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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
溢れ出す想い

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90/212

第90話 午後6時30分、何故彼女は尊敬するのか。

外は、すっかり夜になっていた。教会の外からはまだそこまで遅い時間出ないからか、通り過ぎていく学生の笑い声が聞こえる。




昨日、花見をした裏庭を通り過ぎて、教会裏の森を通り、いつも連花の訓練をしている少し開けた場所にたどり着いた。


「覚悟はいいわね?」


そこへ着くなり、アイリスは私に訊ねる。


さっさと勝って終わらせよう。私は彼女と距離をとって向き合い彼女の言葉に小さく頷いた。




「ちょっと待ってもらってもいい、かな?」


その私の様子を見て、槿(むくげ)は少し焦った様子で手を挙げる。


「闘うって、本当に闘うって事?それって危なくない?」


「……危ないな。確かに。」


なんとなく空気に押されて特に考えていなかったが、彼女の言う通りだ。


よく考えなくても、私は恨みも何もない身体能力に圧倒的に差があると思われる少女と本気で勝負をする、と言うのは非常に大人げないし、本意ではない。


アイリスの性格からしても、寸止めでは納得しなそうだ。だが、恨みもない人間を殴る事は流石に避けたい。



「何故かその雰囲気だったので言い出しづらかったのですが、一応安全に決着する用意はしていますよ。」


そう言って連花は自分のポケットから萎んだ紙風船を2つ取り出した。



「よくそんな物があったな。」


「さっき常盤(ときわ)司祭と変わってもらう時、ついでに二葉(ふたば)に買ってきてもらっていたんですよ。」


「よくあの短い時間で買ってこれたな。」


「こう見えて効率はいいのです。」


そう言って勢いよく胸を張る。そういう問題ではない気もするし、そもそもそんな指示を出したようにも見えなかったが、それ以上言及するつもりもなかった。



「ていうことはさ、それを頭かどこかに着けて潰された方が負けってこと?」



槿の隣にいる一果(いちか)が、笑いをこらえながら連花に訊ねた。


「ええ。しかし、胴体だと怪我の恐れもありますし、頭頂部でいいでしょう。ついでに括り付ける用のリボンも買ってきてもらいましたので、テープでリボンと着けて固定してください。」


いかにも真面目な調子で説明している連花の口の端が僅かに上がったのを私は見落とさなかった。


連花の説明を聞いて、一果は必死に吹き出しそうになるをこらえて、


「そ、そうなんだ…………。」とだけ言って私を横目で見た。


流石に連花が取り出した紙風船は私ではない。そんな発想はなかったし、身体能力の勝負であれば、不正を仕込む必要もないと思っている。


そして何より、想像しただけで笑われるようなものを頭に着けたくはなかった。端的に言えば、非常に間抜けだ。



「いいわ!それでいきましょう!」



一果と連花の悪意を感じなかったのか、アイリスはすぐさま肯定的な返事をした。


「アイリス、流石なのです。」


「本当!?」


そう言って照れたように二葉を見る。皮肉めいたニュアンスであったと思うのだが、彼女は気付いていないようだ。本当に、何故彼女は2人を尊敬しているのか疑問だ。



「涼、大丈夫だよ。きっと似合うよ。」



槿も笑いをこらえた様子でそう私を励ました…………、と言っていいのか疑わしいところではあるが、とにかくそう言った。



「そうか、ありがとう。」


そう適当に返事をする。あまり気は進まないが、他にいい方法が浮かぶわけでもない。



「私もそれでいい。安全性に配慮されているし、何よりとても洒落ている。」


「ええ。涼ならそう言ってくださると思っていましたよ。」


わざとらしい作り笑いで私とアイリスも紙風船とリボンを渡すと、


「そういえばテープを忘れていました。」と小走りで住居棟の方に向かっていった。



「…………黎明(れいめい)ってああいう所が尊敬できないのよね。」



珍しく彼女の言いたいことがわかった。なんというか、しっかりしている人がどこか抜けていると、そこに目が付いてしまう。そして連花は割と抜けているところが多い。



「ついでに聞くが、桜桃(さくら)姉妹を敬っているのは、どういう所からなんだ?」



「何度も言ってるでしょ。可愛くてかっこよくて最強だからよ!」



そう言って自慢げに胸を張る。褒められて悪い気はしないのだろう。一果と二葉は満更でもない表情を浮かべている。だが、私はどこか引っかかる。



「………そうか。」



彼女が口にしないのならば別に、言及するつもりもないが、それが一番の理由でないように思えた。なんというか、あれだけ熱心な割には、表層的すぎると言うか、具体性が見えない。



もちろん、嘘ではないのだろう。だが、宝箱の箱だけを見せられて自慢されているような、そんな空虚さを感じる。だから、彼女を理解出来ない。言動の根源が隠されているのだから。



……まあ、もちろん私の考えすぎの可能性もあるが。




「申し訳ございません。ただいま戻りました。」


ガムテープを手にした連花は謝罪を口にしながら戻ってきた。きっと、そういう腰の低い所も舐められる理由の一つなのだろう。


決してそれが悪いという訳では無いが。






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