第40話 飛花落葉の私から③
第23話 『飛花落葉のあなたと、ポストスクリプト』の槿視点です。(2回目)
勝負をしよう。そう言った私を見て、彼は明らかに馬鹿にした笑顔を浮かべる。
「へえ?君が、どう私と勝負するんだい?力も無く、時間も無い、枯れるのを待つだけの君が。」
彼は、明らかに私を侮っていた。当然だ。私が彼に適うものなど、一つも持ち合わせていない。けれど、私は彼に挑まなくてはならなかった。
「自信がないなら、断ってもいいけど。」
私は精一杯彼を煽る。彼からしたら私はあまりに矮小な存在だ。無視をされないように、彼が乗ってくれる事を心の中で祈る。
「ハハッ。君を見ていると思い出すよ。昔よくいたんだ。私に勝てない癖に戦いを挑んでくる、馬鹿で、哀れで、自らの使命に酔っている、愚かなヴァンパイアハンター共を。」
彼は、変わらず笑顔だった。だが、声は凍るように冷たい。部屋の外から、冷気が室内を覆うような、そんな気すらした。
「見ていて、殺したくなる。」
空間が、凍り付いた。窓はぱきり、という音を立て歪み、私の呼吸は浅く、早くなる。気が付くと指先は震えており、明確な殺意が、空間を支配している事に気が付く。
「で、勝負内容はなんだい?」
何事も無かったかのように、彼は話を戻す。私は、震えを必死に抑えながら、精一杯平常心を装う。
「涼が死の恐怖を打ち勝てるか。打ち勝てたら、私の勝ち。」
それは、宣戦布告に近かった。涼は、私は、私達は、負けないと。必ずあなたに打ち勝つと。
その私の発言を聞いて、彼は高笑いをする。
「彼が?300年、死ぬのが怖くて死ねない彼が?君の愛があれば、死ぬのが怖くなくなるって?」
彼はそう言って、また笑い出す。ひとしきり笑った後、「いいよ、受けようじゃないか。その勝負。」と、承諾した。
「で、負けたら何をしてくれるんだい?」
「私の命を、好きにしていいよ。殺すにしても、グールにするにしても。恐怖に打ち勝てたかは、あなたの判断に任せる。その代わり、打ち勝てた場合は涼を解放してあげて。」
「いいだろう!期限は来年の元旦までにしよう。もし、期限までに君が死んでいたら、この勝負は無効試合だ。」
「いいよ。それで。」
私は、真っ直ぐ彼を見つめる。私達は負けない。彼への恐怖は消えていた。心を満たしたのは、涼への愛と央への強い怒り、私自身の決意だった。
「今日は君に会いに来てよかったよ!ここ200年で1番楽しかった!」
彼は、本当に楽しそうに笑う。それが、不気味だった。感情が、理解できない。
けれど、私は精一杯虚勢を張って笑う。それが、私なりの覚悟だった。
「すまない、遅くなった。」
涼が、そこで現れた。その表情は何処か困惑気味で、恐らく状況を把握出来ていないのだろう。
「やあ、涼。今彼女と君の話をしていたんだよ。」
「うん、そう。涼の話をしてたの。」
あの勝負は、私と央との勝負だ。だから、涼には言わなかった。
「そう、なのか。」
「とりあえず、僕は満足したからそろそろ帰るよ。涼、君も早く帰るといい。もうすぐ2時になる。あまり夜更かしすると、彼女も身体を崩してしまうよ。」
彼は、変わらず困惑していた様子だったが、央のその一言を聞いて、
「ああ、そうだな、今日はもうすぐ帰る。槿、特に彼には何もされていないよな?」
と私の身を案じてくれた。先程まで、自身の方が怪我をしていたはずなのに、そう言ってくれる。
央の話には無かったが、私は分かっていた。
涼は、私の為に逃げないでくれた。央から、私を守る為に。
「うん。大丈夫。」
そう言って私は彼に微笑む。ありがとうという気持ちと、次は私があなたを救うから、という気持ちを込めて。
「そういえば、槿。」
