祐樹視点
滝川祐樹には面白い友人がいる。
琴吹圭介。
こんな地方ではなかなかお目に掛かれないような美形男子だ。
背も高くビジュアルが満点な上に学力も学年トップ。
ただ本人は目立つことが嫌いらしく、顔があまり出ないように前髪を伸ばし眼鏡を掛けている。
ちなみに祐樹はそれを逆効果だと思っているが言わないでいる。
どうせどっちにしても変わらないからだ。
圭介は女子に対して良いイメージがないようで近づく女子に拒否反応を示す。
しかし性格が良いことも顔が良いことも頭が良いことも女にモテることも鼻にかけない気さくな奴なので男子からは意外と好かれている。
ここまで完璧だと嫉妬心も生まれないのだろう。
高1のときにクラスが同じになり意気投合して以来友人関係が続いている。
ちなみに祐樹は圭介の過去も一人暮らしをしていることも本人から聞いて知っている数少ない友人の一人だ。
そんな祐樹の友人である圭介が最近妙に元気が良い。
いつもは貧血気味の顔色も良くなっている。
「おい。最近なんかあったのか?」
「何が?」
「異様に血色がいいぞ」
「異様!?そりゃ俺だって血色いいときもあるだろ!」
「いや、そうなんだが…」
(女か?圭介が?まさかな…)
と思っていたら文化祭でしっぽを出した。
クラスの学級委員に好きなタイプの女がコスプレをしたらどうすると言われた圭介が
『なるほど』
と誰かを思い浮かべたように呟いたのを目撃したのだ。
アイツいつの間に。
それを問い質すと微妙な表情で逃げられた。
多分まだ何も始まっていないのだろうと察しそれ以上は訊かなかった。
12月のある日の学食。
圭介は購買の弁当類が食べられないのでいつも学食で昼食を取っている。
最初手作り以外のものが口に入れられないと聞いた時は、祐樹でさえもコイツどんだけ我儘なんだよと思ったものだが、生い立ちを聞いて納得し、以来こうして学食に付き合うことが増えた。
ちなみに祐樹は放課後部活が控えているので母親お手製の特大弁当を持ってきている。
祐樹が弁当を食べ終わり片付けていると、圭介がうどんを箸で持ち上げたままボーっと考え事をしていた。
(多分というか確実に女×クリスマスのことだろうな)
その予想は裏切られることなく圭介は例の女のことを吐いた。
そのお相手であるSさんとやらの話をしているときの圭介は見たことがないくらい嬉しそうで恥ずかしそうでつい噴き出しそうになってしまう。
(誰だコイツ)
自分の知っている冷静で達観していて同い年なのに妙に大人びている圭介ではない。
人の恋路なんて正直どうでもいいがレアな友人の姿を見て相談に乗ってやることにした。
あまりに恋愛に対して疎すぎてイライラする場面もあったが、粘り強く話に付き合ってやった。
年明け始業式の日。
圭介が珍しくコーヒーでもどうだと誘ってきた。
同じ学校の生徒に訊かれたくないということで、駅から少し歩いたところにあるオッサンが入りそうなレトロな喫茶店で話すことにした。
きっとクリスマスの報告だろう。
ごにょごにょ何かよくわからんことを言っていたがどうやらSさんと付き合うことに成功したらしい。
「おお、そうだったのか。おめでとう」
(どう考えても両想いだったけどな)
というのは腹に収め素直に祝福する。
「ありがとな」
はにかみつつ嬉しさが隠しきれない笑顔で圭介に御礼を言われた。
なんだコイツ。めちゃくちゃ嬉しそうじゃないか。
改めて圭介がSさんに対して本気であると確信した。
しかし喜んでいるところに水を差して申し訳ないが、友人として圭介の先行きが不安なのできちんと忠告しておく。
「ところでお前…付き合えてゴールではないことは分かっているな?」
「え?ど、どゆこと?」
「はーー…あのな。好き同士だったらただ一緒に過ごしてればこの先もそれが続くって思ってるのか?気を付けろよ。女は男が出来た途端に綺麗になるからな。急にモテ始めるぞ。しかもお前たちは関係を隠すんだろ。より狙われるぞSさんは」
