10話
貴様の発言を認めない。
家畜が知的生物のように言葉を扱うなど、看過できることではない。
貴様の権利を認めない。
許されることなどなにもない。生かされているだけで罪なのだと心得よ。
貴様の自由を認めない。
命令されたこと以外はなにもするな。呼吸と鼓動を許してやっているのは、我らが慈悲だと思え。
真理を理解し、認識することを許す。
心に刻め。貴様ら人族など、我ら『魔なる者』の家畜でしかないのだと。
◆
真っ赤な髪が鮮やかで綺麗だと褒められたことがある。
もう思い出せないけれど、お母さんの声だ。
わたしは、わたしの髪色が嫌いだった。
だって、赤毛は馬鹿にされる。
なんでだかわからないけれど、友達はみんな赤い髪が嫌いなんだ。
「違うのよアナマリア。あなたの髪が炎みたいに綺麗だから、みんな悔しくって、つい、そんなことを言ってしまうの。……自信を持って。私の、自慢の娘。私と同じ髪をした、愛しい子」
いつかきっと、私は、私の赤毛を好きになれるのだろうか?
お母さんみたいに、綺麗だなって思える日が来るのだろうか?
……その未来は失われてしまったから、もうわからない。
戦争があった。
人類と『魔なる者』どもの戦争。
わたしたちが幸運にも生き延びてこられたのは、奪うものさえない小さな集落だったからで。
わたしたちが不運にも目をつけられてしまったのは、『魔なる者』どもにとって、『ただ生きている命』が奪うべきものだったということだけ。
村は襲われて、大人はみんな殺された。
子供は囚われて、どこかへ連れて行かれた。
それからはもう、家畜の日々だ。
発言は認められなかった。
権利なんかなかった。
長い家畜生活で、自由という言葉を忘れそうになった。
移動は全部四足歩行で、首につけられたリードを引かれて連れ回される。
衣服なんかまとうことはできなくって、ずっと裸のままだった。
最初は恥ずかしかったけれど、だんだんとそういうことを考えられなくなっていく。
毒と呪いの研究だ、と『あいつら』は言った。
並んだベッド。
つながれた手足。
首が固定されているせいで、見える景色はずっと真っ白な天井だけだった。
耳には悲鳴が響き続けていた。
……毒と呪いの研究だ、と『あいつら』は言った。
私たち子供は同じ部屋に複数あるベッドに並べられて、色々なものを注入されたり、飲まされたりした。
知り合いばっかりが集められていたから、最初はどれが誰の悲鳴かわかったんだけれど、次第に悲鳴が人の声じゃなくなっていって、どんどん数は減っていったのに、どれが誰のか全然わからなくなってしまった。
最後には、わたしだけになった。
わたしは特別な検体らしい。
毒と呪いに強い耐性を持っていて、おまけに受けた毒を体の中で作り出せる。
それがずいぶん褒められて、『あいつら』にご褒美までもらうことができた。
ご褒美は、『子孫を残す権利』だった。
どうやらそれは生物として喜ぶべきことらしい。
笑って礼を述べろと言われた。
わたしは笑ってお礼を言う。
そして――『魔なる者』どもじゃない、人族に抱かれた。
人族側の、協力者。
人でありながら『魔なる者』どもに手を貸す男たち。
わたしはそいつらにずいぶん気に入られてしまったらしい。
毒と呪いを浴びる時間はだんだんと減り、知らない男と過ごす時間が増えた。
最初はただただ事務的に、『子孫を残す権利』を果たすためだけに行われた。
でも、だんだんと『趣向』をこらすようになってきて、わたしは『身なりを整える権利』をもらって、鏡を見ることを許されるようになった。
鏡の中には知らない子がいた。
お母さんゆずりの真っ赤だった髪は、すっかり真っ白になっていた。
でも、お母さんみたいだった。
なんで、そんなふうに思ったんだろう?
……ああ、そうか。私は、成長したんだ。
いったい、どれぐらいの時間が経っていたのだろう?
少なくとも、子供が大人になるぐらいの時間、私は毒と呪いと男の精を浴び続けていたみたいだ。
でも、そんな日々も唐突に終わった。
勇者が私を助けてくれたらしい。
私を犯していた男たちも、『魔なる者』に脅されていたんだと訴えて、すっかり被害者になってしまった。
私たちは同胞だ。
同じ人類だ。
だからきっと、私が恨むべきは彼らじゃなくって、『魔なる者』どもなのだろう。
でも、勇者がそいつらも倒してしまった。
じゃあ、私はいったい、誰に怒ればいいの?
お母さんの仇はどこ?
友達の仇はどこ?
私の真っ赤な髪を真っ白にしたのは、誰?
恨んでいい相手も怒っていい相手も、どこにもいない。
みんな死んだり、『被害者』になったりしてしまった。
……煮えたぎるような憤怒が消えない。
私の怒りは出口を求めてさまよい続けている。
戦争が終わって、『あいつら』を殺しても、怒りが消えてくれることはなかった。
でも、私がされたことをそのまま男にしたら、一瞬だけれど、だいぶ楽になることがわかった。
だから、止めてはならない。
安寧の一瞬を求めて、永遠に復讐を続けよう。
私の怒りはこの世すべてへ。
毒よ、呪いよ、世界を侵せ。




