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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
桃李満門だった私達と紫苑

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150/212

第150話 桃李満門だった私達と松葉①

天竺葵(てんじくあおい)大司教に連絡が取れるまで、あなた達の処分は保留になる。そう伝えると、槿(むくげ)はより落ち込んだような表情を浮かべた。


そもそも、二葉と2人でいた時から、気まずそうではあったが。それを証明するように、朝食もあまり手を付けられていない。それぞれの食事が、鼠に齧られたかのように一口ずつ減っている程度だ。



「……あまり、嬉しそうではないですね。一応、数時間かもしれませんが、あなた達が平穏に過ごせる時間が伸びたのですよ。喜ぶべきだと思いますが。」


自分で言いながら、悪役みたいな事を言っているな、と少し我に返る。が、甘い顔をするのも違うような気がして、何となくこんな態度を取ってしまった。



「まあ、そうだけ、……ですけれど。」


「今更ですが、別に敬語でなくても構いませんよ。対して歳も離れておりませんし。」



私がそう言うと、槿は遠慮がちに口角を上げた。


「本当?この前連花さんにタメ口で話してから、どんな風に喋ればいいか、難しくて。」


それがきっかけならば許すべきではなかったかと後悔したが、一度言ったことを曲げるのは、武士では無いが神父としても恥ずべき事であるように思えたので、訂正はしなかった。



「話を戻すけれど、確かに連花さんの言う通り彼もしれないのだけれど、なんというか……ずっと、断頭台の上に立たされている、みたいな。」



味噌汁の入った椀を持ったまま、彼女は深くため息をつき、一口啜る。確かに、彼女の言う事も正しいかもしれない。何も無いとはいえ、結局はいつか来る審判を待つことしか出来ないというのは、それはそれで辛いのかもしれない。



「これは、今言う事ではないのかもしれませんが。」


彼女の目の前にあるソファに腰掛けながら、私はそう切り出す。こうしている間にも、二葉(ふたば)は部屋の隅に立ったまま、不機嫌そうな表情を浮かべる。視界の端に入る二葉が気になるが、私が話を続けた。



「実は、(りょう)とは違い、あなたはある程度自身の処遇を選べる立場ではあります。」


「え?」


本当はこの話をするのはもう少し彼女が反省したのを見てからにしようと思っていたのだが、槿は病人ではあるし、どうやらそれなりに罪悪感を覚えているようではあるし、仲の良かった二葉が散々突き放す態度を取っているので、私も突き放すのは流石にやりすぎなように思えた。


甘い顔をするのは違うと思いながら、既に甘い顔をしてしまっている。一果(いちか)や二葉に甘いと言われるのは、まさにこういう所なのだろう。


「『吸血鬼の真名を隠す』という行為は当然許されるべきではありませんが、もし法的に裁こうとした場合、当然吸血鬼の存在を明かす必要があります。ですが、それは私達聖十字教団としては避けたい。であれば、合意の上での監視、病院へ戻す、今後の協力の強制がせいぜいです。」



ここが日本でなかればもう少し法から逸脱した行為も選択肢に含まれるだろうが、ここは日本だし、私としても流石にそこまでしたくはない。


「ですので、そう悲観する必要もないかと。運が良ければ、無罪になることもあります。」



「…………涼は、どうなるの?涼には、会えなくなる?」


不安に駆られ、遠慮がちながらも、その瞳の奥には確かな意思があった。涼と会えなくなるくらいならば、とでも言いたげな瞳。


先日の行動でも分かったが、彼女の涼への思いは、私が言うのもおかしいが、信仰に近い。『涼のおかげで命があるのだから、涼の為には死んでもいい。』というのは、人間…………ではないが、近い人物に抱く感情としては不健全に思える。



危ういな、そう思いながら、私は深くため息を吐いた。


「涼から聞いたと思いますが、あなたは彼に吸血されそうになっているのですからね?本来であれば、彼は今すぐ殺されるべき吸血鬼ですよ。本来ならば、私もそうしているのを理解していますか?」



「わ、わかっているけれど…………。」



以前もこんなやり取りをした気がするな、と若干のデジャブを感じながら、私は再びため息を吐く。


「…………これに関しては、天竺葵(てんじくあおい)大司教……私の上司の判断ですから、なんとも言えません。」



「そう、なんだ……。」


それだけ言って、落ち込んだように俯く槿に、私は何と言っていいのか分からない。慰めたらいいのか、励ませばいいのか、それとも叱責すればいいのか。


そうして生まれた数秒の沈黙を破ったのは、二葉だった、



「……むーちゃんは、おかしいのです。」



先程まで黙っていた二葉が急に口を開いたのに、槿は驚いたように目を見開いていた。それは私も同様で、壁の花となっていた二葉が会話に混じってくるとは思っていなかった。


そんな私達に、槿に、二葉は続ける。その口は、必死に怒りを押し殺すように震えていた。



「血を吸われそうになったのですよ?殺されそうになったのですよ?なんでその事に怒りもしていないのですか?……なんで、そんな人の為に、死のうとしたのですか?」



目が潤んで、口はわなわなと震えている。怒りとも恐れともとれる彼女の表情に私はようやく二葉が怒っていた理由を察した。



彼女は、槿が、その命を平然と捨てようとしていたことに、自殺しようとしていたことに怒っていた。槿と仲の良い、情に厚い彼女らしい。



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