第18話 桃李満門だったあなた達へ
何故、こんな事になっている。今日で、私達一族の呪われた使命は終わるはずだった。それなのに、何故。
今現在まで唯一生きている、最古にて最悪の吸血鬼の真祖、『エディンム』。
能力の使用を探知した時、遂にこの時が来た、そう思った。遂に、化物を根絶やしにできると。
だが、病院に現れた吸血鬼を見た瞬間、怒りが湧いた。まるで覇気がなく、気高さなど微塵も見れない。
こんな奴が、真祖だと言うのか?こんな奴のせいで、私の一族は、いるかも分からない吸血鬼を探し続けていたのか?他のエクソシストに蔑まれながらも、いつか再び人々を恐怖に覆う闇を払おうと、臥薪嘗胆の思いで耐えてきたと言うのに。
私の両親は、こんな奴のせいで、死ななければ行けなかったのか。
だが、そんな吸血鬼にも私の攻撃は届かなかった。
一族に受け継がれてきた『連なる聖十字架』の扱い方はずっと訓練してきた。
吸血鬼の特徴や、弱点も学んだ。実戦として、何百体もの悪霊を払った。
それなのに、この体たらくは、なんだ?
化物が私を侮り、油断し、一果と二葉の援護があって、ようやく一撃与えた。
遂にエディンムを殺す事が出来る。一族の無念は晴らされる。そう思っていたのに。
とどめを刺そうとした直後、いきなり、もう1人の化物が現れた。
明らかに、今目の前で両脚を切り落とされているこいつとは格が違う。血の気が引き、足は竦み、声は出せず、恐怖で動く事が出来ない。
この、目の前の化物はなんなんだ?私が戦っていたのはエディンムでは無いのか?
なんなんだ?なぜ、私は恐怖で動けない?
何故、私はこんな情けない目に逢っている?吸血鬼を殺す為だけに、生涯を捧げてきた、私達一族の存在する意味はなんだ?
「逃げろ!!」後ろから、死にかけの化物の声がする。
逃げろ?私を舐めるな。怒りが、身体を縛る恐怖を凌駕した。
ーーーーーー
「逃げろ!!」私は、痛みを堪えながら叫ぶ。戦ってはいけない。必死に彼等に伝えようとする。
その声に反応するように司教は身体が動いたが、逃げる訳ではなく、彼に向かって十字架を振る。
「逃げろだなんて、涼は優しいなぁ。私を心配してくれたんだ?」
いつの間にか彼は私の目の前にいた。司教の振るった十字架は空を切り、彼の声が聞こえてようやく司教はこちらを向く。
見えなかった。私は真名を得て、彼は真名を忘れた。であれば、大きな実力差は無いはずなのに、彼の動きが見えない。
「これ、心配してくれたお礼。ちゃんとくっつけたら治るはずだよ。」いつの間にか落ちていた私の足を拾い、手渡してきた。
思考が追い付かず、渡されるまま脚を傷にそって付ける。激痛は走るが、脚と足が繋がって行くのを感じる。
「そしたら、涼は少し休んでいるといい。疲れただろう?」
そう言って司教の方を向く彼を、かろうじて繋がった両脚で立ち上がり、後ろから羽交い締めにする。
「おや?」
「早く逃げろ!勝てないのは分かってるだろ!死ぬだけだ!」私は必死に叫ぶ。
「お前は、どこまでぇぇええ!!」
それでも、司教は逃げない。むしろ、憤怒の形相で渾身の力をもって彼と私に向けて十字架を振るう。
彼は、音速を超える速度で襲い掛かる十字架を、左手の人差し指と親指の爪で挟んだ。ピタリと、そこに見えない壁があるかのように十字架は止まる。
銀で焼かれ、指は徐々に炭化していくが、彼は一切気に留めない様子で口を開く。
「涼が心配してくれたのは私じゃなかったのか。残念だよ。」全く残念ではなさそうに、彼は笑う。
化物だ。あまりにも生き物としての格が、強さが、違いすぎる。
司教は必死に十字架を彼の手から取り戻そうと引くが、ビクともしない。
「折角の機会だ。君には人間と上手に会話をする方法を教えてあげるよ」羽交い締めしている私の耳に囁くように、彼は言った。
「は?何を……」そう聞き返す間もなく、羽交い締めしていた彼の身体が、指で十字架を掴んだまま正中線で2つに分裂した。
十字架を掴んでいない分裂体は数倍にも質量が増して、泥のような不定形な姿になると、私を上から押しつぶす。
顔だけが出た状態で私は身体を動かせなくなる。
私を押し潰す泥は、乾いた粘土のように固まった。
そして、もう1つ分裂した体は、失った半分を埋めるように、先程までの彼と同じ姿を取る。
「もう一度チャンスをあげよう。さっきは私が怖くて動けなくなってたし、もしかしたら声もだせなかっただけかもしれないしねぇ。」
彼は馬鹿にするような口調で司教に話しかける。
図星を突かれたのか、彼は怒りとも恥ともつかない理由で顔を赤く染め、声にならない声を出す。彼は必死に十字架を手元に戻そうと引くが、やはり力の差があり過ぎるのか、ビクともしない。
「ごめんごめん、怒っちゃった?悪気はないんだよ。許して欲しいなぁ。怖くて声が出なくなっちゃうよ。」
たっぷり悪意の籠った声色で、彼はさらに煽る。
「出来れば、話し合いで解決できないかな?僕達なら出来ると思うんだよ。」
「ふざけるな!!貴様は絶対に殺す!!!やれぇ!」
先程と同じ合図で、シスターは再び散弾による十字射撃をかける。先程より広い角度をとっており、今度は司教には当たりそうにない。
私はまた無意識に左右2800発の弾を数えるのに意識を持っていかれる。
彼は、迫り来る銀の弾丸を避けようともしなかった。
彼の身体を弾丸は貫いた。ように見えた。
だが、彼は傷一つ負っていなかった。
驚きのあまり、司教とシスターは身体が硬直した。弱点の攻撃を身に受けたのに、効かない。ありえない光景だ。
彼は、弾丸の軌道を見て、当たる箇所だけ、身体を霧に変化させて、弾丸を避け、通り抜けると同時にまた元の身体に戻した。
彼等からは角度的にも距離的にも見えない。見えたとしても、到底信じられる景色ではない。
「交渉決裂、だね。悲しいなぁ、これから君達を蹂躙しなければいけないなんて。」愉悦の笑みを浮かべながら、彼は嘆くような仕草をする。




