第83話 違う道と信仰
あまり本編とは関係ない内容なので、飛ばしても多分大丈夫です。聖十字教団の人達の理解がちょっと深まる感じの話です。
しばらくすると、扉を開ける音とともに、常磐がリビングに入ってきた。二葉が戻って来ていないことを見るに、きっと彼の代わりに何かやる事になったのだろう。
「おや、この時間に岸根さんがいらっしゃるのは珍しいですな。」
少しだけ驚いた表情で私を見つめる。私は小さく会釈をした。
「そちらのお嬢様は、……初めまして、ですかな?常磐満作、と申します。この教会の司祭を務めております。」
「初めまして。私はガーベラ・天竺葵・アイリスよ。今は助祭だけれど、いつかパパを越える天才エクソシストになってみせるわ!」
アイリスはそう言って胸を張る。
常磐はその言葉を聞いて、何かを言おうとした後、少し考える仕草をして、連花を横目で見る。
「彼女は、天竺葵大司教の娘です。」
その言葉を聞いて、驚いたような、納得したような表情をする。
「ああ、かの有名な天竺葵大司教の!その若さで助祭とは、相当な努力をされているのでしょうな。素晴らしい事です。」
「努力じゃないわ!パパ譲りの才能よ!」
「そうですか、そうですか。」
そう言って少し怒った表情を見せるアイリスを常磐は朗らかに受け流す。
「常磐司祭。お忙しいところ申し訳ございません。」
連花は椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「構いませんよ。教団に興味を持っていただけるという事は、私達信徒としてはありがたい限りです。」
まるでちゃんとした神父のように常磐は答える。いや、ちゃんとした神父ではあるのだが、普段の様子が普段の様子なだけに、どこか違和感がある。
「それで、月下さんがエクソシストと教会側の制度の違いについて知りたいと聞いておりますが、お間違いはございませんかな?」
「あの、はい。」
少しだけ申し訳なさそうに槿は頷く。
「そのようにお気になさらずに。ただ、この話をするには聖十字教団の成り立ちからお話をする必要がありますが、いかがですかな?」
私と槿を交互に見て、訊ねる常磐を見て、私も聞かなければいけないのか、と思うが興味がない訳では無い。なんというか、反射的に全てを面倒に思ってしまう部分があるな、と反省する。
「構いません。」
「私も、大丈夫です。」
「かしこまりました。ですが月下さん。長い話になりますので、体調がお辛くなったらすぐに仰ってくだされ。」
今日の常盤はまともで違和感を覚える。もっと酒狂いのすべてを信じる能天気老人の認識だったのだが。
「ねえ、私知ってるし二葉お姉様の所に行ってもいいわよね?」
いつの間にか食べ終えていたアイリスは常盤に訊ねる。
「おや。聡明なお嬢様ですな。もちろんですとも。」
「ありがとう!あとでまた戻ってくるわね!」
そう言って教会の方に駆け出すアイリスを見て、もう勝負の事など忘れて戻ってこないことを願う。
「さて、それではまず質問ですが、聖十字教団について、どれだけ知っておられますか?」
常盤の問いかけに、過去の記憶を思い返す。
「確か、天国と地獄がある、とは聞いたことが。」
「ええ。その通りです。」
「お祈りをしたり、教え?を守ったりすると、天国に行ける、だったような…………。」
「おおよそその通りです。岸根さん、月下さん。よく知っておられますな。」
たいしたことを言ったつもりはないが、褒められて悪い気はしない。どうやら槿も同じだったようで、少し照れたように笑っている。
「では、1つ質問です。先程月下さんが仰った教えとは、『誰が決めたのか』、『どのようにして広まったのか』、分かりますか?」
知らないが、そんなことは考えるまでもないように思える。
「神様、ではないのですか?」
「私も、そう思います。」
「『誰が決めたのか』に関してはその通りです。唯一神の決めた戒律を尊守し、信じることで、天国への道が開かれる、と言うのが聖十字教団の教えです。ですが、ここで先程の質問です。主、つまり唯一神の教えは、『どのようにして広まったのか』。」
「…………信者の人が広めた、とかですか?」
「月下さん。素晴らしい。仰るとおり、信者、つまり私達が広めたということも正解です。しかし、何事にも最初、というものは存在します。私や、連花司教のような近年の信徒を遡り続けますと、無数に分かれた枝葉は段々と数が少なくなり、太く、幹に近いものとなります。」
「その木の根が、我々の主の教えだとすると、その根から直接繋がる幹、それが、私達の源流である、『不在の聖十字架』に磔にされた『救世主』となり、そこから直接分かれた8本の枝、つまり救世主の信徒こそが、私達『啓蒙派』と連花司教達エクソシスト、『求道派』が別々の道を歩んだ理由となるのです。」
彼の胸元のに輝く十字架が、小さく揺れた様な気がした。




