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アマーリエと悪食公爵  作者: 散茶
おまけ
14/29

オルヴィアと冷血神官4


往診に行った日以来、私は自主的に治癒院で手伝いをするようになった。

朝早くに誰もいない聖堂で祈り、治癒院で手伝いをしたり、ブレイクの往診についていったり、そして夜は自室で勉強をする。暇な時間なんてほとんどない。

時々昼までぐっすり眠りたいと思うけれど、心が急いてしまって結局何かしていないと気がすまなくなっている。

そんな私を貴族宿舎の見習いたちは変人を見る目で見てくるけど、もともと仲良くもないからたいして気にしていない。

それよりもブレイク以外の治癒師やお手伝いの人たち、よく来る患者たちと仲良くなれたことのほうが、私にはずっと嬉しいことだった。


「オルヴィアさん、今日も手伝い?」

「はい。ティアナさん昨日のお休みはゆっくり過ごせましたか?」

「おかげさまで。オルヴィアさんが手伝ってくれるようになってから、少し楽になったわ」

最近特に仲良くなった治癒師のティアナは、貴族出身の女性だ。

彼女のように治癒師としてここに残る貴族の女性は珍しいから、私のこともよく気にかけてくれる。

「じゃあ今日の午後は、軟膏を一緒に作りましょうね」

「よろしくお願いします」

「なんだと!オルヴィアさんがいなかったら、午後の楽しみがなくなるじゃないか!」

唐突に天幕から顔を出した治癒師たちからブーイングが起きる。

みんなすっかり見慣れた顔ばかりだ。

「いやらしいおじさん神官たちの言うことは気にしなくていいわよ」

「みなさん、今日も頑張りましょうね!」

軽く手を振ると、みんな笑って手を振り返してくれる。

強面で有名な治癒師も、照れた様子でちょいと手をあげかえしてくれた。

自分の容姿が良いことは知っていたけど、こんなふうに誰かを元気づけたりすることに活用できるならもっと使い方を覚えていきたいなと思う。


「オルヴィアさん」

「おはようございます、ブレイク様!」

今日もぴっしりと神官服に身を包んだブレイクが現れ、私はついつい笑顔になる。

治癒院での知り合いがどんなに増えても、やっぱり彼の顔を見るとすごく安心するのだ。

「おはようございます。さっそくで悪いのですが、この紙に書いてあるものを持ってきてくれませんか?」

「わかりました!」

「張り切りすぎてまたこけないように」

先日こけて籠の中の洗濯物を盛大にぶちまけたことを誰かから聞いたらしい。

「こけません!」

「本当ですか?オルヴィアさんは案外どんくさいですからね」

なるほど。私ってどんくさいのか。

ちょっと納得しつつ、でもやっぱり失礼だなと思った。


ブレイクに頼まれたものを倉庫から中庭を抜けて運んでいると、聞きなれない声に呼び止められた。

誰だろうと足を止めると、小走りにアランがやってくる。

彼は私の手の中のものを見て、持つよと爽やかに笑った。

「軽いので大丈夫です」

「いいから貸して」

荷物をとるついでに、さりげなく手を握られた気がする。

ちょっと嫌な気持ちになったけれど、持ってくれるというので任せることにした。

「最近毎日治癒院の手伝いをしているんだってね」

「ええ。アラン様は今日はお休みですか?」

「様なんてやめてくれ。本当なら君のほうが身分が高いのだし」

「神殿で貴族身分の話をするなんて、アラン様は真面目なのね」

ちょっとした嫌味のつもりで言い返すと、アランは愉快そうに歯を見せる。

たしかに整った容姿だなと思うけれど、ギルバート殿下やお姉様の婚約者のサディアス様に比べればそこそこという感じだ。

たぶんサディアス様ほど綺麗な男の人はいないと思う。

「ブレイク神官と仲良くしているって聞いたけど、もしかして弱みでも握られているのかい?」

「弱み?」

意味がわからず見上げる私に彼は、大真面目な顔で続けた。

「みんな君のことを心配している。もちろん俺も」

「はぁ」

勝手に私がブレイクに弱みを握られているという前提で話が進んでいる。

アランはさりげなく体を寄せて言った。

「よかったら相談に乗るよ。俺なら君を守れると思うんだ。今度一緒に夕食でもどうかな?」

ようやく彼に誘われているのだと気が付き、私はものすごく嫌な気分になった。

どうして男の人ってすぐに私のことを守るだとか言うのだろう。

そりゃ頼りなく見えるでしょうけれど。

私はそれからも一生懸命に口説いてくるアランに適当な相槌を打ちながら、倉庫の方へと歩いて行った。

「ありがとうございます。アラン様はお優しいのですね」

「はは、そんなことは」

