第50話 君と関係のない話
「涼、能力を使いましたね?何をしたんですか?」
帰路、飛行中に連花から電話があり、取ると案の定彼からそう言われた。彼の口調は、警戒していると言うより、怒りを押し殺しているような、そんな様子だった。
どうせ誤魔化したところで、2週間後にはバレるのだから、私は観念して、椿木に使った事を話した。
彼は私の話を黙って聞いて、聞き終わったあと、しばらく無言だった。スマホ越しなので回線が落ちたのかとも思ったが、途中で彼の深い息が聞こえて、そういうわけではないと理解した。
「…………何故、椿木さんに使用したのですか?」
彼は、出来るだけ感情を排して私に訊ねる。槿の為、という事を伝えるのは少し躊躇われたが、下手な誤魔化しをしようとすると、下手をしたらまた彼と闘うことになるかもしれない。それは、避けたかった。
「……私が説得するよりも、槿が説得した方が早いと思ったからだ。」
槿の悲しむ顔が見たくない、とは言わなかった。言ったとしても、彼からしたらそれは、どうでもいい話だからだ。私と彼は、あくまで休戦中であるだけなのだから。
それを聞いた連花は、また少し黙った後、深くため息をついた。
「まず、個人的な話をします。椿木さんと槿さんのことは、私も気にかけてはいました。ですが、私が出過ぎたことをするのもどうかと思い、あくまで椿木さんの相談を聴く程度のことしかできていなかった。」
「少しでも早く解決できるならば、それは喜ばしい事です。」
そこまで言って、彼はまた一呼吸置く。彼の深い呼吸が聞こえる。必死で、怒りを押し殺しているような、そんな息遣いだった。
「ですが、本人の意思を曲げてまで、槿さんと会わせるのは間違っています。それが出来るからと言って、やっていいわけではないんだ。」
「じゃあ、君が解決してくれたか?あと2週間以内に。」
思わず語気が強くなる。そんな事はわかってる。こういう使い方は自らの危険がある時以外は本来したくはなかったが、今回ばかりは時間が無かった。
「……だから言ったでしょ。『早い段階で解決できるならば』って。腹立たしい事ですが、今回これが一番早いのは確かです。槿さんの体調のこともある。遅くなればなるほど、お互いの後悔は深くなります。椿木さんも、槿さんも。」
連花は、己の無力を恥じるような言い方をする。私が槿を気にするように、連花も椿木の事を気にかけていた。それこそ、吸血鬼が能力を使用しても、怒りを堪えて受け入れるくらいには。
「でも、槿さんは喜びませんよ。この方法を、絶対に。」
その一言に、私の心臓が跳ねる。それは、分かっていた。自分の友人の心を捻じ曲げてまで会いに来て欲しいと思うほど、彼女はわがままではない。むしろ、相手の気持ちを尊重して、諦めると思う。
「……じゃあ、どうしろと言うんだ。」
そこで、彼が言った言葉は、全くの予想外のものだった。
「簡単ですよ。黙っていればいい。」
彼は、あっけらかんと言う。先程までとは違い、当たり前の事を言うように。
「…………は?」
それはそうだが、それは、どうなんだ?それこそ、倫理的に。
「言わなければいいんです。何があっても。理由を聞かれても、槿さんが違和感を感じても、たとえ問い質されようとも。平然と、当然の顔で、椿木さんの意思で来たんだと。罪悪感や、後ろめたさを感じても、平然と。もちろん椿木さんにもです。私もそうしましょう。」
ああ、そういう事か。
「それが、私の犯した罪の償い方だということか。犯した罪を隠し通せと。」
連花は考えが甘い。こんな事が罰になると思っている。そして、自分は実質的に関係がないのに、嫌っている吸血鬼の罪を自分も背負おうとしている。それがらいい結果になるならと。本当に、甘くて、優しい男だ。
「ええ、墓場まで持っていってください。吸血鬼は棺桶の方が適切ですかね?」
甘い彼は、皮肉たっぷりに私に聞く。
「棺桶はあまり好きじゃないな。狭いし、硬いし、寝返りができない。」
「それなら丁度いい。棺桶までしっかりと持っていくようにお願いします。」
「……わかったよ。槿には言わない。だが、司教様が嘘をついていいのか?」
「それは、あなたとは関係の無い話です。気にする必要はありません。」
突き放すように連花は言う。確かに彼の言う通りだ。彼が言い出した事が信仰に影響するかは、私には関係がない。気にはなるが、それは彼の問題だ。
槿と椿木が仲直りした所で私には対して関係がないように、私のした余計なおせっかいは、槿とは関係がないように。
「そうだな。君の言う通りだ。流石司教様だ。」
「化物に褒められても嬉しくありません。要件は以上です。」
そう言って、彼は電話を切る。冷静に対応してはいたが、やはり怒っていたな、と私は思わずため息を吐く。
だが、思っていた程ではなかった。今回の自分の能力の使い方は、去年の央程では無いが、良くない使い方だという自覚はある。それに、椿木は連花の想い人だ。それに催眠をかけられて、いい気がするとは思わない。
むしろ、だからこそ先程も言っていたように、元の関係に戻って欲しいからそこまで怒っていないのか、と考えたが、キリがない。所詮、人の考えなど分かるわけがない。
そんなことを考えて、少しすると私は自室に着く。いつものように窓から入り込み、大して物のない、暗い部屋に帰ってきた。
まだ彼との通話まで時間がある。かといって、3時より前に繋ぐのは絶対にしない。何故か?ご存知の通り、彼の事が嫌いだからだ。
ふと、パソコンの置いてあるデスクの横に目をやると、以前槿にプレゼントしようとして断られた、19本の枯れた赤い薔薇が目に入る。
基本ゴミが出ないし、面倒でそのまま放置していた。腐りはしないが、水分はすっかり抜けて、触るだけでホロホロと崩れてしまいそうだ。
そういえば、これを縁にして、椿木とは出会ったんだったな、とふと思い出す。そして、彼女のおかげで私は、槿の喜ぶ顔を見ることが出来た。
その椿木の気持ちを、行動を、私は無理やり捻じ曲げた。
この花束は、いい加減捨てよう。すっかり忘れていたが、こうなっては、ただのゴミだ。そう思い掴むと、案の定花弁は崩れる。いつ買ったのかも覚えていないゴミ袋を洗面台の下から持ち出して、花束を無理やり袋に入れる。崩れた花弁も拾い集めて。
茎が、袋を貫くが、私は素知らぬ顔で袋を閉じて、外のゴミ箱に持っていく。
何があっても、黙っていればいい。理由を聞かれても、槿が違和感を感じても、問い質されようとも。平然と、当然の顔で、椿木の意思で来たんだと。罪悪感や、後ろめたさを感じても、平然と。当然、椿木にも。
たとえ、彼女に恩があったとしても。




