第61話 彼の投げる剛速球
少し肌寒い夜の空気。舞い落ちる桜吹雪に囲まれて、手入れの行き届いた広い裏庭で、私たちは白球を投げ交わす。
パスッという音と共にグローブにボールが収まり、私はそれを反対の手に持って山なりに投げ返す。相手が受け取れるよう、出来るだけ力を抜いて投げると、白球パスッ、という音を立ててまたグローブに収まる。
どこか小気味いいリズムで繰り返されるキャッチボールという行為が、私は思っていたより好きだ。もちろん、相手が浅葱でなければ、だが。
腹を割って話したい、と言っていた割には、この数分、一切会話がない。無表情で浅葱はボールを投げて、私も無表情で返す。これは言葉のキャッチボールの彼なりの解釈なのだろうか。であれば、言葉を忘れている。
「1つ聞きたい。」
急に言葉を思い出した浅黄は、ボールを投げ返すとともに口を開いた。
「なんですか?」
私も、同様に投げ返すと共に聞き返す。ようやく、言葉のキャッチボールらしくなったな、と私は少し安堵する。
「君と槿は、何を隠している?」
急な剛速球に、私は一瞬反応ができない。先程まで交互に投げていたボールは、浅黄のグローブに収まったままだ。
「キャッチボールは、もうおしまいですか?」
「どちらでも構わない。先程の質問に答えてくれるのなら。」
どうやら、ボールは私にあるらしい。どう答えようか、と私は逡巡する。適当に誤魔化してもいいが何か彼なりに確信を持っているような聞き方をしている。生半可な嘘は余計に疑いを深めるだけのような気がした。
「私達の何をそんなに疑っているんですか?」
私は出来るだけ笑顔で、冗談めかして逆に彼に訊ねた。嘘なんてないですよ、とも付け加えて。
「まず疑問に思ったのは、まず聖十字教団が槿を教会で預かりたいと言ったことだ。」
詳しく聞いていなかったが、連花の説得で浅黄は納得したと思っていたが、その実疑わしいとずっと思っていたようだ。だが、当たり前ではある。世界最大の宗教団体で、移動先が近隣だとはいえ、いきなりそんなことを言われたら疑うにきまっている。
「話を聞くと、槿の知人から事情を聞いたと言っていた。それに、連花司教の話では、日常生活のアシストとして2名教会の人間を遣わすという事や、あくまで最終決定権は槿にあるという点と、実際に下見をした際に、環境としても問題なさそうではあったので、僕は承諾した。だが、だからこそ、違和感があった。」
「違和感、とは?」
「あまりにも条件が良すぎることだ。槿は教団信者ではない。病院では一応、教団信者や患者のメンタルヘルスの為にチャプレンを派遣してもらうこともあるが、それは他院でもよくあることだ。」
「仮に僕と今後懇意にしたいという目的があるにしても、コストがかかりすぎる。2名の人員に設備、食事の提供。これらを提供するにも拘わらず、連花司教は教会負担で構わない、と仰っていた。一応、僕のほうから献金という形で費用相当額は支払ってはいるが、彼らから請求は一切来ていない。」
彼の言うことは最もだ。実際、連花は槿が央に狙われるかもしれない、という懸念から教会で保護する目的もあるが、それを知らない浅黄がこの厚遇に違和感を覚えるのは当然だ。
「次に、疑問に感じたのは、岸根君。君という人物だ。」
いきなり私に白羽の矢が立ち、少し身構える。だが、彼が疑うのも当然だ。私は彼の前で嘘しか言っていない。これだけ違和感を持たれていて、私を疑っていないというのもおかしな話だ。
「連花司教の話でも、槿の話でも君の話はあったが、どこか2人共君について何かを誤魔化すような曖昧な返答をした。だから、今回の厚遇は、君の存在が関係するのではないか、とも思った。例えば、教団において高い地位にある人物なのではないかと。」
私の存在が関係している、というのは当たっているが、その後は全く外れている。むしろ、教団からすれば殺すべき化け物だ。
「だが、実際に会った君は、自分は清掃業者だと語る。槿も以前そう話していたが、その時の彼女も嘘をついている様子だった。だから、君たちが何かを隠していると疑っている。」




