第88話 午後5時、連花は何を考えるのか。
「逃げないとはいい度胸ね!」
推定2時間近く廊下で待っていたにも関わらず、堂々とした態度でアイリスは言った。なんというか、段々彼女の堂々とした態度が羨ましく感じてくる。
きっとここまで自信を持つことが出来れば、きっと彼女の人生はさぞ楽しいものだろう。
「おや、今お2人は何か勝負をしておられるのですかな?」
そういえば、常磐はこの件を一切知らなかったな、と気付く。
「ええ!お姉様達を取り戻す為に涼と勝負しているの!」
「そうですかそうですか。」
何も経緯を知らないにも関わらず、この状況に何も疑問を抱かないあたり、やはり彼は常磐だ。先程までより明らかに適当な雰囲気を纏っている彼に私は安心感を覚えた。
「それでは、私は二葉司祭に仕事をお願いしておりますので、説明も終わりましたし戻るとしますかな。貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。」
そう言って常磐は椅子から立ち上がり、深くお辞儀をした。慌てて私と槿は立ち上がり、彼に礼を伝えて頭を下げると、彼は微笑みながら教会へ戻っていく。
……流石に彼には色々と説明してもらったわけだし、先程使った食材は買って返すべきだろう。央の金で。
「それで、なんの勝負をするのよ?」
ふとカーテンから射し込む光を見ると、いつの間にか茜めいた色になっていた。きっとあと1時間もすれば夜を迎えるだろう。ここまで時間を潰す事には無事に成功した訳だ。
であれば、最早勝負はなんでもよかった。あと2戦を私は勝てばいい。先程は敗北を喫したが、本来ここにいる全員が私側だ。私が負ける事はほとんど無いはずだ。
「涼、頑張ってね。」
………個人の価値観が影響する勝負でなければ、だが。そう言って小さく手を振る槿を見ながら、私はそんな事を考える。
「君が決めていい。……だが、そうだな。『連花に信用されていない事』を君が認められなかった理由に挙げられていたし、何か連花との信頼度のようなものを試す勝負はどうだろうか。」
間違いなく連花からの信頼、という意味では私の方が無いのだが、今回に関しては彼は利敵行為をしないはずだ。
「よく分からないけれどそれでいいわ!そうね、お姉様達みたいに信用されるって事は、黎明の気持ちが分かるっていうのも大事よね?」
「ああ、そうだな。」
適当に返事を返したが、あながち間違いでもないように思える。信用を得る為には、相手の考えを理解して、その要求に応える事が出来る必要がある、ような気がする。
「流石私のライバルね!」
アイリスはそう言って嬉しそうに胸を張る。まだ一度も勝ったことはないのにも関わらず、ライバル認定をして頂いて恐縮だ。
「では、私が考えている事を当てる、というのはどうでしょう?」
連花がそう提案をした。
「そんなの分かるわけないでしょ。」
先程までの楽しそうな様子に比べて、少し冷めた様子でアイリスは言い放った。
「ええ。ですから、ルールを設けます。まず、2人で先行と後攻を決める。そして、交互に質問、または回答を行います。質問を選んだ場合、私は質問にYES、またはNOで答えます。そして回答を選んだ場合、私の回答の考えている事を答えてください。1度のターンにどちらかしか選べません。最初に正解した方が勝利です。」
話を聞いた限り、決して難しいルールでは無い。強いていえば、質問と解答、どちらを選ぶか、という駆け引きが重要になる、といったところだろうか。『本来であれば』、だが。
常磐が出ていって、もうすぐ10分程度経つ。であれば、恐らく二葉がそろそろ戻ってくる頃だろう。であれば、この後私がすることは決まった。
私は片手を挙げて、視線をそこに誘導し、発言した。
「私はそれで構わない。ただ、文章だとあまりにも選択肢が膨大だ。かつ、全く連花と無関係な単語でも面白くない。ここはどうだろう?あくまで選択肢は、『連花と何らかの関係のある単語』というのは?」
「いいわ。それでやりましょう!ただし三本先取した方の勝ちよ。」
「2人がそれでいいなら構いませんよ。」
3回戦というのは、こちらとしては都合がいい。私は小さく頷いた。
「話は聞いたのです。」
そう言って、二葉がドアを開けて入ってくる。トレイ程の大きさのホワイトボードとペンを持って。
「………二葉。そのホワイトボードはどこにあったのです?」
「あれです。必要かなと思って部屋から持ってきたのです。」
全く表情を変えることなく、二葉はそう言い放った。勿論、嘘だ。
「流石二葉だ。用意がいいな。」
私は横目で槿と一果を見ながら、わざとらしく二葉を褒める。その視線の意図をどうやら槿は察したらしい。私と同じ様に、
「そうだね。本当に二葉は凄いよ。ね、一果?」
と褒めた後、まだあまり気付けていない一果に同意を求める。
「え、うん。そーだね。」
いまいち状況を読み込めていないようだが、一果はそう同意をした。まあ、一果が気づけないのも無理は無い。恐らく、槿も仕掛けまでは理解していないだろう。
「そうよ!二葉お姉様は凄いのよ!ねえ、黎明。もちろんそのホワイトボードを使うわよね?」
案の定、二葉を褒めたことでアイリスは乗ってきた。何故そんなものが二葉の部屋にあったのかなど、一切疑わず。
「……まあ、そうですね。そうしましょう。」
どこか引っかかるものを感じながらも、連花は二葉からホワイトボードとペンを受け取り、単語をホワイトボードに書いた。
「とりあえず、単語は書きました。どちらから先行になさいますか?」
「ここはレディファーストだ。先行をどうぞ、アイリス。」
そう言って、私はアイリスに促す。
「まあ、大して有利不利はないだろうし、それでいいわ。まずは質問ね。『それは生き物かしら?』」
「回答は『いいえ』です。次は涼の番です。」
どうするか迷ったが、連花に種明かしを込めて、こうすることにした。
「解答だ。『十字架』。合っているか?」
私が解答をした瞬間、場に異様な空気が流れる。
「……正解です。」
連花は、そういうことか、と持っているホワイトボードを不愉快そうに見つめたが、種明かしはしなかった。まあ、出来るものでも無い。もしした場合は吸血鬼がいる、と認める事と同義なのだから。
やはり彼は今回に限っては、私の味方らしい。
「な、なんで分かったのよ!不正よ!不正!!」
慌てたようにアイリスが私に詰め寄る。
その通りだ。もちろん、不正をしている。