「ではこちらと」

鼻の下を伸ばしているアランに、ドンと重たい箱を押し付ける。中身は蒸留した水とアルコールだから、持ち上げただけで腕が痺れそうだ。

「こちらも」

もう一個ぎっちり布が詰まった籠を乗せると、さすがにアランもよたよたとその場で足踏みした。

もちろん自分も籠をもって、私はにっこりと笑う。

「行きますよ!」

「え、ちょ、ちょ……!」

「あっ!ティアナさーん!少なくなっていた蒸留水とか布の補充持っていきました!」

「ちょ、待って……!」

「アラン様、しっかりなさって!あと少しですよ!」

今後も声をかけてきたら、遠慮なく手伝ってもらおう。

夕食の誘いを受けるかは別だけどね。





今日も一日頑張って自室に戻ろうとしたら、貴族宿舎の前で数人の見習いたちが立っていた。

一番前を陣取っているのは、あの古株の三人だ。

彼女たちは見るからに不機嫌な顔で腕組みをして、私が通れないように横に広がっている。

「オルヴィアさん。あなた昼間にアラン様に重い荷物を押し付けたらしいですわね。アラン様が手を痛めたらどうするおつもりなの?」

「お手伝いしてくださるとのことでしたので、ご厚意に甘えただけですわ」

「あなた自分が特別だと勘違いなさっているんじゃないの?」

「はぁ」

「なんなのその気の抜けた返事は?あなたは治癒師でもない見習いなのよ。それが毎日治癒院に通って、アラン様にまで仕事を押し付けて、厚かましい」

「そうよ。あなたが働きすぎるせいで、私たちが怠けていると思われるのよ」

怠けていると思われるって、怠けているのは事実なのでは?

と言いかけたが、すんでのところで飲み込んだ。

彼女たちは私が気に食わなくてしかたないようだけど、私は別になんとも思っていないからだ。

「伯爵家のご令嬢がどうして見習いになりにきたのかと不思議に思っていましたけれど、あなた、ギルバート殿下に恥をかかせて王都を追いやられたそうじゃないの。とんでもない方だわ」

「確かにギルバート殿下にはご迷惑をおかけしましたけど、ここに来たのは自分の意思です」

「いまさら謙虚ぶらなくてよろしくてよ」

「アラン様まで誘惑して、ご迷惑をかけるつもりなんでしょう!」

「なんて方なの!綺麗な見た目に騙されるところだったわ!」

「本当。お顔だけは綺麗ですこと」

「ありがとうございます」

「褒めてないわよ!」

ぎゃんと吠えられ、ちょっと耳がキーンとした。

見習いたちは理解できない生き物を前にしたようにざわざわしている。

「皆さんの言う通り、私は顔だけは綺麗な女ですから難しいことはわかりませんわ。だからみなさんのご意見を謹んで受け止め、神官様やアラン様ご本人にも伝えさせていただこうかと思います。怠けていると思われていることをみなさんが悩んでいたと伝えれば、きっと神官の方々も喜んで仕事を割り振ってくださいますよ」

「なっ!?」

わなわなと目の前の肩が震え、私のくくった髪をひっつかもうと手を伸ばしてくる。

ブレイクにもらったハンカチに触れられるのが嫌で、私は大きく身をよじった。


「そこで何をしている!」


まるで雷が落ちるような声。

はっと動きを止めた見習いたちは、こちらへ走ってくるブレイクの姿を認めてさっと青ざめた。

「こ、これは……」

「何をしていると聞いている」

珍しく声を荒げるブレイクに彼女たちはおろおろと視線をさまよわせた。

普段は彼の陰口をたたいていても、彼が自分たちの監督役であることはちゃんとわかっているらしい。


「なんでもありません」


答えに窮する彼女たちに代わって答えると、全員が私を信じられないものを見るみたいな顔で見る。

「そうよね?今日のところは」

一音一音はっきりと発音する。

見習いたちは面白いくらいに揃ってこくこくと頷いた。

「……わかりました。ですがもう消灯時間です。早く中に入りなさい」

そそくさと去っていく彼女たちに向かって、ブレイクはもう一言付け加える。

「この場にいる全員の顔は覚えましたからね」

つまり二度目は許さないということだ。

ブレイク様って案外女々しい脅し方をするのね、と助けてもらっておきながら失礼なことを思った。

私も無礼な人間になってきたのかも。


「大丈夫ですか?オルヴィアさん」

「はい。ありがとうございます」

素直に礼を言う私に、彼は変なものを食べたみたいな顔をした。

「本当にあれでよかったんですか?今からでも処罰を与えることも……」

「いいんです。確かにひっつかまれそうにはなりましたけれど、私は別に彼女たちに酷い目にあって欲しいとも思いません。それにこれでもう向こうも不用意に関わろうとはしないでしょうし」

