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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
飛花落葉の私と父

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第32話 槁木死灰の私と槿

その夜、晴れてはいたが、来る途中のアスファルトや建物が濡れていて、日中は雨が降っていたのだろう、という事が分かった。


気温の変化には強いが、それでも、雨の後の冷たい空気には、流石に寒さを感じ、雨が降っていたからか、街も普段より静かだ。


澄んだ冬らしい空気と相まって何処か物悲しい気配を感じる。


いつも通り槿の病室に窓から入ろうとすると、彼女は珍しくベッド横になっていた。



いつもは大体上体を起こした姿勢でいるので、もしかしたら寝ているのではないかと思い、ドアをノックせず、慎重に侵入した。


外から見た時は気が付かなかったが、左手には点滴が刺されており、彼女の顔は目を閉じていて、眠っているようだ。


体調が優れなかったのだろう。彼女を無理に起こすのは身体に良くないだろうし、私は出直す事にした。


彼女と契約したのは『1週間に1度は必ず会いに来る』であるし、また次の機会に会いに来ればいい。


そう思って、私は窓から出ようとする。すると、


「……涼?」


物音か、気配で察したのか、彼女は目を覚ました。


「すまない。起こすつもりはなかったんだ。」


悪い事をしてしまった、と反省する。


「ううん、いいよ。」


そう言って、微笑みながら彼女は言うが、身体を起こす様子は無い。


やはり、あまり体調が優れないのだろう。


「体調が良くないようだし、また来る事にする。ゆっくり休むといい。」


私は、そう言って窓から出ようとする。


「もうちょっと、いて欲しい、かな。」


彼女は、力無く、そう呟いた。


彼女がこういった、頼るような弱気な言葉を口にするのは、あまりない。やはり、あまり体調が芳しくなさそうだ。だが、ここで帰るのもあまり良くないように感じた。



「……君の迷惑でないのなら。」


私は、置いてある丸椅子を1つ持ち出し、彼女のベッドの横に置く。



「今日は窓際じゃないんだ?」


彼女はそう言って微笑むが、やはり何処か力が無い。



「大人しく寝ていろ。君が眠りにつくまで、傍にいるから。」



「優しいね、涼は。」


そう言って、槿は目を瞑る。



「………ちょっとだけ、我儘言ってもいい?」


「構わない。君を惚れさせる為に私は来ているのだから。」


私がそう言うと、彼女はまた力無く微笑んだ。



「……手、握って欲しい。」


そう言って、彼女はベッドから右手を差し出す。



私は言われるまま、彼女の右手を自らの手で包む。



「私、すっかり忘れてたなあ。最近楽しい事、いっぱいあったから。小春ちゃん、嫌な思い、してないといいけど。」



彼女は、そう溢すように、話し出す。



体調に障りそうなので、止めようとも思ったが、彼女の口調が何処か悲しそうで、私は聞く事しか出来ない。



「この1ヶ月間、教会に行く提案を連花さんにしてもらえて、友達が3人も増えて、恋の話もして。すっかり、身体の事、忘れちゃってた。もうすぐ死んじゃう身体で、大したことも出来ないって、ずっと、当たり前だった事なのに。」



彼女の言葉に、私は何も言う事は出来ない。


私は、そんな彼女だから、愛そうと決めたのだから。


死にかけで、何も出来ない彼女を。




自らの死の手段として、利用する為に。




「私、きっと、教会に行ってもいっぱい皆に迷惑かけちゃうな。病院にずっと居た方がいいかな?」


「槿。」



私は、思わず彼女の名前を呼ぶ。



以前会った時、あれだけ楽しそうに話していた彼女が、こうして自らを嘆く様を、私はこれ以上聞きたくなかった。



「……槿。今は、体調が優れないから、悲観的な事ばかり考えてしまうんだ。ゆっくり寝て、また体調が改善してから、引越しの事は考えればいい。」



必死に頭を回しながら、次の言葉を探す。



「君の友人だって、君の身体の事を知った上で、友人になってくれたんだろ?教会もきっと一緒だ。君の身体の事を知った上で、受け入れようとしてくれている。だから、君は気にする事はない。」


「……涼は、優しいんだね。」


そう言って、彼女は笑う。


「よく言われるよ。」この前言われたのは、彼にだったが。



「そうだ、人間には引越し祝いという風習があるだろう。君が教会に移ったら、私は何か1つ君の言う事を聞こう。」



出来るだけ、明るく振る舞った。それだけ、今の彼女は寂しく見えた。


「うん、ありがとう。何か考えとくね。」


そんな私の気持ちを察してか、彼女は優しく微笑んだ。




「ちょっと、疲れちゃった。そろそろ寝るね。おやすみ、涼。」


「ああ、おやすみ、槿。それまで、手は繋いでいた方がいいか?」


「そうしてくれると、凄く嬉しい。」


「ああ、わかった。」


そうして、彼女の呼吸は、徐々に深くなっていく。



繋いでいる手から、柔らかい皮膚と、細い指を通して、彼女の体温が、冷たい私の身体に伝わる。



優しくて、何処か安らぐ、吸血鬼として過ごした私の人生にはなかった、温もり。



これが、1年も経たずに、私に伝わることが無くなる。



その想像をして、胸に穴が開き、そこから砂が流れ落ちるような、そんな感覚がする。



これが、私の求めていたものだ。私は、自分にそう言い聞かせる。



順調だ。私は、順調に死に向かっている。何度も、そう反芻する。



何処か間違っている。何かがそう言っているのを、聞こえない振りをして。




眠りについた彼女の、右手から伝わるその温もりを、私は手放す事が出来なかったのに。





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