アマーリエと嘘つきたちの宴6
思えば私はずっと不幸でした。
父は一代限りの子爵。
母の実家は商家で、昔はそれなりに繁盛していたけれどいまはすっかり落ちぶれている。
真面目な一番上の兄は治癒師になると神殿に修行へ行きました。
二番目の兄は同じように神殿へ行き、治癒師にはならずに裕福な商家の娘と結婚しましたが、その代わり私たち実の家族を見下すようになりました。
それでも人は言います。
素敵な婚約者がいるじゃない。
同じ子爵位の家の次男。家は継げないけれど、親戚の土地と家をもらうことになっていて、会計の仕事をしている。真面目で優しくて、平凡な、何の面白みもない男。彼は私を妻として大事にしてくれても、私を幸せにはしてくれない。
安定した暮らし、平凡に埋もれる人生なんて欲しくない。
それでも私には祖母譲りのストロベリーブロンドと、もてはやされるに相応しい美しさがありました。
だから、いけ好かない二番目の兄を頼って、かなりの無理をして、一代限りの子爵の娘なんかがとうてい呼ばれないような大きな舞踏会へ行ったのです。
きっと私の本当の王子様がいて、私を見つけてくれるのだと。
お父様に泣きついて新調したドレスで、精一杯のおしゃれをして、私は夢の舞踏会へ飛び込みました。
そして彼女たちと出会ったのです。
オルヴィア。
名前を思い出すだけでも、気分が悪くなります。
デビュタントを済ませたばかりのオルヴィアは、早くも妖精姫だと呼ばれ、人々の中心にいました。
ぬくぬくと大切にされて育ったのでしょう。
きょとんと何もわかっていない顔で、姉の背に隠れるようにして、でも殿方の視線はすべて奪って、自分がどれほど輝いているかも自覚していない。
その姉も、自分は普通ですみたいな顔をして、舞踏会なんてつまらないという顔で、そのくせ静かな美しさと品をたたえていて、オルヴィアに夢中になっていない数少ない殿方の視線を奪っていく。
あの姉妹以外には目もくれられない。
なんて迷惑なんでしょう。
私がどれほど努力してここにきたのか。
彼女たちにとっては数ある夜の一つでも、私にとっては一世一代の舞台だったのに。
家に帰って私は泣きました。
泣いて泣いて、食事も喉を通らなくて、そしてやつれた私を見て両親は涙を流しました。
「ああ、シェイラ……。どうか元気になっておくれ。望むことはなんでも叶えてあげよう。なんてかわいそうな子なんだ……」
かわいそう。
その言葉は、傷ついた私を癒しました。
かわいそうな私を見て、誰もが痛ましそうな顔をして、親切にしてくれました。
かわいそうな私をなぐさめ、抱きしめ、見つめてくれました。
それは私があの舞踏会で得るはずだった注目を彷彿とさせ、私は気が付いたのです。
オルヴィアがあそこまで殿方を夢中にさせるのは、単に美しいだけではないのだと。殿方は病弱で一人では生きていけない彼女を憐れみ、自分が助けてやらねばと思うのです。
かわいそうなものが、人は好きなのです。
だから私は婚約者を殺しました。
強いお酒を飲ませて、真冬の池に突き落としました。
彼はほとんど悲鳴もあげずに沈んでいったので、最後まで面白みのかける男でしたが、私にとっては好都合でした。
結婚式を目前に羽目を外して酒に酔い、帰り道で足を踏み外した。
皆、そう信じて、私のことをおおいに憐れみました。
「なんてかわいそうなの」
遠い親戚までもが私を気にかけ、普通では声すらかからないお茶会へ呼んでくれました。
私が健気に笑うほどに、皆親切にしてくれました。
私が涙をこらえるほどに、皆注目してくれました。
悪食公爵に悲しみを食べてもらっていると語ると、それほどまでに苦しんでいるのかと一緒に涙を流してくれる人もいました。
