第25話 飛花落葉の私と浅黄
涼と司教さんが戦った話を、彼、『藍上 央』に聞かされてから、少し時間が経った。
その数日後に涼から聞いた話によると、司教さんと涼は彼を倒す為に、秘密の特訓をすることにしたらしい。
「だから日曜日は少し早く帰ることになる。構わないか?」と彼はわざわざ許可を取りにきてくれて、気にしなくていいのにと思いつつも、私は了承した。
どうやら、ここから10分程度歩いた所に教会があるらしく、教会の裏の森で特訓しているそうだ。
面白そうだしいつか見に行きたいけれど、難しいだろう。涼はもうあまり能力を使わないようにしろ、と司教さんに忠告されているみたいで、クリスマスイブの時みたいに病院を抜け出すのは難しい。
そんな事があって、少し経った2026年1月7日、水曜日。
「おはようございます、朝ですよ。」
いつもの様に、向日葵に私は起こされた。
「……はようございます……。」
「相変わらず眠そうね。」
そう言って向日葵は苦笑する。
「朝ですから……。」
「おはよう。槿。」
地を這うように低い男性の声が耳に入ると、私の意識は急に覚醒した。
「おはようございます。浅黄さん。」
浅黄 宗一郎。この病院の院長で、私の、戸籍上の父にあたる。
15歳の時に両親が死んでから、引き取ってくれる親族のいなかった私を、両親の親友だった彼が引き取ってくれた。
小さい頃から医者として、両親の友人として何度も会っているし、ずっとお世話になっている。
けれど、私はこの人が苦手だ。
業務連絡のような内容しか喋らなくて、無愛想で。
どこか、私に両親の姿を重ねているような気がするから。
1度だけ、私を養子に迎えた日に頭を撫でてもらった記憶がある。
でも、それだけで人を好きになれる程、私は単純じゃなかった。
彼は普段、出張などで病院にいないことも多く、いても多忙を極めている。だから、いざ発作が起きた時、手遅れにならないように、私は病院を家代わりにしている。
浅黄は、たまに空いた時間などがあると、私の健康状態をチェックしに来たり、私の病室で食事を摂る事があった。
「特に症状の悪化は見られないな。」
「ええ。おかげさまで。」私はいつも通り笑う。
「今日は少し時間がある。このままここで食事をしよう。」
彼はそう言って、病室に居座り向日葵さんを帰す。
朝食までいるのか。少しげんなりとするが、表には出さない。
お世話になっている人には間違いないし、彼の機嫌を損ねたくはない。
多忙のはずの彼が、何故かこの3日間は毎日のように来る。正直、憂鬱だ。
病院食が運ばれて、私はベットで、彼は病室内の小さな机で食事をとる。
食器の擦れる音と、食事をする音だけが空間に響く。彼がいると、いつもあまり美味しくない病院食が、更に味気ないものに感じる。
「味は、美味しいか?」
「はい。」
否定して会話が広がるのが嫌で、とりあえずそう返す。
唯一した会話は、これだけだった。
食事を終えて、「では、そろそろ行く。」と、彼は立ち上がる。
やっと終わった、と心の中でため息をついた。
「聞き忘れていたが」
途中で彼は思い出したかのように立ち止まり、私の方を向き直す。
「え、はい。」
こういう事は珍しい。なんだろう、と次の言葉を待つ。
「今日、君に面会希望が2人入っていたな。」
実は、前日にお見舞いの希望があった。最近は症状も安定しているし、2人とも知っている人物だったから、了承した。
「うち1人の、連花司教からは、槿に関して重大な話がある。君の好きな選択をしなさい。」
何故彼が、連花を知っているのだろう、なにか事前に話し合いなど会ったのだろうか?選択とはなんの事だろう?
色々と気になったが、後程面会に来る連花に聞けばいいか、と思い、「わかりました。」とだけ答えた。
「もう1人の方は、知り合いか?」
「ええ。たまたま院内を散歩してる時に会って、そこから意気投合して。」
涼からの繋がりでお見舞いに来たのが最初の出会いだがだが、あれこれ聞かれるのが面倒で、
「……そうか。」
彼はそれだけ言って、病室を出た。
何故そんなことを聞いたのかよく分からなかったが、とりあえず彼が去ってほっとした。
それから数時間後、ドアをノックする音が聞こえた。
ガラッというドアをスライドさせる音ともに、連花と思われる人物が現れた。
年齢は私の少し上くらいだろうか。身長が高く、筋肉質な肉体は、神父というよりスポーツ選手を思わせる。
髪は短髪の明るい茶色で、前髪を上げている。瞳も同じ色をしており、海外の血が混ざっているのか、日本人離れした目鼻立ちがはっきりしている顔立ちをしている。
服装は神父服ではなく、黒のスラックスに白いニット、小脇にPコートを抱えている。
「初めまして。聖十字教団の司教を務めております。サリエル・連花 黎明と申します。」




