第51話 君に本当に関係のない話
「やあ、今日も時間丁度だったね。」
いつものように決まった調子で彼は言う。
「当たり前だろ。」私は、いつも通りパソコンの前で彼に返す。いつも彼と話すのは億劫だが、特に今日は彼と話したくない。出来ることなら、このまま切ってしまいたかった。が、彼に命令されている以上私にはそれが出来ない。
「聞いてくれよ、凄いことに気づいたんだ。」彼は、興奮した様子で話を切り出す。
「凄いこと?」どうせロクでもない話だ。そう思いながら聞き返す。瞬間、何も映っていなかった通話画面に彼が映し出される。
「ほら!こうするれば自分を映すことが出来るんだ!見えているかい?」
画面越しに、手を振る彼を見て、私は思わず顔をしかめる。最悪だ。遂にその機能に気付いたか。
私はその機能には10年以上前に気付いていた。気付いた上で、彼には一切言わず、今日まで過ごしてきた。理由は勿論、彼の顔を見たくないからだ。
それが遂に今日彼が気付いてしまった。よりにもよって、何故今日気付くのかせめてあと数週間後に気付いてくれればよかったのに。
「涼も映してくれよ。この興奮を分かち合おうじゃないか!」
「すまないな。今は化粧をしていないから顔を見せるのが恥ずかしいんだ。」
「構わないさ。いつもと違う君も見てみたい。」
面倒でしたことも無い化粧を理由に断るが、彼も調子を合わせてくる。この感じは折れないな、と思い観念して私も画面を点ける。
「いつもと変わらず素敵じゃないか。」
それ以上彼に調子を合わせるのが面倒なので、私は無視をした。彼は気にしてないようで、すぐに話題を切り替える。
「そういえば、今週は何かあったのかい?」
今年に入ってから、彼は毎回通話でこれを聞いてくる。面倒だし適当に濁した事もあったが、そうすると命令をしてまで聞いてくるので、抵抗をした所で無駄なので、依頼諦めて話すようにしている。
「花見をする事になった。」
「へえ!花見、いいじゃないか!私も行ってもいいかい?」
央は本気の目をして私にそう訊ねる。
「間違いなく駄目だろう。連花達が嫌がるし、何より私が嫌だ。」
「それは君達の都合じゃないか。いつやるんだい?」
彼は人の気持ちを慮る事は一切しない癖に、意外とこういう人の行事であったり文化は楽しんでいたりする。
以前理由を聞いたところ、「人間だって、動物園に行ったりするじゃないか。他の生物の営みを見るのは意外と楽しいよ。」といかにも彼らしい答えが返ってきて、私は辟易した。
「日曜日だ。残念だったな。」
「そうか、それは本当に残念だ……。」
彼は、心底落ち込んだ顔をする。連花と闘った日、何を思ったか『木曜日以外は起きない』という約束をしたせいで、彼はその日以外起きれなくなってしまった。
「本当に、あの約束はしない方がよかったんじゃないか?」
「ああ、今そう思ったよ。」
呆れてものも言えない。本当に切なそうな顔をする彼を見て、ふとある事を思い出した。
「話は変わるが、央は確かワインを集めていたよな。」
何故か、吸血鬼の中にはそういう収集癖のある者がいるらしい。彼もそうで、ワインであったり、各国の貨幣を集めていたりしていた。今もそうかは知らないが。
「本当に変わるね。確かに集めているけれど、今はこんな森の中だし、海を渡る時に泣く泣く捨てたから今は前程は持ってないよ。一応セラーは作ったけれど、そこにあるのも日本に来てから集めたものだけさ。何本か無くなっちゃったしね。」
「そうなのか。いや、実は教会の司祭が美味いワインが飲みたいと言っていてな。どうでもいいのだが、もし央に心当たりがあればと思って聞いただけだ。」
私のその話を聞いて、彼は思案げな顔をする。
「今セラーにあるのは、シャトー・ディケム1986年……は確か無くなったから、ロマネ・コンティ1945年……も無くなったな。シャトー・マルゴーはあるけど外れ年だし、シャトー・ラトゥール、も無くなったっけ?」
「いや、別にヴィンテージでも君のセラーにある物でなくても構わないのだが。というかなんでそんなに無くなってるんだ?」
泥棒にでも入られない限り、そんなに物が無くなる事は考えづらい。
「大分前に泥棒に入られたんだよ。ワインだけ持っていかれた。」
泥棒に入られたらしい。あっけらかんと彼は笑いながら答えた。意外と怒っていないのか、とも思ったが、目の奥が笑っていない。
「でもそうか。花見だとそんなに高価なワインである必要はないね。だったら、トカイワインとかでいいんじゃないかい?そこまで高くはないし、数百年前エリザベートの所で飲んだ事があるけれど、中々美味しかったよ。何本か貰って帰るくらいには。」
彼が盗まれたのは完全に因果応報だな、と思うが、とりあえずワインは彼の言ったトカイワインを買う事にした。
「参考になった。それを買う事にする。」
「いや、構わないよ。それにしても随分人間と仲良しになったじゃないか。」
彼はニヤニヤと、嘲笑うかのような目で私を見る。
当たり前だ。お前と比べれば、大抵の人とは仲良くなる、と言いかけたが、ワインを教えてもらったので、口には出さない。
ただ、出来るだけいいワインを買う事にした。彼の金だからだ。




