第17話 私が人を殺したくない理由
私とヴァンパイアハンターの関係は一言で表せる。
一言で言うと、被食者から捕食者が逃げている。
その理由は至極簡単で、私には無いからだ。殺す度胸も、死ぬ勇気も。
最初にヴァンパイアハンターに出会ったのは、私が彼に蹂躙され続け、自殺を何度も試みたが死ねず、全てに絶望していた頃。フラフラと、夜に住処の近くの街を歩いている時に出会った。
最初に出会ったハンターは銀の銃弾と銀の杭と言う装備で、実力自体も今思うとそこまで驚異ではなかったが、殺意を持った人間に襲われた経験など1度もない私に、二度と忘れられない心の傷をつけるにはあまりにも充分だった。
遮二無二逃げて、必死で住処に戻った私は、あれ程恨んでいた彼に必死に彼等についてと逃げる方法を教えて欲しいと懇願した。
彼は私の様に腹を抱えて笑いながらも、笑い飽きると、能力の使い方、吸血鬼の弱点、ヴァンパイアハンターについてを教えてくれた。
恐らく暇だったからと言うのが大きいのだろうが、その日を境に、彼を許す事はしないし、信用もしていないが、一応会話をする程度の関係にはなった。
今思うと、死にたいと言っている相手に生き延びる術を教えるのが優しさかは怪しい所ではあるが、とにかくその点に関しては多少の感謝はある。
それから、私はヴァンパイアハンターに遭うと能力を使って逃げる、ひたすら飛んで逃げる、泣き落としをして見逃してもらう等の方法で必死に逃げてきた。
その為、相手を測る能力はある程度身につけたが、相手を倒す方法など知らないし、吸血すらも飢えて死にそうな時に、彼が連れてくる催眠状態の人間しかしたことがない。
自らの意思で人を殺せず、自ら死ねず、化物に生かされている化物。それが私だ。
だからこそ。
だからこそ、私はここで、誰も殺さない。
司教は、再び速度に乗った『連なる聖十字架』を振り回す。
彼の攻撃パターンは、今の所2通りだ。
最初にみせた直線上の動きと、今の様に遠心力を乗せて振り回す動き。
恐らく、以前会った司教のように攻撃の軌道を途中で変える事は無い。それが出来るならば、もうやっている筈だ。
つまり、今まで通り攻撃はしっかりと見れば避けることができる。後は、隙を見て行動に出ればいい。
先程までと同じように、高度を保ちながら彼と距離を取る。
彼が私目掛けて十字架を振るうのを見て、それを躱すと再び接近を試みる。
「舐めるな!」すっかり余裕の消えた彼は、今度は十字架を手元に回収しており、私を貫く様に十字架を飛ばす。
が、私は数十匹のコウモリに変身し、四方にバラけて十字架を避けた。
もしかしたら聞いた事はあったかもしれないが、間違いなく変身を見たのは彼は初めてだ。呆気に取られて一瞬動きが止まる。
すぐに我に返り、再び十字架を振るおうとしたが、私は彼の手元に数匹のコウモリを潜り込ませ、腕に姿を戻して、彼の腕を押さえる。
「うわぁ!!」
必死で振りほどこうと、彼が抵抗している間に全てのコウモリを彼の目に飛ばし、私は身体をまた人に戻す。
状況を処理出来ていない彼は、身体が一瞬硬直し、目を見開く。
目が合った。今だ。
相手の目を見て、目の奥から相手の心に侵入する感覚。『魅了』を使う。
基本異性に使うらしい、同性にも使えると言っていた。魅了されれば、彼は私に敵意を向けることが出来ない。
「何をする!離せ!!」魅了が効かない。何故だ?疑問に思い、彼の目をよく見ると、コンタクトレンズのような物が見える。
偏光レンズか。ヴァンパイアハンターの中に特殊な眼鏡をし、目に届く光を歪めて魅了を防ぐ者はいたが、コンタクトはあの時代はなかった。
ならば、と「『お前達は私に会ったことと、私の痕跡を見つけたのを忘れる!』」と催眠を掛けようとした。が、途中で、外にいたシスターが犬笛を鳴らし、催眠音波を乱す。
「話し合いなどと抜かして催眠ですか!やはり貴様は下列で下等な化物だ!」
「違う!話を聞け!」
どうすればいい?能力の対策はしっかりされている。彼等を傷つけた場合、今後どうしても敵対関係になってしまう。
逃げる事は恐らく可能だが、そうすると槿の命が危ない。どうする?どうすればいい?
