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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
虚実古樹の私

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199/212

第199話 虚実古樹の私の生きる意味。

それから、数百年経った。


それから、私は一度も城を持つ事はなかった。


たまに巷の情報を得る為に、姿を変えて人に紛れたり、エリザベートの城に厄介になることもあったが、ほとんどの時間は、結局マリアの言っていたように森で独り過ごした。陽の光を避け、たまに訪れる狩人や迷い込んだ村人の血を喰らい、命を繋いできた。



かつて私が暮らしていた城は、私が出て行ってから数十年程でいつの間にか陥落していたらしい。私の眷属も皆死んだと聞いた。理由は知らない。興味もなかった。


それからさらにしばらくすると、エリザベートも死んだ、という話を聞いた。私が彼女を一方的に躾けて数年の出来事だったから、もしかしたらそれが原因なのではないか、とも思った。が、流石にその時は特に罪悪感などはなかった。正直、エリザベートが死んだとしても構わない。良いワインがもらえなくなるな。精々その程度だった。



私が城を離れてから、大体300年ほど経った、ある日の事。



暇つぶしに森を歩いていると、珍しく人影が見えた。いつの間にか人里の近くまで来ていたのか。木の影に隠れ、目の前の彼の様子を伺う。


服装から、恐らく農民だろう。別にさほど腹は減っていないので見逃そうとも思ったが、そういえば少し前にあった蜂起がどうなったか、私は知らないな、と思い出した。


城を出てから、前まで興味のなかった人間の時事に興味が湧くようになった。それだけ、暇だということなのだろう。情報というのは暇つぶしには丁度いい娯楽だ。他人事であればあるほど、無責任に盛り上がれる。その事に気付くことが出来るくらい、今の私は暇だった。



だから私は、彼に成りすまして村に降りることにした。


彼の目の前に飛び出すと、彼は驚いて私を警戒するが、私の服装を見ると、すぐに肩の力を抜いて人の良さそうな表情を見せた。



「貴族様と見受けられますが、こんな所でどうされたのですか?」


私の服装を見て、勘違いしたらしい。いくら迷い込んでも、こんなところまで貴族が来るわけもないだろうに。私は思わず苦笑する。



「いや、違うんだ。君を殺そうと思ってさ。『私の問いに答えろ。』」



「……はい。」



焦点の合わない、自我を失った目になった彼に、いつものように私は質問をした。



「君の名前は?」


「……ペタル・ブラゴジェビッチ」


「どこから来たんだい?」


「……キシロヴァから。」


年齢は、家族は、家族の名前は、呼び方は、好きな物は、嫌いな物は、楽しみは。順に、彼に問う。



彼は、キシロヴァの農民で、ペタル・ブラゴジェビッチと言うらしい。妻と一人息子が何よりも大切だ、と言ってのける彼を殺すのは忍びない。なんて事は別にない。


おおよそ知りたい情報を得た私は、いつものように彼の首に歯を突き立てて彼の血を一滴残らず吸い尽くし、彼の姿を模した。



一応彼の死体を埋めて、私はキシロヴァの方角に向けて夜の空を駆ける。


一体、いつまでこんな事をすればいいのか。そんな風に思わなくもない。マリアを捨てて、ヴラドが死に、自分の眷属を殺し、長く暮らしていた城を捨てて。


それでも私は彼にまた会うすべすら掴めていない。マリアの言っていたように、いずれ人間共の技術が私を殺し得るまで、ただ漫然と生き続けるしかないのか。



キシロヴァは、飛んでから10分としない所に見えた。


彼が言っていた特徴のある家を見つけ、周囲に人影が無いことを確認すると、私は地面に降りた。基本的に人間に見つかることはないが、それでもヴァンパイア・ハンターが偶然近くにいないとも限らない。


まあ、いたとしても私の敵では無いが、無駄な争いは避けるに限る。



「今戻ったぞ。」



ドアを開けながら、質問の中で掴んだ彼の喋り方を真似した。大した練度ではないはずだが、不思議と今まで一度も気付かれたことはない。人間が多少の不自然は自己完結で納得してしまうからなのか、物真似が上手いのも吸血鬼の能力なのかは私には分からないが、とにかく疑われたことすらなかった。


遅い時間な事もあり、ドアを開けてすぐの客間には誰もいなかった。寝室から聞こえる吐息は、恐らく彼の妻のものだろう。



と、その時2階から誰かが降りてくる足音が聞こえた。



「おかえり、父さん。」


彼の息子だろう。確か、名前は、ツィツァファルク・ブラゴジェビッチ、だったはずだ。



「ああ。ただいーーー。」



顔を声の方に向けた瞬間、私は思わず言葉を詰まらせた。


背が高く、筋肉質。癖のかかった短い黒髪の彼は、恐らく誰が見ても好青年だろう。だが、私が目を惹かれたのは、そこではなかった。


彼の目が、あまりにもギルに似ていた。髪の色も、目の色も、そこ以外は何一つ似ていないのに、目だけが、彼と瓜二つだった。


私が焦がれた、あの瞳だった。



「……、どうしたの?父さん。」


彼の目の奥に、揺れるものを見た瞬間、私は決めた。彼だ。彼しかいない。彼にしよう。



彼を、ギルにしよう。


それが、後のアキレアであり、岸根きしねりょうである、ツィツァファルク・ブラゴジェビッチとの出会いだった。



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