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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
飛花落葉の私と父

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第33話 飛花落葉の私と向日葵

いつものように、向日葵さんが私を起こしてくれた。



「おはようございます。起床時間ですよ。」


そう言って、彼女はいつもの様に笑う。



窓からは、昨日の雨のせいか、少し雲の残る晴れた青空から朝日が差していて、当たり前だけど、涼は居なくなっていた。



「……おはようございます、向日葵さん。」


「あれ、珍しい。今日はあんまり眠くなさそうね。いつもより沢山寝れた?」


向日葵は、そう言って少し驚いた表情をする。



「そう、かもしれません。」


確かにいつもよりよく寝れたような気がする。



そのおかげか、昨日より体調も回復して、涼の言っていたように少しだけ気分が晴れた気がした。




きっと、彼がそばに居てくれたからだろう。彼には出会ってから、感謝することばかりだ。あと、恥ずかしながらどうせならもう少し涼に甘えればよかった、と少し卑怯な事を思わなくもない。





今日は、浅黄は居なかった。向日葵さんと2人、以前までのように朝の検診を行っている。無言で無愛想な浅黄でも、いないと病院の白がいつもより目立つような気がする。



その時、涼と『浅黄について他人に聞くのはどうか』という話をした事を思い出す。



「大分脈拍も安定してるわね。よかった。」


一通り、バイタルサインの確認が終わったタイミングで、私は向日葵に切り出した。



「あの、向日葵さん。少し聞きたい事があって。浅黄さんの件で。」



「浅黄院長の?………構わないけど、私でいいの?」


本人に聞いた方が早いのではないか、というニュアンスを含めた言い方だった。


「向日葵さんから聞きたいです。お忙しくなければ、ですけれど。」


彼女は顎に手を添えて、少し悩んだ後、


「今は仕事中だから、あんまり長時間は難しいけど、少しなら大丈夫よ。槿ちゃんの体調の事もあるしね。」


と、優しく了承してくれた。


「ありがとうございます。」


私は、寝たままの姿勢で、首だけを起こすように、お辞儀をした。


「気にしなくていいわよ。それで、聞きたいことって何?」



「……最近、浅黄さんが、よく病室に来るじゃないですか。あれって、何故だか分かりますか?」


「槿ちゃんが教会に行くのが心配だからだと思ってたけど、違うの?」


向日葵は、当然のように答えた。当たり前のように答える向日葵と、どこか同じ人の事を話しているような気がしない。



「浅黄さんて、もっと理性的というか、合理的というか。そういう気持ちを持つのは、違うような気がして。」


出来るだけ、言葉を選びながら、私は向日葵に伝える。



「うーん。そうかな?確かに院長はそういう所あるけど、槿ちゃん相手には結構過保護な方だと思うけど……。まあ、こんなに可愛い娘さんだから、気持ちはわかるけど。」


そう言って、向日葵は笑うが、私は全くピンと来ていない。彼が、私に対して過保護?



私の様子を察したのか、向日葵はこう付け足す。



「だって、私が小児科から心臓内科に移ったのって、院長から槿ちゃんの事をお願いされたからなのよ?」


「……え?」


衝撃の事実に、私は動揺してしまう。



「あ、別に嫌だったとかは無いからね。本当よ?」


そう言って、向日葵は慌てて否定する。



「槿ちゃん、15歳になって、心臓内科に移ったでしょ?丁度そのタイミングで、……辛い事があったから。」


向日葵は、必死に言葉を選びながら話す。どこか、その顔にも少し暗いものが見えた。



丁度その頃は、私が両親を亡くした時だ。その記憶が強くて、その頃に心臓内科に移っていた事など、すっかり忘れていた。



「それで、病院をお家代わりにするようになったから、小さい頃、1番私に懐いてくれていたじゃない?だから、浅黄院長が、『自分勝手な頼みで誠に申し訳ないが、槿の為に心臓内科に行ってくれないか』って、頭を下げて頼み込んできて。『業務の範囲で構わないから、支えになってあげて欲しい』って。」



あまりに、普段の浅黄の印象とかけ離れており、「『心臓内科に行ってくれないか』ってダジャレみたいだな。」等としょうもない現実逃避を頭に浮かべる。



「私も槿ちゃん心配だったし、喜んで引き受けたら、今度は『ありがとう。本当に、ありがとう。』ってまた必死に頭を下げてきて。本当にずっと覚えてるわよ。衝撃的過ぎて。」



そう言って、彼女は楽しそうに笑う。私も合わせて笑うが、あからさまに引きつった笑みを浮かべている。


浅黄が、私をそんなに心配してくれていた?本当に?じゃああの普段の態度は一体?



「あ、そういえば1つ知ってるわ。槿ちゃんの病室に来る理由というか、病室で食事をとる理由。」



思い出したかのように、向日葵は中空を指さす。



「え、なんなんですか?」既に半分パニック状態ではあるが、そう言われるとすごく気になる。



「家族団らんよ。家族団らん。」



「はい?かぞく、だんらん?」


それは、どこの国の料理ですか?と思わず聞きそうになるくらい、あの空間は家族団らんとは程遠かった。



「いや、実はね。そのくらいの時期に、浅黄院長に聞かれて。『家族とは、どう過ごすものなのか、教えて欲しいのだが。』ってすごい真面目に聞かれちゃって。あの人、ずっとお独りでしょ?」



彼女は相変わらず思い出を愉快そうに話す。



「で、私は考えた後、『一緒に食事をするとか、その時お話することですかね?』って答えたの。そしたらそれから時間のある時は病室で食事するようになったのよ。」



という事は、彼は家族団らんのつもりで、ここで食事をしていることになる。どちらかと言えば、取調べの方が幾分近い気がするけれど。



「なんか、思ってた人と違いますね、あの人。なんだか、不器用というか。」


「槿ちゃんのご両親ともお友達だったからもう20年近い付き合いじゃない。槿ちゃんなら、もうそんなこと知ってると思ってたけど。」


「実は、私浅黄さんの事苦手で。あまり昔から関わろうとしてなくて。」


「え、そうなの!?」


向日葵は、露骨に驚いた表情を見せる。



「ええ。でも、向日葵さんのおかげで少し苦手意識が消えました。ありがとうございます。」



感謝の意味を込めて、大きく笑う。


本当は、向日葵さんの口から聞いても、あまり彼に対しての意識は変わらなかった。それ程までに、彼の気持ちは私に向いていないように見えたから。


ならいいけど、と口にして、向日葵は続けた。



「でも、分からないものね。槿ちゃん、あの人といる時いつもニコニコしているから、余り喋らないけど仲良しなんだと思ってたわ。やっぱり、言葉にしないと分からないことって、いっぱいあるのねえ……。」



向日葵さんの言う通りだと思う。だから、私は決意した。浅黄さんと話して、本当の気持ちを聞く。



私のことをどう思っているのか。何故、最近よく来るのか。




どうして、私を引き取ってくれたのか。




私は、私の両親の、あなたの親友の代わりなのか。



それらの質問で、彼の事をより苦手になるかもしれないし、私は傷付くかもしれないけど、聞かなきゃ分からない。



傷付くことを恐れる、そんな時間すら私には無いのだから。

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