第172話 桃李満門だった私達と聡明と愚鈍
仄暗い青の世界を、足元を気にかけながら歩く。私達を気にもかけず、眼前に広がる大きな水槽を悠々自適に泳ぐ魚影は中々壮観だった。
水族館に来るのは初めてだ。今まではエクソシストの仕事でそれどころではなかったというのもある。
だが、純粋にそこまで興味がなかったのだろう。そうでなければ、教会から徒歩30分もしないところにあるのに来なかった理由に説明がつかない。気にもかけていなかったのだろう。眼前の魚から見た私達のように。
「お魚、いっぱいですね!!」
彼女、椿木小春はそう言って、腕を振りながら目を輝かせ、私に笑いかける。あまりに無邪気なその様に、私も思わず笑顔になる。
「ええ、その通りです。綺麗ですね。」
大人びた雰囲気だったのは最初だけで、あとはいつも通りの彼女だ。勿論、それも素敵だ。
きっと、こういう機会がなければ来ることは無かっただろう。そういう意味でも、彼女には感謝だ。
『KBタワー』内のパスタ屋で昼食を取ったあと、「水族館にでも行きませんか?」と誘うと、どうやら彼女も水族館に行ったことがないらしく、快諾されたのでそのまま徒歩5分程度の距離にある水族館まで足を運んだ。
金曜日なのもあり、人混みはまばらだ。混雑を避けられるのは企業勤めではないメリットだな、とも思うが、そもそも企業勤めでは仕事において死ぬ可能性が基本的には低いので、やはりどう考えてもデメリットの方が多い。まあ、最近の私は前線に出ている訳では無いので、死ぬ可能性は低いのだが。その点は、アイリスや氷良に申し訳ないな、と思わなくもない。
そんなことを考えながら、あちらこちらに目移りしながら大小様々な水槽を齧りつくように眺める小春に振り回され、私はそれに必死に着いていく。
時折「ヒトデってこんなに面白い形のもいるんですね!」だとか、「鰯って群れだと強そうですね。」だとかの他愛ない会話をしながら連れ歩く。
しばらく回っていると、日光が差していた。館内マップを見ると、一度外に出て、すぐにまた外に出るらしい。
そこにはペンギンの水槽があると書いてあった。なぜそんな造りになっているのかは分からないが、きっと何か意味があるのだろう。例えば、陸上にも行く生き物だから、陽の光が必要だとか。ペンギンについては何も詳しくないので、当てずっぽうでしかないけれど。
ふと、丁度その外に目の前に軽い人混みが出来ているのが見えた。
「何か、人が集まっていますね。」
「ほんとですね!なんでしょう……?」
やはりペンギンは人気があるのだろうとも思ったが、水槽に集まっている、というより、水槽の少し前に人だかりができているように見えた。
「気になりますし、寄ってみますか。ちなみにここはペンギンのエリアらしいです。」
「ペンギン!?も、もしかしたら……!!」
とたとた、と可愛らしい音を立てて小春は人混みの一部になった。必死に背伸びをして前の方を覗こうとするが、身長が低い彼女はほとんど見えていないようだった。
そんな彼女の様子を微笑ましく思いながら、私もその人混みの視線の先に目を向けた。パイルとピンポールに囲まれた小さいエリアに、何やら小さな滑り台やハードルなどが置いてあり、子供用のアトラクションになっている。
その様子を小春に伝えると、彼女は嬉しそうに一際目を輝かせた。
「やっぱり!ペンギンショーやるんですよ!」
「ペンギンショー?イルカショーなら知っていますが……。そもそも、ペンギンにショーが出来るのですか?」
「あんまり出来ないです!」
「……それは、いかがなものかと……。」
あまり出来ないのに、ショーとして成立するのだろうか?だが、確かによく見ると、小さいホワイトボードに『ペンギンショー14時から!』と書いてある。どうやら、小春の言っていることは正しいらしい。
腕時計に目を向けると、あと10分程で始まるようだ。
「見ていきますか?もうすぐ始まるようですが。」
「見たいですけれど、私の身長だとあまり見えないかもしれないです……。」
しょんぼりとした表情で俯く小春に何とかしてあげられないか、と考え、私は思いついた。
「そしたら、開始した時に見えなかったら、私が肩車をしますよ。それならば見えるでしょう?」
「え!?いや、流石に恥ずかしいです……!」
顔を赤くして、両手を前に突き出すようにして断る小春を見て、私も恥ずかしくなる。何故、そんな当たり前のことにも思い至らなかったのか。
「……とりあえず、始まってから考えましょうか。」
「は、はい……。」




