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2人の関係

1月3日に葵からアドバイスという名の説教をいただいて以来、圭介に『付き合っている』という言質を取ろうと試みていたものの、京香は何度も言うタイミングを逃していた。

どう切り出すべきかわからないし、そもそも何と言えばいいのかも謎なのだ。


『私は先輩の彼女でいいんですよね?』

『私たちは付き合ってるんですよね?』

『この関係は恋人同士ということでしょうか』


ダメだ。全てが恥ずかしい。

もっと遠回しに訊けないものか。

しかしきっとこの場合は直球の方がいいのだろう。

微妙な関係をはっきりさせるのだから。

一体みんなはどうしているんだ…。


ネットで調べてみても2人の関係性があまりに特殊過ぎて参考にならない。

『彼に直接訊かずに彼女かどうか確かめる方法』という記事にあったチェック項目を自分たちに当てはめてみたのだが…

お互いの気持ちは伝え合っているし、連絡は毎日するし、というか毎日一緒にご飯を食べているし、次の誕生日は一緒に過ごす約束をしているし、デートはしないがお家デートをしているようなものだし、親も友人も関係を知っているし。

これだけの条件が揃っていれば付き合っていると言ってもいいらしい。


(ん?これ…もしかして告白する前からほんとんど付き合っているような状態だった?)


本人たち以外の誰もがそう思うであろう事実に京香はようやく思い至った。

過去の自分の大胆さと鈍さに身悶えそうになる。

何をやっているんだ自分は。

いやいや、そんなことよりもこれだけ付き合っていることがほぼ確定している状態で改めて確認する必要はあるのだろうか。

京香は適当な逃げ道を見つけてしまい、また決意が鈍った。



モヤモヤもじもじして言えないままでいたら、しばらくして圭介の態度が少しずつ変わり始めた。

最初はそんな気がしただけだと思っていたのだがどうやら気のせいではなかった。

それまではことあるごとに好き好きオーラが全開だったのに、ここ数日そんな雰囲気がなくなったのだ。

しかもなんだかよそよそしく何かを言いたそうにしながら結局何も言わない。

もう飽きられてしまったのだろうか。

むしろ圭介に好かれているという事実自体がなかった?


