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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
虚実古樹の私

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196/212

第196話 出会った日と同じ、赤い瞳で。

日は、昇りかけていた。


彼誰時(かわたれ)に、誰ともつかない人間の死体を彼女は埋めていた。つい数時間前に死んだ家畜の死体を、丁寧に家畜小屋のすぐ後ろにある墓に埋める彼女を、私はただ小屋から眺めていた。


彼女は、私に特に何も言い返すことは無かった。茫然自失とした表情で、ふらつく足取りで、家畜小屋の方に向かい、おもむろに死体を埋めだした。この数時間で彼女がしたことは、それだけだった。




「クク、……フフフフッ………!!」


その表情を見ているだけで、何故か笑いが込み上げてきた。未だに起きている出来事を一切理解できていないような、呆然とした虚ろな表情。もうすぐで彼女は救われる事が出来たのに、それを私は取り上げた。一方的に、(いたずら)に、悪戯(いたずら)程度の感覚で。



途端に、彼女がどうでもよく思えた。取るに足らない、石ころのような存在に。何故、彼女と2人で暮らすことを悪くないと私が思っていたのか、理解が出来なかった。少しでもそう思っていた事が、腹立たしくすら思えてきた。



死体を埋め終えた彼女に、私は声を掛けた。


「随分、死体を埋めるのが上手いじゃないか。もしかして、練習していたのかい?」


からかうように笑う私に、彼女は目もくれない。その態度に、私はますます嬉しくなる。



「いやあ、さっきは悪かったねえ。君に喜んで貰えると思ったんだけれど、どうやらそんな事はないらしい。『家畜を殺せ』とかだったらまだ喜んでもらえたかい?」


わざとらしく笑う私に、死体を埋め終えた彼女はようやく私に顔を向けた。表情は、変わらず虚ろなままだった。



「……主よ。なぜこのような試練を私に与えたのですか。」



「言っただろう?喜んでもらえると思ったんだよ。」



「……答えて、下さらないのですか。」



「答えたじゃないか。目だけではなくて、耳も聞こえなくなったのかい?私は君を、喜ばそうと思ったのさ。いやあ、失敗して残念だよ!」




私はまた、嘲笑うように笑い声を上げた。彼女の表情は、一切変わらなかった。張り付いたように、虚ろな表情のままだった。



「次は君が喜ぶような罰を考えてあげるよ。『家畜を君の手で殺せ』とかはどうだい?『磔にしろ』とかも楽しそうだ。なあ、君の希望も聞かせてくれよ。」



彼女に、影が差した。


「今や、私の望みは1つだけでございます。」



それは、日の入りを知らせるものだった。



「私の問いに答えて頂けないのであれば、私に命を落とした彼等と同じ苦しみを与えて下さいませ。」



彼女に当たる影は、次第に光と変わっていく。その光は彼女を焼いた。燻るような火は、マリアを徐々に灰に変えていく。



「……おい、何をしてるんだ?今すぐ辞めろ。」


私の心は、何故かざわついた。取るに足らない、どうでもいい。石ころのような存在が燃えたところで、私にはなんの問題もないはずなのに。


日が昇るにつれて、マリアの身体は燃えていく。激痛に苛まれているはずのマリアの顔は、不思議な程に穏やかだった。微笑んですら見えた。



「こうなる事は、分かっておりました。貴方様が、『私と私と2人も悪くない』と、言ってくださったあの日から。あの日、見えた未来から。」



顔が全て日に晒されて、火に包まれたマリアは、そう言った。



「そんな事はどうでもいい。今すぐ日陰に隠れろ。」


君は、誰よりも人が死ぬ事を嫌がるじゃないか。誰よりも、自分が死にたくないと思っているじゃないか。



「それでも、私めは夢を見ました。貴方様が、私の手を取って下さる事を。哀れにも、愚かにも。」



「『マリア・ヴェール!今すぐ日の当たらない所に移動しろ!!』」



けれど、マリアは、従わなかった。無視する事が出来ないはずの、私の『命令』に彼女は従わなかった。


「な、なんでだよ……!なんで『命令』が効かないんだ!?君は僕の眷属だろう!!」



「真名をもって、命じました。『主が私を選ばなかった場合、一生を日の下で過ごせ』と。……先程埋めた、彼に命じさせました。」



足元に目を向けたマリアが、初めて苦悶の表情を見せる。


「意味が分からない……。何でそんなことをーーー。」



「あなたの一番になれない事が分かりましたから。……忘れられないように、傷となる為に。『自分のせいで私は死んだ』と、思っていただく為でございます。」


穏やかな笑みに、諦観と、僅かな怒り。炎の揺らぎと共に、マリアの感情が滲む。



「はっ!そ、そんな事、した、所で君の事なんか、忘れるさ。今に。今すぐにでも。だ、だから!そんな無駄な事はするなよ。お願いだ。」


「ええ。今すぐにでも忘れてくださいませ。主と崇める存在と、命を与えて下さった恩人と、添い遂げる夢を見た、哀れな女の事など。」


懐にしまっていた、布に包まれた何かをマリアは取り出した。


布を取り去ると、その杭の持つ銀色が、日の下で強く光を放つ。それを持つマリアの手が、一層激しく燃えた。



「おい、辞めろ!」


私は慌てて、彼女の元に駆け出してその手を止めようとする。小屋から出た途端、日差しが私の身体を燃やす。


マリアの手を抑える。だが、間に合わなかった。銀の杭が、彼女の胸元に深く刺さり、貫いた。



「そん、な……。」


さらさらと崩れていくマリアの身体を、私はただ日に焼かれながら呆然と眺める。体の一部である服も既に焼け焦げて、出会った時より一度も見た事のない、マリアの赤い瞳が、いつも見ていた穏やかな笑みと共に、私を見つめていた。


「本当すまなかった。だから、死なないでくれ、頼む。」



必死に懇願する私を他所に、マリアの身体は徐々に崩れていく。



「吸血鬼として命を得て、最初に最初に目にしたものと、最期に目にしたものが、あなたで本当に良かった。お慕いしております、主よ。」


「違うんだ!ギルも大事だけれど、君も大事なんだ!だからーーー。」


けれど、もはやマリアの身体は、どうしようもないほど朽ちていた。顔だけが最後に残り、それは消え入るような声で、一言。


「私の真名は、『マリア・ローズ』でございます。」


そう言うと、マリアは白い灰となった。




「お願いだ、『マリア・ローズ、死なないでくれ……。』」




私の願いは、届くわけもなかった。彼女のいた場所には、杭だけが残った。悔いだけが、残った。



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