第31話 飛花落葉の私と椿
「そういえば、この前日程が合ったから椿木の祖父母の農園の手伝いを連花に行ってもらったのだが、後で連花にやたらと感謝されたな。」
いつもの様に病室に来た涼に、一果が連花を想っているらしい、という話をすると、涼は、思い出したかのようにその事を口にした。
「やっぱり、一目惚れしてたんだ。」
私は、自分の予想が当たって少し嬉しくなる。
「にしても、それで憎んでる吸血鬼に感謝しちゃうって……いいのかな?」
「まあ、いいんじゃないか?休戦中だし。」
あまり釈然とはしなかったけれど、仲がいいのはいい事だし、あまり深く考えないことにした。
「一果と連花さんだったら、私、どっちを応援すればいいかな?」
「好きな方でいいんじゃないか?」
涼は心底興味がなさそうに返す。もう少し、一緒に盛り上がって欲しい。
「それはそうと槿が最近楽しそうで何よりだ。意外と他人の色恋沙汰の話が好きなんだな。」
そう言って、涼が笑う。
「まあ、女の子だから。」
女の子が皆そうか分からないが、私はそう返した。
「君が女の子なのは知っていたが、そういう俗っぽい所があるのは初めて知った。」
「今まであまり、同い年の女の子と関わる事がなかったから。」
学校にもほとんど行けてなくて、病院と家で基本過ごしていて。
だから、今はすごく楽しい。
涼は、そんな私の気持ちを察するように、優しく笑う。
「そうか。そうしたら、これから教会での生活が楽しみだな。一緒に過ごせる時間が増えるんだろう?」
「そうなんだけど……。私、あんまり人付き合いとかしてこなかったから、嫌われないか、少し心配かな。」
楽しみだからこそ、その分不安でもある。
涼位、日常からかけ離れた存在であれば、逆にそこまで気を使わなくて済むけれど、相手は同年代の同性で、だからこそ、不安だ。
「私も、君と話すのが300年振りの人付き合いだったからな。それなりに緊張した。だが、慣れれば」
「話は変わるが、君の養父である浅黄が最近よく来る理由は分かったのか?」
涼は、思い出したかのように私に問い掛けた。
「……そういえば、他の人に聞くの忘れてた。」
あれからも浅黄はほとんど毎日、1日のどこかで私の病室に来る。だが、涼に『匂いが好き』という話をされて、そこで舞い上がってすっかり失念していた。
「今度、お世話になってる看護師さんに聞いてみる。」
私はそう決意する。
「そうするといい。」
「うん。そうする。」
その後、また他愛のない雑談をして、彼は1時を過ぎた辺りで、連花と特訓をしてくる、と言い、夜に消えた。
数日後、小春がまた、お見舞いに来てくれた。
大量のお花を持って。
「小春ちゃん、気持ちは嬉しいけど毎回持ってきてもらうのは流石に気が引けるよ……。」
その日は、少し雨が降っていて、外からきた小春は車から病院まで、傘をさして来たのだろうけど、恐らく花を守っていたのだろう。少し、体が濡れていた。
彼女らしいが、そうすると、余計気が引けた。
「槿ちゃんが教会にお引越しするまでなんで気にしないでください!」
満面の笑みを浮かべながら、彼女は花束を私に差し出す。
そう言いながら、彼女は教会に行ったあとも何らかの理由を付けて私にお花を持ってきてくれる気がする。
彼女には、連花が帰った後、私が教会に移る、という話をした。
「それなら前より会いやすくなりますね!」
と喜んでくれて、そう言ってくれる友達が出来たことが私には嬉しかった。
「本当に、引越すまででいいからね?今までお見舞いに来てくれる人とか居なかったから、こうして友達が来てくれるだけで私は嬉しいから。」
私は、流石に彼女の懐事情が心配で、素直に伝えた。
「私の事友達だと思ってくれてるんですか!?分かりました!次から身一つで会いに行きます!」
と、彼女は嬉しそうに涙を流す。
……たまに、明るくて溌剌としている彼女から闇を感じる時がある。
良く考えれば、この前涼が口を滑らせた時も、『身内以外の連絡先を初めて手にした』という私の発言と似たような事を彼女が口にしていた、という事は…………。
と、邪推するが、どちらにせよ、あまり彼女としては触れられたくない事だろうし、あまり気にしない事にした。
「ところで、この前、涼が代理で連花さんに農園のお手伝いしてもらったって聞いたけど。」
私は、少しドキドキしながら訊ねる。
小春は少し思案する様な表情を浮かべたあと、
「ああ、この前来てくれた人ですね!私もその日手伝いに行ってましたけど、おじいちゃんもおばあちゃんも、『真面目ないい人だね』って言ってました!」
「そう!いい人なんだよ!」
思わず、声が大きくなる。連花と一果の恋に関して、正直、どちらを応援するかは悩ましいが、どうせなら、どちらかが交際する所まで見届けたい。
なので、とりあえず両方とも応援する事にした。
急な私の大声に少し驚いた様ではあったが、小春ちゃんは、
「そう言えば、この前私が病室でぶつかりそうになった人ですか?槿ちゃんとも知り合いなんですね!」
とにこやかに返す。
正直、顔見知り程度の知り合いでしかないが、それでも知り合いには違いない。
「うん。そうなんだよ。今回私が教会に引越すのも彼が提案してくれた事だし、涼とも仲良いし、ほんとにいい人なんだよ。」
私は、早口で捲し立てる。こういう、他の人の恋を応援する、みたいな事は今までの人生の経験にはなくて、私は自分が高揚しているのを実感していた。
「槿ちゃん……そんなに褒めるってことは、まさか二股ですか……!?」
小春は、血の気が引いた顔をする。
「いやいや、違うよ!ただ、いい人だから……」
必死に否定しながら、何とか彼を小春に意識してもらおうと話していた、その時。
その時突然、心臓が、大きく跳ねた。
心臓に、塊のような血液が流れる。胸を押さえる右手は感覚がなく、音が遠くなる。
視界はもやが掛かったようになり、空いている左手で私は必死にナースコールを押した。
顔は油のような汗をかき、呼吸は喉に蓋をされたように上手くできない。
小春ちゃんは、必死に廊下に出て、看護師が医者を呼ぶ。私の周りに膜が出来ているかのように、その声は遠く聞こえる。
「こっ……!はッ………っ…!!」
小春ちゃんは、いい子だから多分気にしちゃう。だから、『小春ちゃん、気にしないで。』そう言おうとした。
その声すらも、出す事が出来なかった。
最近、楽しい事が多くてつい忘れてしまっていた。
どうして、忘れてしまっていたのだろう。
私は、普通の女の子にはなれないのに。




