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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
溢れ出す想い

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第71話 昨日、あの後なにがあったのか

槿(むくげ)達が帰ったあと、残った教団連中の酒の飲み方は、常軌を逸していた。


いや、常軌を逸していた、は流石に言い過ぎた。明日を捨てていた。来客が帰り自制心が消えたのか、アルコールの消費量が加速度的に増え、30分後には片付けたはずのビニールシートの上には大量の空き缶と空き瓶が散乱していた。



「れーくんはさあ、ハルのどんなところが大好きなのお?」


一果(いちか)は呂律の怪しい口調で、肩を組みながら連花(れんげ)酒の勢いに任せて連花に訊ねる。アルコールのせいか、顔は赤い。緊張した表情をしていると思ったが、何処か瞳はキラキラしていて妖しげな光を帯びている。


「えぇ?好きなところですか?えーと、あの、あれです。笑顔とかあの、なんか、いっぱい……」


笑顔で連花は答えるが、明らかに頭が回っておらず、言葉が出てきていない。その様子を見て、何故か一果が嬉しそうに声に出して笑う。


傍目から見る分には一切理解出来ないが、きっと酔っ払い独自の世界があるのだろう。アルコールで酔うことがない私からは縁の遠い世界だ。


ちなみに、常磐は浴びるように酒を飲んだ後、ブルーシートの上で早々に眠りについた。


(りょう)、聞いているのですか!?ボーっとして!」


一升瓶を煽りながら、二葉(ふたば)は管を巻く。



「……ああ、もちろんだ。」


元々、私がこの場に居ることになった理由として、二葉が『愚痴をぶつけるサンドバッグが欲しい』ということが発端であるため、こうなる事はある程度予想していた。が、彼女の愚痴は留まることを知らず、12時を回った今なお止まることはない。


そして、私は槿が去った後に、二葉の要求に、「わかった、わかった。好きなだけ愚痴を聞いてやる。」と言ってしまった。


つまり、『約束』をしてしまったのだ。以前も話したが、私たち吸血鬼は、約束を破ることが出来ない。つまり私は、彼女が満足するまでこの愚痴を聞かなければならないのだ。



「大体、めーちゃんは勝手なのです!私達にいざという時の守りを任せて、自分は除霊業務と恋に現を抜かして!もちろん、むーちゃんの事は大好きですけれど、ちょっとは自分でもなにかしろっていう話です!」


「そうだな。二葉の言うとおりだ。」



既に同じ話を4回はしているが、彼女はそのことを忘れているようで、同じ熱量で同じような話をする。3回目の時に、「…………さっきも、その話を聞いたと思うが。」と伝えると、



「言ってないです!私の話をちゃんと聞いていなかったのですか?ちゃんと聞くのです!」


と言われて4回目を話し出したので、私は特に口を挟まずに相槌を機械的に打つことに終始することにした。




「ーーーそれに、なんであなた達が真面目な話し合いをしている間に、私は一果のあんな姿を見なければいけないのです…………。」


そう言って項垂れる。この話は4回目だ。


「『あんな姿』、とは?」と毎回訊ねるが、



「…………一果の名誉のに言えないです。」


と、毎回少し正気に戻った様子で彼女は言葉を濁した。一果の瞳の異様な輝きと関係しているのだろうか、と思うが考えても答えは出ない。正直、そこまで興味もなかった。




「大体、それもこれもめーちゃんのせいなのです!私達に教会の守りを任せて!どうせ私達の実力じゃ、どんな結界を張ってもパリンパリン割られて終わりなのです!その癖自分は除霊と恋にーーー」


6回目の話が始まって、私は辟易する。連花はこれだけ自分の話をされても、一切こちらには意を返す様子は無い。


目線で助けを求めるが、ほとんどこちらを見ないし、一度目が合った時もふわふわとした様子で笑って返すだけだった。いくらなんでも、私を殺すべき相手だと言うのを忘れ過ぎている気がする。


いや、もちろんその方がありがたいのだが。




それからさらに、何巡したか分からない二葉の愚痴を私は聞くことになった。興味のない同じ話を何度も聞かされるのは苦痛でしかないが、私には止める術がない。私の人生史上1,2を争う程に長く感じる時間だった。




