 わたしたちが幸運にも生き延びてこられたのは、奪うものさえない小さな集落だったからで。

 わたしたちが不運にも目をつけられてしまったのは、『魔なる者』どもにとって、『ただ生きている命』が奪うべきものだったということだけ。


 村は襲われて、大人はみんな殺された。

 子供(わたしたち)は囚われて、どこかへ連れて行かれた。


 それからはもう、家畜の日々だ。


 発言は認められなかった。

 権利なんかなかった。

 長い家畜生活で、自由という言葉を忘れそうになった。


 移動は全部四足歩行で、首につけられたリードを引かれて連れ回される。

 衣服なんかまとうことはできなくって、ずっと裸のままだった。

 最初は恥ずかしかったけれど、だんだんとそういうことを考えられなくなっていく。


 毒と呪いの研究だ、と『あいつら』は言った。


 並んだベッド。

 つながれた手足。

 首が固定されているせいで、見える景色はずっと真っ白な天井だけだった。


 耳には悲鳴が響き続けていた。


 ……毒と呪いの研究だ、と『あいつら』は言った。


 私たち子供は同じ部屋に複数あるベッドに並べられて、色々なものを注入されたり、飲まされたりした。

 知り合いばっかりが集められていたから、最初はどれが誰の悲鳴かわかったんだけれど、次第に悲鳴が人の声じゃなくなっていって、どんどん数は減っていったのに、どれが誰のか全然わからなくなってしまった。


 最後には、わたしだけになった。


 わたしは特別な検体らしい。

 毒と呪いに強い耐性を持っていて、おまけに受けた毒を体の中で作り出せる。

 それがずいぶん褒められて、『あいつら』にご褒美までもらうことができた。


 ご褒美は、『子孫を残す権利』だった。


 どうやらそれは生物として喜ぶべきことらしい。

 笑って礼を述べろと言われた。

 わたしは笑ってお礼を言う。

 そして――『魔なる者』どもじゃない、人族に抱かれた。


 人族側の、協力者。

 人でありながら『魔なる者』どもに手を貸す男たち。


 わたしはそいつらにずいぶん気に入られてしまったらしい。

 毒と呪いを浴びる時間はだんだんと減り、知らない男と過ごす時間が増えた。


 最初はただただ事務的に、『子孫を残す権利』を果たすためだけに行われた。

 でも、だんだんと『趣向』をこらすようになってきて、わたしは『身なりを整える権利』をもらって、鏡を見ることを許されるようになった。


 鏡の中には知らない子がいた。


 お母さんゆずりの真っ赤だった髪は、すっかり真っ白になっていた。

 でも、お母さんみたいだった。

 なんで、そんなふうに思ったんだろう?


 ……ああ、そうか。私は、成長したんだ。


 いったい、どれぐらいの時間が経っていたのだろう?

 少なくとも、子供が大人になるぐらいの時間、私は毒と呪いと男の精を浴び続けていたみたいだ。


 でも、そんな日々も唐突に終わった。


 勇者が私を助けてくれたらしい。

 私を犯していた男たちも、『魔なる者』に脅されていたんだと訴えて、すっかり被害者になってしまった。


 私たちは同胞だ。

 同じ人類だ。

 だからきっと、私が恨むべきは彼らじゃなくって、『魔なる者』どもなのだろう。

 でも、勇者がそいつらも倒してしまった。


 じゃあ、私はいったい、誰に怒ればいいの?


 お母さんの仇はどこ?

 友達の仇はどこ?

 私の真っ赤な髪を真っ白にしたのは、誰?


 恨んでいい相手も怒っていい相手も、どこにもいない。

 みんな死んだり、『被害者』になったりしてしまった。


 ……煮えたぎるような憤怒が消えない。

 私の怒りは出口を求めてさまよい続けている。


 戦争が終わって、『あいつら』を殺しても、怒りが消えてくれることはなかった。

 でも、私がされたことをそのまま男にしたら、一瞬だけれど、だいぶ楽になることがわかった。


 だから、止めてはならない。

 安寧の一瞬を求めて、永遠に復讐を続けよう。


 私の怒りはこの世すべてへ。

 毒よ、呪いよ、世界を侵せ。

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