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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
飛花落葉の私と父

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第28話 飛花落葉の私と夜来香

「多分、あれは一目惚れだったと思うんだよね。」



私は涼に会うなり、連花と小春のことを話した。もちろん、教会に引越す話をされた事も含めて。



涼も私が引越すかもしれない、という話を事前に連花に聞かされていたみたいで、その時も渋々了承したらしい。


「君が私たちの騒動に巻き込まれるのは避けたかったが、最終的な決定権は槿にあるようだったしな。」


と彼はそっけなく言った。



「心配してくれたの?」


そう私が聞くと、彼は無愛想を取り繕って、


「私が死ぬ為に、君が必要だからな。」


と、言い放つ。わざと突き放すような言い方に、むしろ彼の愛を感じて、私は少し嬉しくなる。



「あの司教様が一目惚れか。意外だな。」



いつもの様に開いた窓枠に腰掛けた涼は、からかっているつもりはなく、本心から驚いている様だった。



「意外とピュアなのかな?」


「どうだろうな。この前私を殺しに来た時は女を2人連れていたが。」


女性を二人。もしかしたら。


「その人が、私のお世話をしてくれるって人なのかな?」


「……ああ。先程の話に出てきたお手伝いか。その可能性は高そうだな。仲も良さそうだったし。」


「どんな人だった?」



もしかしたらお世話になるかもしれない人だ。気にならないと言ったら嘘になる。



「…………。片方は、犬笛を吹いていたな。両方散弾銃を持っていた。」


涼は目を逸らしながら、いつもより小さい声で答えた。


「え、それだけ?」


それだと、外見も内面も何も分からない。冗談なのか本気なのかが分からず、私は困惑してしまう。




私がそう聞くと、涼は観念したかのように口を開いた。



「実は、私達は人間の外見の違いを見分けるのが得意ではないんだ。」


「え、そうなの?」そんな事は思ってもいなかった。


「ああ。体格の違いとか、匂いとか、声の波長であるとか、基本的にはそういったもので違いを認識している。」



匂い、と言われると少し気になってしまう。



「……ねえ、私、臭くない、よね?」



流石に、想いを寄せる相手にそう思われたくはない。



「いや、むしろ私は好きだが。」



あっけらかんと、彼は言った。



「え、本当に!?」



私は顔が赤くなるのを感じる。あまり褒められなれていないうえ、涼にこういう事を言われるのは珍しいので、嬉しさと恥ずかしさがある。



私の反応を見て、涼も少しだけ恥ずかしそうにする。人との違いか、顔はほとんど赤くならないが、意外と涼は表情に出やすいから、何となくわかる。



「……他意はないからな?」


「えー残念。」


「まあそんな訳で、あまりお役には立てないな。」



彼は照れたり気まずかったりすると、露骨に話題を変える。その様子が面白くて、私はいつも笑ってしまう。



「そうなんだ。2つの意味で残念。」


「2つの意味?」


「2人の特徴分からなかったなって言う事と、涼は私の違いも分からないんだなー。って」



わざとらしく拗ねる。彼が人と違うのは分かっているから、別に悲しくはないけど、彼が慌てている所が見たくてついこういう事をしたくなってしまう。


「流石に、槿の見た目は分かる。」


「へ?」



思ってもいなかった返答に、思わず間の抜けた聞き返し方をしてしまう。



「…………まあ、色々あったしな。」


「うん、そっか。」



彼が、何をぼかしているのか気になるけれど、私だけ覚えてくれてる、と言うのがまた嬉しくて、それ以上聞くのが恥ずかしくなってしまう。



「あ、そういえばなんだけど。」



彼に見習って、急に話を変えることにした。



「浅黄さんの話って、涼にした?」


「いや、聞いてないな。何者だ?」


「病院の院長で、……一応、戸籍上のお父さん。」


「そうなのか。その人がどうした?」



こういう時、あまり事情を聞いてこないのは、彼のいい所でもあると思う。単に、興味がないだけかもしれないけど。



「最近、やたらと一緒にご飯を食べに来るんだよね。」


「家族なら、それは普通じゃないのか?」人間にはあまり詳しくないが、と補足して彼は私に訊ねた。


「本来は普通なんだけど、あの人は忙しいから。」


「なるほどな。ちなみにいつ頃からなんだ?」



「……多分、3日前、くらいかな。もしかしたらその辺りから暇になっただけの可能性もあるけど。」


私がそう言うと、少し考える仕草をした後で、


「……分からないな。君の父にに聞いてみるのはどうだ?」


と私に提案する。確かにそれは手っ取り早いけれど。


「それは、いいかな。」とやんわりと断った。


「薄々察してはいたが、苦手なのか?」



いきなり図星を突かれて、少し身体が跳ねる。



「……気付かれてた?」



何故だか、彼の前では少し感情表現が素直になってしまう。何故かは分かるんだけど、恥ずかしいから何故か、ということにしておく。



「そもそも嫌いじゃなければそんな話はしないだろう。」


「確かにそうかも。」


「なにか、理由はあるのか?」



そう聞かれて、私は、彼の事が苦手な理由を話した。



「まあ、言いたいことは分からなくもないな。だが、君を引き取ってくれた、という事は悪い人では無さそうだが。」


「悪いと苦手は別だよ。浅黄さんは、いい人だけど苦手な人。一緒にいると気が滅入るからあの人と一緒に食べるご飯、あんまり美味しく感じないんだよね……。」


「そうか、周りにずっと悪い人で苦手な人しかいなかったので忘れていた。」



涼の冗談に思わず笑ってしまう。


「確かに、涼の知り合いの彼は、悪くて苦手な人だ。」


私も同意すると、涼も少し笑った。



「ふと思ったのだが。連花はその話を君にしたということは、浅黄にもその話は恐らくしているんだろう?」



確かに、話したと連花は口にしていた。


「うん。そう言ってた。」


「浅黄にはその事はなにか言われなかったのか?」



そう言われて、思い返す。



「『連花司教からは、大事な話があるから好きな方を選びなさい』みたいな事を言われたかな。連花さんが来た朝に。」


「そのタイミングで聞いていた、という事は、当然浅黄が連花から話を聞いたのは前日だ。」



なんの推理だろう?と思いながら、私は黙って聞く。



「そして、浅黄が君の元で食事をするようになったのは、3日前から。連花が浅黄に会ったのはその頃じゃないか?」



充分にあり得ると思うが、何が言いたいのか分からない。



「つまり、どういう事?」



「単純に、娘と離れるかもしれないのが寂しいだけ、という可能性はないか?それか、心配しているとか。」



浅黄が、寂しい?私が心配?



「……そんな感情、あるように思えないけど。」



あったとしても、その感情が向けられるのは私では無いだろう。



「まあ、君が言うならそうかもしれないな。本人に

聞くことが躊躇われるなら、他の人に聞いてみるのはどうだ?」



他の人。なるほど。確かに向日葵とかならもしかしたらなにか事情を知っているかもしれない。



「それいいかも。今度やってみる。」



「ああ。そうするといい。もうすぐ2時になる。私はそろそろ帰るとしよう。」


「あ、そうか。今日彼の日だったね。」


彼と涼が通話をする日。つまり、木曜日だった。



「ああ。いい人で苦手な人と話さなくていい分、槿の方が幾分マシに見える。」



そう冗談を言ってから、おやすみ、と私に言って彼は帰って行った。夜に溶け込んでいく彼を見ながら、先程彼が言った言葉を反芻していた。






そうか、涼、私の匂い好きなんだ。



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