しばらく相槌を機械的に打つことに徹していたが、ふとスマホの時間を見ると、3時を指していたことに気が付き、私は焦りを覚えた。



「ちょ、ちょっと待て二葉。このままだと夜が明けてしまう。」



「だからなんですか?」


完全に目が座った状態の二葉は、赤い顔でそう聞き返す。本気で言っているのか、と困惑しながら、私は横目で常盤が寝ている事を確認したあと、小声で二葉に伝える。


「知っているだろう。私は吸血鬼だ。」



「だから?」



小首をかしげて二葉はまた聞き返す。死ねという事なのだろうか。少しずつ、恐怖がよぎってくる。このまま彼女がここで話し続けた場合、私は陽の光に焼かれて死ぬしかない。そんな騙し討ちを受けたのだろうか、と少しずつ彼女に対しての疑念が過ぎる。


「頼む、また後で話は聞いてやる。だから、今日は帰してくれないか。」


「帰さないですよ?」



ああ、死んだ。と私は覚悟をした。彼女達はこうしてふざけた振りをして、私を殺す算段をしていたのか。


「住居棟に泊まればいいのです!」



と思ったが、別にそういう訳ではなかった。私は安堵した後、少し間が開いてから二葉の言葉を再度認識して、また慌ててしまう。


「い、いや、流石に駄目だろう。もう一度言うが私は吸血鬼だぞ?それが誰かに気付かれるのは君達としても望ましく無いだろうし、そもそも教会内の設備を使うのはどうなんだ?」


それ以前に、私は君達が本当は殺すべき相手なんだぞ、と伝えたくなる。殺されたくないので伝えないが。


「細かいです!いいから愚痴を聞きなさい!」



「……………はい。分かりました。」


勢いに押されて、つい敬語で返してしまう。どちらにしろ、彼女がそう言う以上、私は言う事を聞くしかないのだ。



「涼、住居棟泊まるんですか?あれですよ、あの私もなんですよ。つまりその、あれですね。一緒ですね。凄くないですか?」


「凄くない。だからなんだ。」


急に話に入ってきた連花にそう言うと、彼はしょげた表情をして、また一果の所に戻って行った。


どうでもいい時にだけ話に入って来られて、これ以上酔っ払いの相手をしたくなかった私は、冷たくあしらったが、彼の表情を見て少し罪悪感を覚える。


なんて事はまるでなかった。



そうしてまた1時間程二葉の愚痴を聞かされると、遠くの空に微かに陽の光が見えてきた。



「二葉。お話の所悪いが、これ以上は死ぬぞ。私が。」


「……チッ。しょうがないですね。じゃあもういいですよ、この軟弱者が。」


一升瓶を片手に、荒みきった表情で二葉は吐き捨てた。何が彼女をここまでさせてしまったのか少し気になってはきたが、それよりも日の当たらない所に行くことが最優先だった。


二葉の許可も下りたし、私は急いで住居棟に向かおうとしたが、そこで二葉が、「あ、ちょっとだけ待ってください。」と声をかけてきた。



「何だ?知っての通り、急いでいるんだが。」


「リビング、廊下、空き部屋、浴室、倉庫、応接室への立ち入りを許可しません。さて、涼はどの部屋に入れるでしょう?」


悪戯っぽく笑みを浮かべながら二葉は言った。



一果、二葉、常磐の部屋へ入るにはそれぞれの許可がいるが、今までわざわざその許可を取ったことがない。入る必要もないからだ。


一応、他にも衣類乾燥室や浴室、トイレもあるが、わざわざそこで1日を過ごしたくもない。というか、その行動が常磐に疑われないわけがない。


つまり、私は槿の部屋しか選択肢がない、という事だ。



「むーちゃんには言いましたが、私は『禁断の恋』が好きなのです。自分がするのも、見ているのも。応援してますよ。」


そう言って、いい事を言ったかのような雰囲気を出しているが、恐らく自分が楽しみたいだけなのだろうということは彼女のにやにやとした表情から察する事が出来た。


「……お前、最初からこれが狙いだったのか?」


「いや、なんかそうしたら面白そうだな、と急に思ったので。」


何だそれは、と身体から力が抜けるが、まあ、悪意ではないからいいか、と私は割り切って槿の部屋の窓から入り、ソファで寝る事にした。



そして、ほんの数時間の睡眠の後に、槿がカーテンを開ける気配を感じて、私はそれを静止し、今に至る、というわけだ。


それにしても、カーテンの真横で寝ている人に気づかない、というのも如何なものだろうか。

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