第162話 槁木死灰の私と連花②
「涼。私はあなたを殺しません。」
連花は、ひとしきり笑い終えた後、唐突に私にそう宣言した。その顔は吹っ切れたような笑顔をしていて、それでいて、その茶色の瞳は、いつになく優しい光を帯びていた。
「いい、のか?」
「おや、死にたいのですか?」
彼は本気で言っているわけではなく、からかうような言い方だった。その証拠に、目元が笑っていた。何故、彼がそこまで急に態度を変えたのかが私には分からず、困惑する。
「そうではないが……。」
「まあ、そうでしょうね。それに安心してください。当然、何もお咎めなし、というわけではありません。それなりの首輪も着けます。そして、そのついでにあなたの悩みも解消して差し上げましょう。神父として。」
「悩み?」
「吸血衝動は、完全に収まったわけではないのでしょう?」
そう言われて、思わず心臓が跳ねる。彼の言う通りだった。血液パックを飲んでから多少はマシになったが、それでも少し気を抜くと、強烈な喉の渇きが襲ってくる。槿といた時だけはその衝動に呑まれる事はなかったが、それも時間が経つとどうなるか分からない。
「……君の言う通りだ。」
「ですから、それを解決します。」
平然と言い放つ彼の顔をまじまじと見つめる。適当に言っているわけではないようだが、そんなに簡単に解決出来る事ならば、私はここまで悩んでいない。
「ですが、これには1つ、大きな問題があります。涼。もし私の言う通りの事をした場合、あなたは永遠の命を失う事になります。その覚悟があるのなら、ですが。」
そう言って真剣な表情をする連花の顔を私はまたまじまじと見つめた。
「そんな事、願ったり叶ったりだ。今すぐに死んで、槿との約束を裏切ってしまう事さえなければ、なにも問題ない。しかし、どうするんだ?」
「あなた達の、共依存過ぎる関係もどうかと思うのですが……。まあいいでしょう。これから、あなたには私と契約をしてもらいます。」
「契約?」
「『グラス1杯分の血液を与える。その代わり、今後一切の吸血を行わない』これが、あなたが私と交わす契約です。」
それは、盲点だった。確かに彼の言う方法ならば、確かに私は死ぬ事が出来る。何故、そんな事に今まで気が付かなかったのか。
「ーーーその血と、いうのは?」
「ええ。私の血液を与えます。これで、あなたはしばらく生きられるでしょう。間接的に吸血をする分には、私が吸血鬼になることもないはずです。」
「……君は何故そこまでしてくれる?」
吸血鬼を殺そうとしていた彼が、何故そこまで私にしてくれているのか。
「もちろん、私としても狙いはあります。エディンムを倒すのに、協力しようと思っていますから。」
あっけらかんと、裏の狙いを連花は言い放つ。彼が私を敵と見なしていない、という事なのだろう。私はそれが嬉しかった。
「願ったり叶ったりだ。」
私がそう言って笑うと、彼も愉快そうに笑う。
「それは何よりです。では、私の血で乾杯としましょう。飲むのはあなただけですが。」
「趣味の悪い冗談だ。先程の『姫のキスでなければ目を覚まさないのかと~』と言った時も思ったが、君は冗談が下手だ。」
「……やっぱりそうですか。和ませようとしたのですが。」
がっくりと肩を落とす連花の顔を、今日何度目か分からないが、まじまじと見つめた。もしそうなのだとすれば、あまりにも下手すぎる。
「そういえば、二葉と槿の喧嘩の仲裁もお願いしたいのですが。この数日、ずっと喧嘩をしているんですよ。」
「……それは、出来れば断りたいな。」




