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槁木死灰の私から  作者: 案山子 劣四
流れ出る血潮

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114/212

第114話 変わりゆく日常

彼と通話した、次の金曜日。また私は夜の9時に目が覚める。


昨日から降り続いている雨は、勢いは収まれど未だに降り止む気配を見せない。彼の言葉は、否定でも肯定でもなかった。けれど、不吉な予感を私に見せた。




『自殺したのさ!』



彼の、その言葉がこだまのように響く。何故ヴラドは死んだのか。この不眠のどこに絶望があったのか、私には分からない。けれど、真祖としてこの世に跋扈していた者が死を選ぶほどの絶望が私には想像がつかない。もしかして、私にも死が訪れるのだろうか。



『良かったじゃないか、君の願いはきっと叶うよ。』



また、彼の声が聞こえた。背筋が凍るような感覚。確かな死の恐怖だ。


落ち着け、お前は死にたいんだろう。であれば願ったり叶ったりだ。


でも、槿の最期を見届けたいと、そう思っていたじゃないか。その後に死にたいと。



今、お前は、私は、どうしたいんだ?




考えるな。そうだ、今日は槿(むくげ)に会おう。思考がまとまらない頭を抱えながら、玄関に置いてある傘を取り、そのまま外に出ようとする。


今日は昨日食べたものを吐いていない。その事に今更気が付いて、私はいつもの様にトイレで嘔吐する。


消化される量が増えたか分かるように、私は一日あたりの食事量を一定にして、毎日嘔吐するようにしている。毎日ほんの僅かだが、消化されているような気がする。


この調子だ、と心の中で呟きながら、私は吐瀉物を流して玄関から外に出る。



傘を開いて、夜の街に私は足を踏み出す。金曜日だからか、決して少なくはない人が街に出ている。


その誰とも目が合わない、そんな事を考えてからすぐに頭の中の自分が反論をする。当たり前だ、私は吸血鬼だ。流石に身体が触れれば気がつくとは思うが、それ程道は混んでいない。であれば、当然誰とも目が合わない。



なんだ、これは。歩きながら、自身の違和感に気が付く。思考にもやがかかっているような違和感。こんな事は、今まで無かったはずだ。


これが、ヴラドの死因なのか?だが、この程度なら別に死を選ぶほどのことではないように思える。



答えは出ない。改札を通って電車に乗る。


空いている車内ので、1つ席の感間隔が空いた席に座る央の言葉や、私の異変、ヴラドの死因について考えながら、ふと車窓に目をやる。



しまった、と今まで気が付かなかった自身の愚かさに頭を抱える。


明るい車内を隔てて暗い車窓の向こうは、窓ガラスを鏡面に変えている。映る人々の鏡像と、映らない私。


当たり前じゃないか。私が映らないという事に、何故今まで意識が行かなかったのだ。



大丈夫だ。先程も考えただろう。誰かに触れられなければ、私はいないのと同じだ。いないものが鏡面に映ったら問題だが、いないものが映らない分には問題ない。そうだろう?



そうだ。その通りだ。ならば今は問題ない。電車が混雑でもしている時に考えればいい。



それでもどこか怯えながら、私は電車に揺られる。幸い、特に問題は起こらなかった。無事に教会の最寄り駅で降りて、いつもの様に住居棟の正面ドアから入る。



「おや、おはようございます。」



私がドアを開けると同時にリビングの扉から連花(れんげ)が出てくる。たまたまなのか、示し合わせたのかは分からない。


「おはよう。いい天気だな、今日も。」


意図した訳では無いが、やや皮肉めいた言い方をする。


「その様子だと、体調は変わらずのようですね。」


「ああ。最近の雨のように、変わらずだ。」


「そうですか。こちらの情報収集も、最近の天気と同じように何も光が見えません。情報だけは降り続いているのですが。」


「……そうか。すまないな、手間をかけて。」




私のその言葉に、彼は少し不機嫌そうに肩をすぼめる。『別に吸血鬼のためでは無い』とでも言いたげに。



『ヴラドも過去に同様の状態になっていた』いう話を彼に共有しようか、私は躊躇った。躊躇って、結局彼には話さなかった。何故だかは、私には分からない。



「今日も模擬戦はしますよね?槿(むくげ)さんの後で。」


連花はからかうような口調で訊ねる。そんな口調で言われても、元々君との予定はついでなんだ、と言いたくなるが、言ったところで面倒なだけだ。


「そうだな。多分、今日は長く話さないはずだ。終わったら声をかける。」


「でしたら、私は裏の森にいますから、終わりましたらそのまま向かってください。」


「ああ、分かった。」


私はそう返事をして2階の槿の部屋に向かう。


部屋の前に立ち、ドアを数回ノックして開ける。



「今日も来てくれたんだ?」



槿は、そう言って薄く笑う。



「眠れなくてな。君に会うくらいしかやることが無い。」


そう言いながら、この後連花の模擬戦に付き合うんだった事を思い出す。冗談であるし彼女も真に受けはしないだろうが、どこが罪悪感を感じる。



「それはちょっと、悪い気はしないかも。」



照れたように笑う彼女を見て、私の脳にかかるもやが晴れたような、そんな気がした。



窓には、変わらず雨が打ち付けていた。

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