第60話 君のいないプレイボール②
「いよいよあと2つ!それでは続いて9個目、言ってみよー!」
ここにきて無駄に盛り上げようとする一果だが、私は流石に面倒になってきた。その為、『全部だ!』と大きい声で押し切ればいいか、と覚悟を決める。
正常な判断かは怪しいところだが、酔っ払い相手だし、勢いさえれば乗り切れるはずだ。息を吸って、鼓膜を破らない程度の大声で、私は叫ぶ。
「全部だ!」
「申し訳ない。遅くなりました。」
聞いたことのある低い声。
ゆっくりと後ろを振り向くと、浅黄がいつものような無表情で立っていた。手には、どこかで買ってきたであろう、ビニール袋に入ったオードブルと、缶ビールの6缶が2セット。そして、野球のグローブを2つ、そしてボールを持って。何故花見でグローブを持ってきているのだろう?
彼は、何か1つは変なものを持ってこなければいけない呪いでもかけられたのだろうか。
「ところで岸根君。全部とは何のことだ?」
無表情な瞳で、彼はこちらに向く。まずい、そう思った時には既に遅かった。
「それわぁ、つっきーの好きなところでーす!!てかなんでグローブ持ってるのぉ?」
酩酊状態の一果が、左右に身体を揺らしながら、浅黄の疑問に答える。
「そうですか。ありがとう岸根君。グローブはキャッチボールをするためです。」
変わらず無表情で、私は浅黄に礼を言う。間違いなく本心ではないな、と私は思いながら、私も彼に合わせて頭を下げた。
「いえいえ本心ですから。」やけくそで言っただけだったが、そういうことにした。
「ところでキャッチボール?誰とですか?」
槿はそんな体力はないし、連花達はそこまで面識がないはずだ、と考えながら、薄々誰とするつもりだったかには気付いていた。お願いだから、違っていてくれ、という最後の悪あがきだ。
「君とだ。君は僕の義理の息子だろう。一度でいいから、息子とキャッチボールをしながら腹を割って話したかったんだ。」
無表情を通り越して、最早浅黄は棒読みで喋っていた。明らかに私が困っているのを察したうえで、酔っ払いは「やれやれー!」と口々に囃し立てる。
彼の言う息子云々の話は間違いなく嘘だが、腹を割って話したい、という事だけは本当だろう。腹を割らせたい、の方が適切な気がするが。
つまり、先日の尋問の2回戦目ということだ。今度は、槿不在の状態で。
何とかして逃れたくて、連花に助けを求めて目線を送る。が、彼も「親睦を深めるチャンスですよ!」とからかい混じりに言ってくる。私は諦めて、精一杯笑顔を作り、
「私も、一度父とキャッチボールをしてみたかったんです。」と開き直った。
それを聞いて酔っ払いはさらに勢いを増す。
「では、やりましょうか。」
オードブルと缶ビールを置きグローブとボールを持って、乾杯もせずに少し離れたところへ浅黄は向かう。私は浅黄を追いかけながら、全員の死角になる位置で服の一部を手紙に変えて、こっそりと比較的酔い方のましな二葉のもとに向かわせる。
内容は、『少し場を落ち着けさせろ。』
素面の槿と椿木がこの場に来た時、あまりにも可哀想だ。浅黄の事は気にしなくていい気がする。むしろ彼の奇行を受け止めるには皆アルコールが必要だ。
ちらっと横目で二葉を見る。手紙を読んだ彼女は、私に向かってOKマークを作り、ウインクをする。
期待できないな、と思い、重い足取りを少しでも軽やかに見せながら浅黄のもとに向かう。
それにしても、誰か助けてくれと願ったが、こんな助けなら来ない方がましだ。そもそも助けになっていないのだから。
ちなみに書くタイミングがなかったのですが、椿木一家もちゃんとお重と日本酒をお土産で持ってきてます。




