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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
あの日、私が遅れた理由

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第22話 彼が私を呼び止めた理由

「話も纏まった。時間ももう1時を過ぎている。さっさと契約をして、解散としようじゃないか。」


手を叩いて、彼はそう切り出した。


「化物と契約するつもりはありません。そちらが勝手に約束をしてください。休戦協定なのですから、破った場合、私の居場所はあなたの目の前です。」あくまで冷徹に連花は言い放つ。


「おや厳しいなあ。でも教祖君の言う通りだよ。」


「司教です。」


「じゃあ、勝手に誓わせてもらおう。私、藍上 央と、岸根 涼は、『岸根 涼が死ぬまで、眷属を増やす行為や、快楽を目的とした吸血をしない』事を誓おう。」


真祖である彼は、私の主人にあたるため、勝手に私の名前を使って約束するのとも出来る。これで、私と彼に鎖が繋がれた。


「ええ、結構です。一果、二葉。行きましょう。」


そう彼が呼び掛けると、2人は席を立つ。


「結局殺せなかったじゃん、本当最悪。」


一果はそうぼやく。


「そうですね。私の鍛錬が足りませんでした。本当に申し訳ない。」そう言って、司教は頭を下げる。


「いやいや、司教サマが悪い訳じゃないって!私も本当全然役立たずだったし!」


慌てた様子で一果が言う。


「そうです。連花司教。一果は本当に役立たずだったんですから。」


「は!?なんでうちのせいみたいになってるの?二葉だって、なんかお嬢様言葉になってたじゃん!」


「本当に私に何があったんですか?」


少し彼らのやり取りを見ていたが、あまりここに私達がいる事も彼等にとって気持ちのいいものではないだろう、そう思って、数十メートルしか離れていないが、槿の元に行こうとする。


彼を見ると、彼も同じ考えだったようで、「じゃあ、『愛しの君』に会いに行こうか。」と私に声をかける。


彼と槿を会わせるのは心底嫌だったが、断る事は出来ない。せめて彼が行くより先に槿に忠告しておきたかった、と思うが後の祭りだ。


飛び立とうとすると、「あ、少し待っていただけますか。」と司教に声をかけられる。


「なんだ?」


「岸根涼。出来れば、少し2人で話をさせて頂きたいのですが。」


「構わないよ。それなら先に私は彼女に会ってこよう。」


彼がそう言うのを聞いて、私は制止した。


「いや待て、すまない連花。後ででも構わないだろうか。せめてあと30分待ってくれ。」


彼と槿を2人で会わせると、どんな目に遭うか本当に分からない。彼女は私が死ぬ為に必要なんだ。


「全く、君は本当に臆病だ。しょうがない、約束しよう。私は今日、岸根涼の『愛しの君』に一切危害を加えない。ついでに能力を使用しない。これでいいかい?」と彼は私に約束をした。これで、彼は一切槿に手出ができなくなった。


本当に、今日は会いに来ただけなのか?と困惑する。


何故か彼も「おや、」と少し驚いた表情なのは気になるが、とりあえずこれで槿の安全は保証された。


「じゃあ君はゆっくり司教様とお話してから来るといい。」


ここまでされると、流石に拒否する理由が浮かばない。「……ああ。」と力無く同意したのを見ると、彼は槿の元に向かう。


「では、一果と二葉は先に帰って下さい。」


「えー別に待ってるよ。そんなに聞かれたくない内容なの?」一果は不満そうに連花に絡むが、二葉が、


「いいから。一果行きますよ。」


と彼女の手を引いて、帰路に着く。


それを少し見送った後、連花は切り出した。


「岸根涼。まず、あなたにお願いがあります。」


彼はそう言って、真剣な顔をする。


「お願い?」なんの事だ?


「週に1時間で構いません。私を、鍛えてくれませんか?」




あまりに想定外のお願いに、思わず反応出来ない。



「……どうでしょう?」至って真剣な顔で彼はまた訊ねる。


「いや、待ってくれ。まず、私は戦闘経験などほとんどない。鍛え方なんて知らない。そういう事なら央の方が詳しいはずだ。そしてもっと重要な事だ。吸血鬼だぞ?君の敵だ。いや、もちろん再び敵対するつもりなんてないが、それでも君からすると、良くないはずだ。」



「そもそもの実力差が私とあなた達では圧倒的に身体能力が違うのですから、吸血鬼の鍛錬方法など当てになりません。実践形式にしましょう。『連なる聖十字架』には革製のケースなどで上から覆って、あなたが怪我をすることもないようにします。」


確かにそれならば、私にも出来そうではある。だが、央を選ばない理由にはならない。


「エディンムでなくあなたに依頼する理由ですが、あなたも分かっているでしょう。彼を、刺激したくないのです。」


ああ、と合点がいった。


「彼は、徒に人を殺す可能性があります。先程の条件では、彼が人を殺そうとすること自体は止めることが出来ない。だから、出来るだけ彼とは関わらず、刺激しないようにしたい。」


確かに、彼の言う通りだ。先程の条件では、快楽目的の吸血と眷属を増やす事のみを禁止した形になる。しかも、彼はそれを利用する可能性が充分にある。


「それがわかっていて、何故あの条件を呑んだ?」


「それが、エディンムの最大限の譲歩だったからです。あの条件を拒んだ場合、場合によっては、私達を殺す事を視野に入れます。下手をすると、眷属にされていたかもしれません。」


この短時間で、よく彼の事をそこまで理解したものだ、と思わず関心してしまう。連花が彼女達を帰して、この話を聞かせなかったのは恐らく無駄に恐怖を煽るのを避ける為だろう。


「だから、私に頼んだ訳だ。彼を殺せるようにして欲しい、と。」


「ええ。先程も言いましたが、利用出来るものは利用します。もし何か対価が必要でしたら、司教としての道を外れない事でしたら支払いましょう。」


彼とは契約をしないと言っておきながら、私にはこうして契約を持ちかける。


少なくとも、当面の敵は私ではないと認識してくれているんだな、と嬉しく思う。




対価はいらない、と言おうとしたが、ある事を思い出す。


「対価、というのはつまり、労力でもいいわけだな?」


「え、ええ。先程も言いましたが、司教としての道に外れない行為に限って、ですが。」



私に念を押されて、彼は露骨に動揺した。



「ならば、私からも要望がある。」



彼が固唾を呑んで私の続く言葉を待つ。




「ある露地栽培の、生花農園を手伝って欲しい。」





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