「あなたがそれでいいなら、いいのですが」

ブレイクは私を気遣って手をのばそうとしたが、その手は触れる前に止まってうろうろとさまよう。

その妙な動きを見ているうちに急に緊張がとけてしまい、私はその場に座り込んだ。

「大丈夫ですか?」

「ふふ、気が抜けちゃった」

「何もおかしくないでしょう」

私に合わせて、ブレイクは白い神官服が汚れるのも気にせずにひざまずく。

そういえば初めてあった日に彼の服の裾が汚れているのが妙に印象に残っていたけれど、きっとこの人はこんなふうにすぐ誰かを心配してひざまずく人だから、服が汚れてしまうのだろう。

私は彼のそういうところをとても好ましく、そして尊敬しているのだと、急に気が付いた。


「ねぇ、ブレイク様。私、本当に治癒師になれるでしょうか?」

「私はここで十数年過ごしてきたので、治癒師になれる人間はなんとなくわかります。あなたはきっとなれます。そしてここを変える人間にも」

「私に?」

怖くなるほど真剣な瞳で、ブレイクは私を見つめる。

「はい。私とは違って、あなたには理不尽を跳ねのける意思と立場がある。あなたならここを変えていける」

「例えば貴族の見習いも、本気で治癒師になりたい人だけ来られるようにするとか?」

「はい」

「私、シーラのような子が少しでも元気に長生きできるように、治癒師のいる場所で過ごせる施設を作りたいです。家族も近くで過ごせるような。あと、治癒院がなかったり、行くことができない人たちのいる地域を定期的に回る制度も作りたいです」

「きっとできます」

「ブレイク様。私、自分が伯爵家の娘で、人より目立つ容姿をしていることをここにきてやっと自覚しました。私は私が思うよりも影響力を持っていて、強くあろうと思えばそうなれることも。……だからブレイク様は、私に夢を託そうとしているのですね」

ふっと彼の顔から表情が消えた。

「ばれましたか」

「ばれました」


私はここにきて、変わった。

いい意味でも、悪い意味でも。

彼が自分のもともとの身分が低いことに劣等感を抱いていて、私に恋愛的なものではない何かを求めていることには気が付いていた。

それが今、はっきりした。

彼は私に叶えてほしいのだ。

自分にはできない改革を。

やっぱり無礼な人。

自分ではできないことを、自分勝手にこんな小娘に託そうとするなんて。


「ですから責任をとって私と一緒に頑張ってください」


私はまだまだ弱く、世間知らずだから。

彼のような人がそばでいろいろ教えてくれてなければ、きっと途中で挫けてしまう。


「誰かに託すのではなく、私と一緒に一生頑張ってください」


ブレイクは数度瞬きをした。

まるでこうなることはちっとも想像していなかったとでもいうかのように。

しかし私が本気であることを悟ったのだろう。

彼は観念したように、ふっと微笑んだ。

「そうなるとあなたも一生ここで過ごすことになりますよ。私はもとよりそのつもりでしたが」

それなら何も問題はない。

私はにっこり微笑んで、こう付け加えた。

「ええ、だから私が婚期を逃したら、そちらも責任とってくださいね」

「へ?」

聞いたこともない間抜けな声を上げて、ブレイクは慌てて立ち上がる。

「え、ちょ、ちょっと……!」

「婚期を逃す前にブレイク様から求婚してくださったら、もっと嬉しいですけど」

私も立ち上がり、お尻についた砂を払う。

「求婚!?いやいや、私は平民出身ですし……!」

人に一生かかる夢を託そうとしておいて何を言っているのやら。

真っ赤になって慌てふためくブレイクをじっとりと見やってから、私はちょっとしたいたずらを思いついた。

「えいっ」

掛け声とともにブレイクに抱き着く。

「ワーッ!?」

ブレイクはまるで棒みたいに体を硬直させて、爆発しそうに赤い顔で叫ぶ。

反応を見るに、私のことを恋愛対象として見られない、ということはなさそう。

よしよし。

「な、な、な」

「よろしくお願いしますね、ブレイク様」


私はこれから、したたかになるだろうし、ずる賢くもなるだろう。

いろんな人に嫌われて、良い人間ではいられない時もあるかもしれない。

それでも歩いていくと決めた。

私だけが運よく健康な体になれたことに意味があったのだと、私にしかできないことがあったのだと、いつか胸を張れるように。

ブレイクが私にならできると言ってくれたから。

私は彼と並んで誇れる私になろうと思う。



最後やや駆け足になってしまいましたが、オルヴィアの話も無事に書き終わることができました。今後ブレイクは年下の美少女にぶんぶん振り回されることになるでしょう。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!もし面白いと思われたら、ブクマや評価していただけると励みになります。

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― 新着の感想 ―
最高〜 よい〜〜 オリヴィアがんばって〜〜
[良い点] オルヴィア、成長しました。そしてきっと幸せになる。 [一言] オルヴィアの夢が叶いますように!
[一言] 最初の印象と、かけ離れていく、オルヴィアのおまけ話が良かったです♡ 愛するお姉さん夫婦も居ることですし、それにちょっと前のめり過ぎた王子さま(いろいろ反省してるといいな)も参加して、彼女た…
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