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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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125/212

第125話 薄明のあなたと、桃李満門だった私達③

「おはよう、桜桃(さくら)さん。………おや、今日はお友達もいるのですか?」


いつものように太陽のような爽やかな笑みで、彼は私に挨拶をした。服装にも変化がない。やっぱり、根が善良な人なのだろう。私を教会から出そうとするなどの行動の割に、外見に悪霊化の兆候が見られない。


だからこそ、他の人に危険が及びやすい。明確に外見に崩れや穢れが目立てば普通の人は逃げるけれど、そうでなければ気付けない可能性が高い。




「おはようございます。…………金良(かなよし)辰巳(たつみ)さん。」


私は敢えて、フルネームで彼を呼んだ。


一瞬、彼の顔から完全に消えて、少しはっとした表情の後、彼はまた、いつもの笑顔で笑う。



「珍しいですね。フルネームで呼ぶなんて。」




やはり、そうだった。外見に変化はないけれど、自意識の崩壊が始まっている。少し際どい段階だ。今日彼を天に召す覚悟が付いて良かった。



けれどこうしてフルネームで呼ぶことで彼に自身が『金良辰巳』だと再認識させることが出来た。



私は落ち着いたトーンで、微笑むような表情を作りながら、彼に話しかける。



「金良辰巳さん。今日は、私の話を聞いてほしいのです。」


「ははは。いつも、そうしているじゃないですか。」



恐らく無意識なのだろうけれど、了承する言葉を使わない。霊や化物には口約束は契約として働くから、無意識のうちに避ける傾向にある。



…………(りょう)は気にせず頷くけれど。



「そうですけれど。今日は、特にいっぱいお話がしたいのです。…………ダメ、ですか?」


相手の返事を了承か拒絶の2択に迫る。



「もちろん、いいですよ。そしたら、どこかで腰を落ち着けますか?この前話した喫茶店は、どうでしょう?よろしければ、ご友人も。」



さりげなく、教会から出そうとする。これを了承してはいけない。もししてしまったら、基本的には死ぬか乗っ取られるかのどちらかになる。だから、あいまいにするかか拒絶するかのどちらかをする必要がある。



「いつもみたいに、ここでお話がしたいのです。2人は気にしないでください。ただの置物なのです。」


「そう、ですか?まあ別に、構いませんが。」


「ついでに、いくつか質問をしてもいいですか?もっと金良辰巳さんの事を知りたいのです。」


「なんですか、それ?もちろんいいですよ。是非沢山知ってください。」



愉快そうに笑う彼に合わせて、私も笑う。


これで、下準備は完了した。



けれど、彼の行動が霊の特徴に沿っていることが、私の腹に黒いものを落とした。それは、彼の人間性が消えて言っている事の証明だったから。



そんなことが頭によぎり、私はすぐに深く息を吐いた。こういう事を考えると、向こうに引っ張られやすくなる。横目で私を真剣な表情で見守る一果(いちか)を、不安そうに私を見つめる槿(むくげ)を見て、再び気持ちを切り替える。



「『金良辰巳』さん。あなたは今日、どこからここに来たのですか?」


「面接みたいだ。いつも通り、こっちの方からですよ。」


「こっちとは、どちらです?」


「住宅街の方ですね。何故そんなことを?」


「住宅街の、どこからですか?」


「桜桃さんがそんなに興味を持たれるなんて、珍しい。良ければ、案内しましょうか?」


「いえ、答えてください。」


「そうですか。…………ん?ちょっと思い出せないな。良ければ、喫茶店で一緒に考えてくれませんか?」


「いえ。今ここで、思い出してほしいのです。」


「そう言われても…………。この先に、美味しいモーニングを出す喫茶店があるのですが。良ければ、行きませんか?」



彼の表情が、張り付いたような笑みに変わる。



「行きません。思い出してください。」


「いいからこっちへ来い。」


彼の声が、地の底から響くような低い声になる。張り付いたような、笑顔のまま。


「キャーーー」


悲鳴を上げそうになった槿の口を、一果が塞ぐ。結界越しとはいえ、霊に怯える姿を見せるのはあまり良くない。


それにしても、やっぱり槿には霊が見えるらしい。涼のせいか、寿命のせいか分からないけれど。



「行きません。『金良辰巳』さん。思い出してください。あなたは、どこからここに来たのですか?」


「そこから出ろ。こっちへ来い。そんな場所、二葉さんには似合いませんよ。美味しいモーニングに行きませんか?一緒に行きましょう。お願いします。1人は怖い。なんで俺がこんな目にあの日いきなり後ろから大きな音が衝撃がつたわっておれのからだは大きくはねてそのままタイヤにひかれてブチブチという音と痛みがからだをズタボロにしているのをおれはとおくから見て教会の外に出てくれませんか?」



欠けた記憶を取り戻しながら、彼の本能が、それに抗っている。思い出したくもない辛い記憶を、私は金良さんに思い出させようとしている。けれど、そうしないと彼はこの場所に取り残されてしまう。


彼に死んだ事を認識させる。それが、対話による除霊には不可欠だ。


「そちらへは行きません。そうです。『金良辰巳』さん。あなたは、大型のトラックに轢かれました。ここから、数百m離れた、住宅街の前で。」



今から3年前。丁度このくらいの時間に、仕事に行く前のランニングを日課にしていた彼は、住宅街の前の広い道路の歩道を走っていると、暴走したトラックに轢かれた。


飲酒運転だったらしい。100㎞近い速度が出ていて、彼、金良辰巳は、即死した。身体は、原形を留めていなかったらしい。



そして当時、彼の『一部』は、数百m離れた、ここの少し先で見つかった。



「轢かれ…………た………?俺は……死んだ……。」


彼の顔は色を失う。記憶の欠落の割に、自我の崩壊が進んでいなかったのが功を奏したみたいだ。これならば、きっと彼は無事に天に行くことが出来る。



私は、少しの胸の痛みを押し殺して、彼の為に、除霊を続ける。


「そうです。『金良辰巳』さん。そして、あなたは、あなたの『頭部』は、この教会の近くで見つかったのです。」



彼は、1か月前から亡くなった直後に自らの頭が目撃した道を走り続けている。亡くなった時と同じ時間に。


「だから、本当は『金良辰巳』さんは、ここには来れていないのです。」









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