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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
溢れ出す想い

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第95話 吐き出す思いと、ポストスクリプト

「ーーーと、いう事があったんだ。」


「随分急に終わったじゃないか。その後、そのエクソシストの子が素直に帰ったとも思えないが。」



画面越しの彼は私が人間の話を自分からするのが余程珍しかったのか、思っていたより話に食いついてきた。鬱陶しいな、と思いつつも、その実彼の言うとおりだった。



「確かに、その通りだ。あの後、案の定アイリスは駄々をこねだした。『3本先取だ』、『無効だ』と。まあ、不正をした私が何も言える立場ではないし、何より面倒だったからな。その辺りの説得は連花(れんげ)………この前の司教に任せたんだ。」



「へえ。それで、その子は納得したのかい?」



この化物は、自分以外のすべてを見下しているくせに個性を理解し、思考を読むからたちが悪い。そのうえ、その能力を悪意に用いるのが始末に負えない。


案の定、急に歯切れが悪くなる私を見て察したのだろう。ニヤニヤと、愉快そうな笑みを浮かべている。



「納得はしなかったな。だが、連花司教の話に出てきた氷良(つらら)という女司祭が車で迎えに来て、なんとか納得して、晴れて解散だ。」


「へえ。それで?」


「それだけだ。」


嘘はついていない。ただ、少し話していないことがあるだけだ。


「ふーん。まあいいさ。なかなか愉快な話だったよ。3戦とも情けない闘い方をしてくれた君を讃えて拍手を送ろうじゃないか。」



にやにやと馬鹿にするように、ゆったりとしたテンポで拍手をする。腹立ちはするが、事実なので甘んじて受け入れる。何より、『あのこと』を話さずに済みそうだ。彼に気付かれないよう、私は内心肩を撫でおろした。


「そういえば。」



彼のその一言に思わず身体がこわばってしまう。それを見て、彼の顔は私の反応を楽しむかのように口の端が上がるが、すぐにいつものようにからかうような表情になった。


「そういえば、君が最初に言った『私がいた方がましだった』、とはどういうことだい?」


「ああ、それか。別にたいした話じゃない。」



本当に大したことがない理由なので、私はほっとした。



「君がいたら、皆不愉快な気持ちになってさっさと帰ろうとするだろう?そうすれば私も今回の事に巻き込まれなかったはずだ。」


「ああ、そういうことか。私の事が好きになったのかと期待しちゃったじゃないか。」



そう言いながら、彼はどこか嬉しそうだった。相変わらず気持ちが悪いな、と私は嫌悪感から顔をしかめた。



3時から話していたからだろう。既に時間は6時を過ぎていて、カーテン越しに見える外の景色は明るくなっていた。



「日も昇ってきた。話は以上だ。ご清聴頂いて申し訳なかったな。」



あまりに面倒な出来事で、誰でもいいから話したかったのだが、流石にもう少し相手を選ぶべきだったな、と今更ながら後悔したが、どうせ彼に花見の事を聞かれたついでに話すことにはなっただろう。むしろ先に話すことで、『あの事』を話さずに済んだ。と前向きに考えることにした。



「いや、構わないよ。むしろ愉快な話が聞けて大満足さ。ありがとう。」


彼が本当に楽しそうな表情をしているのを見て、心の底から不快な気持ちになったが、まあそれもいつもの事だ。


「では切るぞ。」と通話アプリの退出ボタンを押そうとしたとき、



「あ、ちょっと待ってくれないか。」と慌てたように私を制止した。



少しの既視感を覚えながら、私は手を止める。



「なんだ。」



さっさと話せ、というメッセージを込めて、端的にそう訊ねた。




「いや、さっきの話とはまるで関係がないんだけれど、君には大事なことさ。『そろそろ』だろう?」



彼の顔が、歪に歪んだ笑みを見せる。私を弄ぶときの、悪意の表情。



その言葉で、私は一週間前に感じた、今まで殺した人間への罪の意識と共に閉まっていた、自らも忘れていた感覚を思い出す。



「なんの、話だ。」




「分かっているくせに。私達誇り高き夜の王の中でも、その高い『適応能力』が認められた私と君を含めた一族ですら、完全に克服することの出来なかった弱点。そして、私達の私達たらしめる、その名を冠した理由でもある誇り高き行為さ。」



わざとらしく遠回しな言い方をする。これ以上は聞きたくない、お願いだ、その口を閉じてくれ。避けられないのは分かっている、けれど、お願いだから。



私は、その願いすら声に出すことが出来ない。



「『そろそろ』、お腹が空いたころだろう?」


「ち、違う!!」



自分でも、何を否定したのかわからなかった。否定したところで、何かが変わるわけでもなかった。


「あれぇ?そうだと思ったんだけれどなあ。まあいいよ。お腹が空いたらいつでも言ってくれ。私が新鮮な人間を用意してあげるよ。君の人間と親睦を深める口で、人間に愛を伝える口で、人間を啜り殺す為に。」



そう言う彼は、笑いを堪えていた。私の感情を悪意で踏みにじって、それを楽しんでいた。けれど私は、なにも考えられなくなっていた。



「じゃあ、また次の日曜日に。一緒に食事をする日を楽しみにしているよ。」



そう言って、彼が通話を切ってから、そうだ、聞きたくなければそうすればよかったんだ、という事に気が付いた。



私は、夜が明けたというのにしばらくパソコンの前で呆然としていた。


今までも、何度も人間を殺してきた。彼が連れてきた人間ではあったが、最終的には自分の意志で。そのたびに自己嫌悪に陥っていたが、それが出来た。



でも、それが出来たのは、きっと私が化物だったからだ。人に恐れられて、人を恐れ、人に死を望まれ、人より死を恐れる化物だったからだ。人と、関わりがなかったからだ。



でも今は、彼女達を知った。会話を交わし、共に過ごし、愛を感じた。



私は、吸血をする行為、それに耐えられない。もしそれが出来たとして、『それが出来た』、という事実に耐えられない。



無理だ。お願いだ、気のせいであってくれ。


想像しただけで、不快感が身体を巡る。



胃の中から、何かが逆流する感覚を覚えた。それが口まで昇ってきていることに気付き、私は一度も使ったことがなかったトイレを開き、便座の蓋を開けて顔を近づける。


嗚咽と共に、一週間前に口にした食事が、そのまま口から逆流した。


ああ、そういえば吐き出すのを忘れていた。ただ茫然と、そんなことを考える。


何度も嗚咽を漏らしながら、私は吐き続けた。


吐きながら、彼に話さなかった、槿(むくげ)との会話を思い出す。



やっぱり、こんな化物の為に君が死ぬのはどう考えても間違っているよ。



一切消化されていない吐しゃ物が、私が化け物だと教えてくれた。








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