「化物の話など聞くものか!!やれ!」
彼の合図を聞き、先程まで意識の外にいたシスター2人に意識を向ける。
最初の時と同じように司教後方、両脇に広い角度を取っていたシスターは距離を保ったまま、合図と共に結界を解き、こちらに向けてショットガンを構える。
まさか、と思いすぐに司教を軽く押して倒し、距離を取る。
火薬の爆ぜる音が左右からすると、右1234567…2800発、左1234567……2800発、まずい、数えるのに意識を持っていかれた。反応が遅れる。
羽根で前に風を送るようにして後方に逃げるが、十字射撃の要領で飛んでくる銀製の散弾が何発か羽根を貫く。
「ぐぁっ!!」焼かれるような激痛に思わず悲鳴が漏れる。
私が司教を倒さなければ、彼にも銃弾が当たりかねない位置だった。
私を殺す為にここまで命を懸けるのか。彼の覚悟に恐怖を感じる。
ふと、左膝に、熱いような冷たいような、そんな不思議な感覚が走った。
視線をやると、銀色の十字架が、左膝に触れている。
そこからはスローモーションのようだった。
左膝を斜めに通過して、右脚の太ももの半ばを通り、最終的には付け根付近を、先程の感覚が通り抜ける。
慣性を無くしたように、斬られた両脚は後方に飛ぶ私の身体から離れて、その場に落ちる。
バランスを崩した私は頭から後方に転んで、何回転も転がり、無様に地面に落ちる。
身体を起こそうとした瞬間、両脚が斬られた事を身体が認識し、突如激痛が私の体を襲った。
「〜~〜〜~っ!!」声にならない悲鳴をあげる。
羽根を前に折ったせいで、丁度倒れた司教が死角になった。彼は、倒れながらも『連なる聖十字架』を振るっていたのだ。
自らの危険を顧みず、私を殺すために。
「大分手間を取りましたが、ようやくこれで終わりです。」
身体を払いながら、司教は立ち上がる。結界は再び張られており、逃げる事も出来ない。
変身して逃げようとするが、激痛で思考がままならない。
どうする、痛みに耐えながら脳を働かせる。
ぱりん、という音がした。
私も、司教も、シスターも、その音のした方向を見た。
「やあ。少し早いけど、来ちゃった。」
張られていた結界は飴細工のように割れる。
たまたま通りがかったかのような気軽さで、彼は私に手を振る。
赤い裏地の黒いマント、黒いスリーピースのタキシードに白いジャボと、昔ながらの吸血鬼の服装。
サラサラとした金髪に赤い瞳、4000年も生きた吸血鬼は、人間の18歳位の外見をしていた。
「久しぶり、涼。最近若い子がいっぱい自殺しに来るからさ、前より外見が若くなったと思わないかい?」
彼が現れて、この空間から、何かが消えた。代わりに、噎せ返るほどの死の匂いが満ちる。
「おや、ヴァンパイアハンターの諸君。随分久しぶりだねえ。良ければお話でもしないかい?」
旧友に会ったかのように、彼はにこやかに話しかける。
それでも、誰も言葉を発する事は出来なかった。身動きすら取れず、ただ何かを覚悟していた。
「寂しいなあ。僕には言ってくれないんだ?しょうがない、代わりに君に言ってあげようじゃないか。」愉悦の笑みを浮かべて、吸血鬼の王は人間に宣告する。
「残念ながら、私は貴様等の死だ。」
夜は闇へと姿を変え、彼だけを映した。




