初デート②(デート用お弁当)
「少し早いけどお昼にしようか。12時過ぎると座れなくなるから」
圭介が昼食の提案をしてきた。確かにそろそろ足も疲れて来たところだ。1階の展示スペースを回っただけで結構歩いた気がする。
「はい。どこで食べますか?」
「2階の飲食コーナーでもいいけど、折角だから外に展示されてる新幹線の中で食べよう」
「え?展示車両の中で食べられるんですか?」
「うん。鉄博っぽいよね」
外に出て新幹線の車両の中に踏み入れる。
既に何組かの家族が車両内で食事を始めていた。座席を回転させボックスシートにしている家族もいた。
京香たちは2人掛けの座席に座りテーブルを下ろして弁当を広げた。
「うおーーー!!旨そう!こんな大きな弁当箱持ってたの?」
「いえ。今日の為に買いました」
普段使っている弁当箱では2人分は入りきらないし、タッパーでは味気無いと思い駅ビルの雑貨屋で見つけたピクニック用のものを買ったのだ。
「え?わざわざ?」
「今日の為というかこれからも出掛けた時に使えるし…」
照れくさくて取り皿やお箸を取り出しながらボソボソと答えた。
箸を渡そうと顔を上げると圭介がなぜか目を閉じて歯を食い縛っていた。
「ど、どうしました…?」
「ここで抱き締めたらアカンと耐えてる」
「は!?絶対ダメですよ??」
またわけのわからないことを言う圭介を嗜め箸と取り皿を渡す。
「「いただきます」」
圭介が早速卵焼きを口にする。
「うっま!!」
「口に入れたばっかじゃないですか」
「口に入れた瞬間に広がる卵の甘みが…」
胡散臭い食リポを始めた圭介を無視して京香も卵焼きを一口齧る。
我ながらなかなかの出来だ。
圭介も美味しそうに食べてくれている。
今日のメニューは甘めの卵焼きに野菜の肉巻き、チーズ粉ふきいも、プチトマト、おにぎりだ。
卵焼きは卵に白だし、砂糖、塩を加えて三層に焼いた。圭介が好きそうな甘めの味付けにしておいた。
野菜の肉巻きは棒状に切った人参といんげんを豚の薄切り肉で巻き片栗粉をまぶしてフライパンで焼く。焼き鳥のタレを絡めてこれまた少し甘めに仕上げた。
チーズ粉ふきいもは一口サイズに切ったじゃが芋を鍋で煮て串が通るほどに熱が通ったらお湯を捨て、火に掛けたまま水分を蒸発させる。粉がふいてきたらレンジで温めたミックスベジタブルとスライスチーズを千切って加えチーズが溶けるまでかき混ぜる。チーズはとろけるチーズではなくただのスライスチーズの方が冷えて固まった時濃厚で美味しさが増す。
おにぎりの具はツナマヨネーズと梅にした。
「先輩電車そんなに詳しくないとか言いながら鉄っちゃんばりの知識じゃないですか」
弁当をつつきながら京香が言った。
「マジもんの鉄っちゃんはこんなもんじゃないよ。俺はガキの頃暇過ぎて図書館で電車の本ばっか読んでただけ。初めて電車に乗ったのは高校になってからだし」
「そうなんですか…じゃあ一番好きな電車は何ですか?」
何やら暗い話になりそうだったので話を変えた。
「俺はやっぱりドクターイエローかなー見たら幸せになれるっていう」
「展示されてましたよね昔の」
現在運行されているドクターイエローは923形だが、先ほど見たものは引退した922形の団子っ鼻でレトロな車体だった。
京香はこれまでドクターイエローというもの自体を知らなかったのだが、鉄道ファンにはお馴染みの人気車両らしい。
「大垣にヒマワリ畑からドクターイエローが見えるスポットがあるんだよ。いつか一緒に見たいな」
「あ、はい…」
圭介があまりに優しい瞳を向けて言うので京香はドギマギして上手く答えられなかった。
************
昼食後鉄道館の中を一通り回りお土産を買ってそろそろ帰るかということになった。
まだ時間は15時前だったが、京香の夕食の準備もあるし途中から別行動になるため圭介が早めに帰ろうと判断を下したのだ。
乗り換えるターミナル駅には大手予備校がいくつかあり、京香の高校でも通っている生徒は多い。リスクが高いのでローカル線の途中駅から別々に帰ることにした。
乗り換え駅に向かう電車の中で二人は手を繋いで並んで座っていた。
(まだ離れたくないな…)
帰宅すればまた一緒に食事を共にするのだから今生の別れになるわけでもないのに、京香は心が締め付けられる程の寂しさが募った。
今日という日が楽し過ぎて終わって欲しくなかった。
鉄道の博物館がこんなに楽しいものだとは知らなかったが、それは圭介が一緒だったからに違いない。
思い返せば圭介はデート中も相変わらず周りの注目を集めていた。
老若男女問わず圭介の顔面偏差値の高さに振り返るほどだった。
やはり外に出ると目立ってしまうし、それこそなぜ圭介の隣に自分がいるのだと思わずにはいられない。
もし自分が第三者だったとしたら圭介の彼女は賢くて性格の良い美人でないと納得出来ない気がする。