身近に姉2人というサンプルがおり、訊いてもいない男関係を赤裸々に語られるため祐樹はこういうことに無駄に精通している。
姉たちも男が出来るたびに今になってモテ期が来たとよくキャーキャー騒いでいる。
確かに恋をしている女性は見た目も内面もわかりやすく変わるので一理あると思う。
「ま、マジ…か…ただでさえあんなに可愛いのに…俺はどうすればいいんだ…」
しれっと惚気をぶっこんできやがった。
思わず白い目で見てしまう。
男友達に惚気られるのはなかなかにキモい。
気を取り直して続ける。
「まぁ1番は不安にさせないことだろうな。前も言ったがお前みたいな美形に好かれていることを信じられていない可能性がある。お前が本気だろうとそうでなかろうとな。お前の気持ちがちゃんと伝わっていないと他の男がそこに付け入って掻っ攫ってしまうかもしれんぞ」
「ななななな……」
圭介の顔が青褪める。
何かを思い出しているようだ。
「心当たりあるんじゃないか?」
「うぐぅ…心を読まないでくれ…」
「まぁ不安にさせないということはお前が気持ちを伝えるための努力をすりゃいいってことだ。恥ずかしくても口にしてやれ」
「それは毎日言ってるけど…」
「え…お前そういうキャラなの?」
予想外の言葉にギョッとする。
女嫌いの琴吹圭介が?
男クラになって大喜びしていた圭介が?
「え?だって好きって言うの我慢できないし。お前が言ったんだぞ両想いになればアピールしまくっていいって。」
「………俺はしまくっていいとは言ってないぞ」
さすがの祐樹もドン引きだ。
しまった。こいつは学力偏差値は70近くても恋愛偏差値はほぼ0なのだった。
適度というものを知らないのだ。
こんなイケメンに大好きアピールされまくったらSさんは沸騰してしまうのではないだろうか。
むしろ不信感が募っていないか不安になる。
(俺が変なこと言ったからか?)
責任を感じなんとか圭介を矯正しなければと決意する。
これも友人の務めだ。
「ちなみに圭介。確認だが。お前ちゃんと『付き合おう』と言ってあるんだよな?」
「え?」
「え?」
まさか…
「両想いだったら自動的に付き合うってシステムじゃないぞ」
「そうなの?」
「バカなの?」
ダメだコイツ…。
どこまでも残念だ。
「さっき不安にさせるなって言ったばかりだろうが!そういうとこだよ!恋人っぽいことをしてるのに付き合うと言ってもらってないってのは女が不安になるランキングTOP3に入るやつだぞ」
「えええええええええええええ!!早く言えよ!」
「それくらいわかってると思うだろ!」
圭介と祐樹が同時に頭を抱える。
恋愛常識ってのはどこから教えてやったらいいんだ。
「はーーー…とりあえずそれはちゃんと言っとけよ」
「うん…」
「あとあんまり好き好き言うな」
「は!?言わないと不安にさせるって言ったのお前だろ!!矛盾じゃねーか!」
圭介が怒ったように反論する。
そんなに彼女に好きだと言いまくりたいのか?
「アホ!言いすぎると逆に嘘くさくなるんだよ!」
「んな!?そうなのか?じゃあいつ言えばいいんだよ。1日に1回?週一?」
「タイミングだよ!言うべきタイミングで言えばいいんだっつの!」
「言うべきタイミングって何だよぉ…」
「あー!もう!」
圭介の情けない姿に怒りを通り越して呆れてしまう。
あまりやりたくはなかったが自分の経験からの具体例を出して適度な距離感というものを教えてやった。
といっても祐樹は過去の彼女とはとっくに別れて今は付き合っている女子はいないのだが。
Sさん…大丈夫だろうか…会ったこともないのに心配になってくる。
この先も2人を見守り続けないと。
中途半端なことを教えてしまった自分の義務だ。
しかしどんな子なんだろう。Sさんとやら。会ってみたい。
当分嫉妬深い圭介に本人に会わせてもらえそうにはないのだが。