唐突に、彼は切り出した。
「え、何?」
「連絡先を交換しよう。」
「いいけど、急だね?」
その感じも彼らしくて、私は笑ってしまう。
「いざと言う時連絡先を知らないと不便だと、今日知ったからな。」
なるほどと納得して連絡先を交換した。
そういえば、と私は気付く。
「身内以外と連絡先交換したの初めて。」
その初めての相手が涼なのは、嬉しくて、少しだけ恥ずかしいような気持ちになる。
そんな私を見て、涼は笑う。
「なんで笑うの。」私は恥ずかしい気持ちになりながら、涼を見つめる。
「いや、椿木も同じ事を言っていたと思ってな。」
「……ん?椿木さんって誰?」
「ああ、この前世話になった花屋の女性だ。先程連絡先を交換してな。」
「へぇー。そうなんだー。」
へー。私と連絡先交換する前に他の人と連絡先交換したんだ?いや、別にそれは全然構わないけれど、他の女性と同じ事を言ってたっていうことを、仮にも愛そうと思っている女性に言うのは少し違うと私は思うな。本当に全然構わないんだけれどね。まあ、人によっては怒ると思うし、あ、もちろん私は怒ってないよ?この前のクリスマスイブの日の事、お花屋さんの女性店員さんに相談してたのは聞いてたし、薔薇もそこで買ったのは聞いてたけど、その時は特に何も思わなかったし。店員さんと私より先に連絡先交換するまで仲良くなれるんだ、涼のコミュニケーション能力高くて羨ましいな、とは思うけれど。というか、そもそも付き合ってる訳でもないから嫉妬するのもおかしいよね。大丈夫。嫉妬なんかしてないから。ただ、私が1人だけ身内以外で初めて連絡先交換した相手が涼だって勝手に舞い上がってただけだから。私が恥ずかしい人なだけだから、本当に気にしなくていいよ。別に2人目でも、涼の連絡先知れただけでも嬉しいし。あ、2人目とは限らないよね、ごめんね。ただ、私なら気になる人の連絡先聞く時に、こんなついでみたいな聞き方しないけれど。ああ、涼が気になってくれてるとは限らないよね。そもそもお互いを利用する関係だった訳だから、私が勝手に好きになっただけだし。でもさ、まず最初に会った時に聞いてくれても良いよね?あ、私から聞くべきだったかな?そうだよね。吸血鬼って人間の常識と違う考え方持っている可能性高いから。やっぱり相手に合わせる事って大事だよね。吸血鬼側にも言える事だと思うけど。本当に気にしないで大丈夫だからね?私さっきまで「涼の事、私が死ぬまでに絶対央の手から解放しよう」って覚悟決めてて、その流れでこれだから、少しだけ、本当に少しだけモヤってしただけだから。涼の為に生きようって覚悟は変わらないから。気持ちって上がってる方が、後で落ちた時に落差が大きいっていうだけだよ。さっき大きめの山が来たから、今谷が来たなーってだけだから。全然谷って言っても大きくないから。小さい隙間みたいな谷だったから、本当に気にしないで。ただ、もう1回言うけど、仮にも愛そうとする女性の前で他の女性と同じ事を言ってたって言うのは、やっぱりデリカシーないかな。私は怒ってないけれどね。私は怒ってないけれど、こういう事で怒る人ってやっぱりいると思うから。なんて事を、私は思ったが、特に言わなかった。
本当に、気にしていないので。
「とりあえず、今日は遅くなってしまった。すぐにまた会いに来る。その時に、また沢山話そう。」
彼は何かを察したように、すぐに話を終わらせようとした。
「うん。そうだね。また、来た時に、沢山、話そうね。」
私は至ってにこやかに、彼にそう伝えた。
「よし、帰ろう、央。」
彼は、縋るような口振りで央に話し掛ける。
央はやれやれ、と言わんばかりに、額を押さえるように片手で顔を覆っていた。




