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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
君と見た夜桜

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第58話 飛花落葉の私と夜桜⑦

「絶対駄目だよ!」


私は、思わず大きな声でそう言ってしまう。そんな心ない一言で、彼女が死んでしまう必要は一切ない。



急な私の大声に、小春は目を丸くした後、今にも泣いてしまいそうな顔で笑顔を作る。


「大丈夫ですよ。今も生きてますから。槿ちゃんは優しいですね。」


あ、そうか、と当たり前の事に私は気付く。そうだ、これは過去の話だった。恥ずかしくて、私は思わず赤面してしまう。




「そうです。私は、死ねなかったんです。死ぬのが怖くて。飛び降りようとしたけれど、どうしても屋上の柵を乗り越える事ができなくて。」


小春のその言い方は、心の底から後悔している様子で、あの時に死ねれば良かったのに、そう自らを責めているようだった。



「でも、他の皆に嫌な思いをさせてるって思うと、学校に行くのも怖くなって、ずっと家にいるようになって、そしたら当然、お父さんとお母さんが…………不審がって。気付かれちゃったんです。いじめられてるってことに。それで…………。」



彼女は、そこで言葉を詰まらせる。私も、これ以上聞くのが辛い。自分から聞いておいて、なんて身勝手だと思う。けれど、これ以上、小春の悲しい顔を見るのは、辛かった。でも、ここで引いたら、もう彼女は教えてくれない気がした。そして、その分の心の距離は一生開いたままなような、そんな気がする。だから、私は黙って次の言葉を待った。




「…………お父さんとお母さんが、私の事で、喧嘩するようになっちゃって。その時、私は気付いたんです。『ああ、本当だった』って。『本当に、私がいると、皆不幸になるんだ』…………って。だから、槿ちゃんは、私といない方がいいんです。」



泣き出しそうな顔で、それでも必死に溢れ出る感情を殺して必死で喋る彼女を見て、私は気付いた。私は大きな勘違いをしていた。彼女は、『自分のせいで』私が発作を起こしたと思っている。病気のせいではなく、間接的要因ではなく、『自分が傍にいるせいで』、私が発作を起こしたと。



もちろん、そんなことはない。けれど、もはや彼女の考えは、強迫観念に近い。理屈ではなくて、過去のトラウマがそうしているのだろう。



「…………ねえ、小春ちゃん。」



私が名前を呼んだだけで、彼女の体は大きく跳ねて、怯えたような表情をする。きっと、今目の前にいるのは、いつも楽しそうに笑う小春ちゃんではなくて、心の傷を負った、中学生時代の『椿木 小春』だ。彼女をここまで深い傷を負わせた人を、私は許せなかった。けれど、私はその人をどうすることもできないし、当時の彼女を救うことはできない。だから、せめて今だけは、私が救ってあげたい。



「涼が最初に私にしてくれたプレゼントって、知ってる?」



突然の質問に小春は困惑している様子だった。


「…………知らない、です。」



「赤い薔薇の花束。」


それを聞いて、少しだけ彼女が明るい表情になった。


「知ってました。槿ちゃんがプロポーズを断った時のですよね。あれが初めてだったんですか?」



プロポーズと説明していたのか、と内心吹き出しそうになるが、必死に堪える。



「いきなりだったし、病院だったから断っちゃった。」


彼女に合わせて、私はそういう事にする。


「でも、そうしたら初デートはどこかわかるよね?」


私のその質問に、少しだけ嬉しそうな顔をする。


「おじいちゃんとおばあちゃんの農園ですよね。どうでした?」


先程より張りを取り戻した顔で、彼女は私に訊ねる。本当に祖父母の事が好きなんだな、と微笑ましい気持ちになる。



「すっごい綺麗だった!色んなお花がきれいに並んでて、大切にされているんだなっていうことがわかって。本当に素敵だった。」



「そうなんですよ!おばあちゃん達すごい丁寧に手入れをしてて、絶対喜んでくれると思ってたから嬉しいです!」


いつもの調子で、小春は嬉しそうに笑う。



「でもね、あそこを教えてくれたのは、小春ちゃんなんだよ。」



それを聞いて、はっとしたような顔をした後、彼女がまた、今にも泣きだしてしまいそうな顔になる。




「私は、生まれつき身体が弱くて、ほとんど外に出られなかったから、あんな綺麗な景色を見たの、初めてだったの。もちろん、涼や小春ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんのおかげでもあるとは思うけれど、それでも小春ちゃんが涼に教えてくれたんだよ。いつもお花に囲まれてて、明るくて、笑顔が素敵で、それで、私の初めてのお友達で。そんな小春ちゃんといて、不幸だって思った事、一度もないよ。おじいちゃんとおばあちゃんもだし、ご両親だって絶対そうだよ。だからさ、小春ちゃん。」


私は堪えていた涙が溢れ出てしまう。小春ちゃんも、嗚咽をあげて泣いている。




「また、会いに来てよ。じゃないと私、寂しいよ。」



「………うん、ごめんね……っ…槿ちゃん……。」



そうやって泣きじゃくる彼女を、私はベッドから降りて、ただ優しく抱きしめた。私達の啜り泣く声だけ部屋に響いて、腕から伝わるその温もりが、彼女との距離を教えてくれた。



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