ああ、やっぱり勘違いだったのだな。

こんなイケメンに好意を持たれるなんて奇跡が自分に起こるわけがない。

傷つく前に色んなことを諦めてきた京香はこれまでのように『自分なんて結局こんなものだ』と思おうとした。


しかし今の京香は過去の京香ではない。

あれだけの一大決心をして想いを伝えたのだ。

生半可なことでは諦められない。

もう一度告白し交際を申し込もうか…。


ここでようやく京香は悟った。

そうだ。『付き合って下さい』と言ってしまえば良いんじゃないか。

自分が付き合ってると思い込んで相手がそうでなかったら、と不安で言い出せなかっただっただけで、だったらもう最初からやり直せばいいのだ。


言うことは決まった。

あとはタイミングだけだ。



冬休み明けの最初の土曜日の晩。

京香は今日こそは言うのだと意気込んでいた。


上手く話を誘導するために夕食のおかずは出会った時に作った鶏肉と野菜の甘辛煮にした。

思い出話から始め、いかに圭介が好きであるかを伝え、最後に付き合ってくださいと言う作戦だ。

何度も脳内でシミュレーションをして準備は整えた。


「あー!これ!最初に作ってくれたやつだよね!あの時もめっちゃ美味しかったー」


いつものように時間通りにやってきた圭介が懐かしそうに言った。

この料理を覚えていてくれたようだ。


「はい。久しぶりに作ってみようかと思って。というかそろそろメニューもネタ切れで」


さすがに5ヶ月も経つと新規メニューを出し続けるのは難しい。

バツが悪くなり苦笑いで答える。


「毎日作ってくれてるもんね。いつもありがとう」


「こちらこそいつも美味しそうに食べてくださってありがとうございます」


圭介の言葉にはにかみつつ京香も笑顔で御礼を述べる。

すると圭介が口を開けたまま京香を凝視して


「かわっ…!」


と言いかけて止まった。


「かわ?」


「か、皮が旨い!」


「?鶏皮好きなんですね」


そんなに好きならこれからは皮付きの鶏肉を圭介に多めに入れようか。

それにしても今日も圭介が微妙に挙動不審だ。

やはり何か後ろめたいことでもあるのだろうか。

深読みするとドツボに嵌るので良くないとわかっていても考えてしまう。

とりあえず作戦通りに会話を進めていくしかない。


「最初出会った時はまだ夏でしたもんね。今はもう冬で年も変わっちゃいましたね」


「早いよねー」


圭介がもぐもぐ食べながら相槌を打つ。


「ね…あの時あんな漫画みたいなこと起きるなんて思わなくてビックリしました。行き倒れに遭遇しちゃうんですもん」


「その節はご迷惑を…」


「最初はなんて変な人なんだろうって思ってたんですけど、でもすぐ先輩がとても律儀な人ってわかって…」


とこれまでのことを思い出を語っていたら、楽しかったことも辛かったことも全部愛おしくて不意に涙が一粒零れ落ちた。


「え…」


圭介が驚愕の表情で身体を硬直させる。


「あ、すみません、なんかちょっと…」


別に泣くつもりじゃなかったのに恥ずかしい。

涙を拭いて笑顔で話を戻そうとすると圭介が箸を置いて突然掌を京香に向けた。


「ちょちょちょちょちょ!待って!待って!!」


「?」


「俺は別れたくないから!やだ!無理!絶対無理!」


「は…?」


「別れ話切り出すのに思い出話なんてしないで!俺何かダメなとこあれば直すし!やっぱりあれ?好き好き言いすぎてウザかった?それともご飯作るの嫌んなった?俺に出来ることあれば何でもやるよ!あとは…」


京香は圭介の必死さに唖然として口を挟めないでいた。

思わぬところでとんでもない誤解が生まれているようだ。

頭の中を整理していると圭介が京香の顔を恐る恐る覗き込んだ。


「白洲さん…?」


「てゆーか…今別れたくないって言いました?」


「え?うん」


(私たち付き合ってたんだ…なんだ…良かった…)


安心と嬉しさで徐々に顔が緩んでいく。

俯いてニヨニヨしていたら


「白洲さん?やっぱりもう嫌いになった…?」


もう半分泣きそうな声で圭介が訊いてきた。


「え!?ち、違いますよ?むしろ先輩が私に飽きたんじゃないかって…最近様子が変だったし」


「飽きる!?そんなわけないじゃん!そうじゃなくて…だって…恋愛マスターがあんまり好き好き言うと信憑性が下がるからやめろって…」


どうやら圭介は大好きアピールをあえて封印していたようだ。

そうだったのか。てっきり自分の魅力がなくなって言うこともなくなったのかと思っていた。

というか恋愛マスター誰だ。


「私は別に嫌じゃないですよ。先輩の顔見てたら嘘じゃないってわかりますし。ちょっと…恥ずかしいだけで…」


「ホント?いいの?俺はいつでも言いたいよ。そうやって恥じらう白洲さんの顔好きだし」


「は…?」


「あ!やべっ…」


圭介の口を滑らせた言葉にカチンときてジロっと睨む。


「ご、ゴメンなさい!許して!」


瞬間圭介が見事な土下座を披露する。

見慣れた光景に思わず噴き出してしまう。

二人で笑ってその場で言いたかったことを言い合った。

お互い不安を口にすることなく勝手に悩んで迷走してしまっていただけだった。

圭介も圭介でずっと『付き合ってください』と言うつもりだったと聞いて、「もっと早く言ってよ!」と心の中で突っ込んだ。

あの挙動不審な態度はそれが原因だったらしい。

あんなに悩んでいたのがアホらしくなってくる。


「私も大概ですけど先輩も恋愛事になると全然ダメですね」


『ポンコツ』と言おうとしてしまいそこは濁した。

『そんなにイケメンなのに』も言わないでおいた。


「恋愛事っていうか…京香のことだからだよ」


圭介がむくれてしまった。

またそういうことをサラッと言う。


「というわけでこれからもよろしくね、彼女さん」


「!!!」


付き合っているかどうか不安だったという京香を安心させるために圭介が改めて“彼女”という表現を使ってくれた。


「は、はい…」


「付き合ってっていうか俺既にプロポーズばりのこと言ってた気がするけど」


思い出すような仕草でチロリと京香に目をやり言った。


「え!??そ、そうでしたっけ?」


「伝わってなかったのか…」


がっくりと圭介が肩を落とす。

いつも求愛発言しまくりなので正直どれのことなのか見当がつかない。

しかしそんな言い訳が出来るような雰囲気ではなかった。

どうしたら良いのかわからずとりあえず圭介に向かって正座に座り直した。

そして


「え、えと…不束者ですがこれからも宜しくお願いします」


と三つ指を立てて深々とお辞儀をした後ゆっくり顔を上げた。

目が合った圭介が固まる。


「あの…?」


「うわあああああああああああ!!!」


圭介が顔を真っ赤にして床に丸まってしまった。

実は京香の行動がプロポーズの承諾のような形になってしまっていて圭介が猛烈に照れただけなのだが、それに京香本人は気付くことはなかった。


これからはちゃんと不安も期待も言葉にしようと誓い合った。

周りから見たらただのバカップル二人の無意識の攻防戦は始まったばかりだ。

ただそれからというもの圭介の愛情表現が以前よりもパワーアップし、結局京香が割を食うことになったのだった。

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