そんなことを考えていると圭介が自分を選んだ理由がますますわからなくなり、元々それほどない自信も薄れていく。
「先輩は私のどこを好きになってくれたんですか?」
コテンと圭介の肩に頭を乗せ向かいの窓の外を眺めながら呟いた。疲れもあって少し眠くなってきた。
「え?どうしたの急に。うーん…本心から全部なんだけど…きっかけは俺の顔だけじゃないところを見てくれたところかな」
「顔だけじゃないところですか…?」
「うん。俺の内面を一生懸命褒めてくれたことあったでしょ。あの時すげー嬉しくて。そこから意識するようになったと思う」
圭介が自分の中身をクソだと自虐したのに対して京香が反論した時のことだ。
「え。でも私先輩の顔も好きですよ?」
「あ、うん。それはなんとなくわかるんだけどさ…」
圭介の顔を見ては赤面している京香だ。
対象である圭介本人もそれは自覚している。
京香のブレない正直なところにフッと笑みが零れつつ、圭介は少し寂しい気持ちにもなり目を伏せた。
しかし
「誰かが言っていたんですよ。外面は内面の一番外側って。先輩は心が優しいから外見も素敵なんですよ」
京香が何でもないことのように言う。
「私は先輩がマイナスな気持ちをプラスに変えてくれるところが好きです。私ネガティブだから…いつもハッとさせられるんですよ。いつも元気と勇気をもらってます」
これまでのことを思い出して少し笑いながら京香が告白すると、圭介が繋いだ手を強く握った。
京香が不思議に思い圭介の顔を見ようとした瞬間、圭介が立ち上がり何も言わず京香を引っ張って降りる予定のない駅で下車した。
プシューと音を立てて電車のドアが閉まる。
「どうしたんですか!?ビックリするじゃないですか」
「もう無理。我慢できない」
「え?私何か変な事…」
と言いかけたところで圭介が突然京香を抱き締めた。
「ちょ…!こんなところで!」
ホームの周りを確認しようとするが圭介が力強く抱くので首が動かせない。
京香の頭が疑問符でいっぱいになったところで圭介が身体を離してくれた。
そして嬉しいような切ないような表情で京香を見つめ言った。
「白洲さんのお陰で初めて自分の顔を好きになれそうになった。ありがとう」
「そう…ですか…」
別に圭介を励ますつもりだったわけではないのだが、圭介が御礼を言う程喜んでくれたのならなんにせよ良かった。
「あと俺も白洲さんの顔好きだよ。今日なんか可愛すぎて誰にも見せたくなくなった」
「は!?またそんなこと言って…」
圭介は事あるごとに京香を可愛いと言ってくれるが、こんなに綺麗な顔の人に言われても嬉しいよりもただひたすら卑屈になってしまうだけだ。
「もーどうしたら信じてくれるの?」
「平凡な顔っていうのは自覚してますので」
スカートを握り締めプイっと横を向いて口を尖らせる。
すると圭介が小さな溜息をつき両手で京香の頬を包んで自分に向かせた。
「友達が言ってたんだけど、女の子は恋をすると綺麗になるんだって。彼氏が出来た途端モテ始めるから気を付けろって」
「え?」
「白洲さんは自覚がないだけだよ。今日だって白洲さんを見てた男に超イラついたし。俺のこともっと好きになって欲しいけど、これ以上可愛くなるとホント困る」
自分を見ていた男性なんていただろうか。それに綺麗になったと言われても自分では特に変化を感じない。体重も変わらないし多少は気を遣うようになったとはいえ髪型や化粧もこれまで通りだ。
顔をホールドされたまま首を少し傾げると圭介がさらに顔を近づけてきた。
「だからそんな可愛い顔は俺以外に見せちゃダメだよ京香?」
「ななななななな……」
上目遣いで念を押すように言われ顔から火が噴き出しそうになった。
なんなのだこの人は。どこでそんな言葉を覚えてくるんだ。
京香は完全に眠気が吹っ飛んで目をパチパチさせた。
「つーか帰りたくないいいいぃぃ…いや、帰りたいんだけどまだ一緒にいたい…」
圭介がガックリ肩を落とし心から悲しそうな顔で言う。
2人が周りをあまり気にせず来られる場所は限られるため次はいつデートできるかわからない。
圭介も同じ気持ちでいてくれたことに胸が熱くなり寒さもどこかへ行ってしまった。
「私もです」
頬を包む圭介の両手に自分の手を添え、京香が潤んだ瞳で微笑みながら言った。
今度は圭介の顔が一瞬で朱に染まりわなわなと震え出した。
「…だから!それ!」
「へ…?」
と反応した途端唇を奪われた。
「もーーー!!いつもいつも!不意打ちでしか出来ないんですか!?」
顔が離れ我慢の限界を超えた京香が抗議する。
「あ、そうかも。ゴメン。キスしていい?」
「遅い!!!」
乗り換え駅の前駅でそれぞれ別々の車両に移動するまで圭介は京香の説教を受けることになった。
それでも懲りない圭介は終始ニヤニヤしていてまた京香の怒りを買った。