もちろん婚約者の死は悲しかったです。
殺してしまったけど、とてもいい人だったので。
そうして私は幸せになりました。
あとはかわいそうな私を私の王子様が見つけてくれるのを待つだけ。
そう思っていたら、見つけてしまったのです。
親切な方々のおかげで知り合ったダングラール侯爵夫人のお供で行った、王妃主催の夜会で、私は私の王子様を見つけたのです。
サディアス・トラレス公爵。
あんなに素敵な方だったなんて。
絹糸のような銀髪。
琥珀色の魅惑的な瞳。
中性的で涼しげな風貌。
それでいてすらりと長い肢体。
私は数か月彼のもとに通っていましたし、サディアス様はいつも親切でした。
それに彼は悪食公爵です。
私の悲しみはきっと美味しかったことでしょう。
きっと向こうも私のことを覚えているはずです。
その上で再会を果たせば、きっと私のことを見てくれる。
私の胸は期待で高鳴りました。
けれどずっと浮いた噂の一つどころか、令嬢たちの関心すらなかった彼の隣には、あの女がいました。
アマーリエ・アドラー。
あのオルヴィアの姉。
アマーリエはサディアス様の隣で、相変わらず輝いていました。
そして私をあざ笑うように、彼女はサディアス様の婚約者になりました。
オルヴィアがギルバート殿下にあんなひどいことをしたというのに。
のうのうと。
当たり前の顔をして。
許せない。
そう泣く私を侯爵夫人は、かわいそうにと抱きしめてくれました。
だから私に機会をくれました。
でもそれも上手くいきませんでした。
どうしてでしょう?
どうしてこんなにうまくいかないのでしょう?
あの姉妹が悪いのです。
いつも私の邪魔をするのです。
「お前のせいでエルネスト公爵に目をつけられたじゃない!あの老いぼれ公爵、孫娘可愛さで夫にまで文句を言ったのよ!おかげで久々に帰ってきたと思ったら、使用人の前で怒鳴りつけられて!見て!頬を叩かれたのよ!?この私が!」
ダングラール侯爵夫人は癇癪を起して、まだ中身の入っているカップを壁に叩きつけました。
紅茶がかかって、ドレスに染みができます。
私はみじめにぶるぶる震えて、夫人に許しを請いました。
夫人はみじめな私が大好きです。
私をなぐさめ、寛容な人間のふりをするのはもっと大好きです。
でも今回は許してくれませんでした。
「馬鹿な子だから面白いものを見せてくれると思って良くしてやったのに、恩を仇で返すなんて!この役立たず!いいえ、あの小娘……エルネスト公爵の孫娘のほうが許せないわ。エマだったかしら?フンッ、地味な名前。そのくせ調子に乗って……この私を馬鹿にして……」
夫人の興味どころか、怒りすらも、もう私には向いていませんでした。
どうしてこんなことになったのでしょう。
私はかわいそうなはずなのに。
いまごろ、アマーリエにサディアス様を横取りされたかわいそうな私をたくさんの人が見ていたはずなのに。
「シェイラ。お前の贖罪の機会を与えてあげる。私と一緒にあのエマとかいう小娘をこらしめてやりましょう?ね?」
侯爵夫人は急に優しい口調になって言いました。
ああ、彼女はもう私に興味がなくなってしまった。
落胆が胸に広がり、本当に悲しくて心がちぎれそうになりました。
「そうだ!毒を手に入れてきなさい。死なない程度の、でもひどく苦しむような毒がいいわ。お前の兄は商人だから、伝手があるでしょう?でもいいこと?私の名前は一文字でも出しては駄目よ。そうでなければ、もしもお前がしくじった時に助けてあげられないからね。わかった?」
私は悩んで、悩んで、たくさん困って、でも頷きました。
だって私はまだまだかわいそうでいたい。
まだまだ注目されたい。
だから、殺すことにしました。




