第170話 桃李満門だった私達と、痛み、悦び
まばらな人混みのショッピングモールの中を歩く2人が、私の目には眩しく見えた。
相手によく思ってもらうためにいつもよりおめかしをして、どうすれば喜んでもらえるのか周りの人に聞いて回る。
そうしてかき集めたキラキラとしたものを、今日お互いに見せ合って、楽しそうに笑いながら、周りに人がいるというのに2人の世界を作っている。それでいて、どこかぎこちない。けれど、それがまた楽しくもある。
イヤホン越しに聞こえる会話からも、2人のそのむず痒い空気感が伝わってくる。出会ってからそう短くない日数が経っているのに、そんな空気を出せる2人が微笑ましい。
モール内になる猫カフェに入っていく2人を見ながら、そんなことを思った。
微笑ましくて、胸が痛い。私の方が、先にれーくんを好きだったのに。
20年以上も一緒にいて、あんな笑顔を見たことはなかった。そんな思いが、胸の奥で仄暗い熱を帯びて、身体が疼く。本当に、今日は尾行してよかった。きっとこの後、2人は上手くいくのだろう。考えただけで頭を掻きむしりたくなるその耐え難い苦痛が、どうしようもなく私を昂らせる。
猫カフェの窓は大きく、通路から店内の様子が見えるようになっている。外から見えることで、きっと宣伝も兼ねているのだろう。実際、少なくない人が店内で自由気ままに過ごす猫の可愛い仕草に足を止めていた。
私は店の猫を眺めるようなふりしながら、サングラスに仕込まれた隠しカメラで何枚か盗撮すると、そそくさと店舗の前にある、休憩用のソファに腰掛けた。
いくら2人の世界に浸っているとは言っても、サングラスを掛けた人がずっと店内を除いていたら不信に思うだろう。だから、店内は覗けるけれど、あくまで休憩をしている風を装えるようにした。
今日は茶髪のウィッグを被っているし、服装もシスター服じゃないから近くに行かなければ気が付かれないと思う。けれど、れーくんが相手だし、その辺りは用心しないと。
彼は人を匂いや足音でも判断できるから、いつもと違う香水を使ったし、靴も履いたことの無いものにした。正直、ここまでしている途中に何度か我に返りそうにはなったけれど、2人がいちゃついている姿を想像して、それを糧にしながらここまできた。
窓の外から2人の動向を伺いながら、胸の奥を絞めつけるような痛みとどうしようもない興奮に荒くなる呼吸と紅潮する顔を必死で抑える。
先程盗撮した写真を二葉に送り、『どうしよう、興奮してきた。』とメッセージを送ると、『そうですか。写真ありがとうございます。』と素っ気ない返事が返ってきて、誰とも話さずに1人尾行しているのもあって、流石に少し寂しい。
そのおかげか、少しだけ興奮が冷めて、冷静になる事が出来た。
性欲を除いても、れーくんとつばきちが付き合うというのは、嬉しくもある。2人とも大切な友人だし、付き合ったからと言って憎むほど、私は子供でもない。
勿論、窓から微かに見える楽しそうに猫と戯れる2人を見て痛む胸も、決して嘘ではないけれど。それでもやっぱり、れーくんには幸せになって欲しい。彼を幸せにする役目は、私じゃなくてもいい。
それに私だと、れーくんの辛い記憶、つまり彼の両親が殺された記憶を思い出させてしまうかもしれない。あの日も、彼は私の家にいたから。だから、教団に関係の無い人の方が、きっと彼を幸せに出来る。
れーくんの片思いを知ってから今までの間で、私はそこまで割り切る事ができた。まだ、完全に吹っ切れた訳でもないけれど。きっとあとは、時間が解決してくれる。
解決しなくても、私の性癖がそれを快楽に変えてくれる。
……お父さんとお母さんは、娘2人の異状性癖をどう思うだろう?と考えるけれど、どうせ話すこともないし気にしないでいいかな。




