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クリスマスイブ

今日、クリスマスイブは日曜日。

休日はカフェの閉店時間が平日よりも早い。

夕方にバイトが終わり京香は更衣室で考え事をしながら私服に着替えていた。


ギリギリまで圭介にどう連絡しようか悩んでいたが、結局バイトが入ってしまったのでご飯はいつも通り置いておくと伝えてしまった。

謝罪も出来ないまま今日を迎えこの1週間圭介の顔も見ていない。

実は心のどこかで圭介からのアクションがあるのではないかと密かに期待していた。

しかしやはり京香の態度に怒っているのか、最後までクリスマスについての連絡はなかった。

それでも一応約束はしていたのでケーキとご飯は作った。

今日は圭介も夜遅くまでバイトが入っており帰ってからドアの前に置いておくつもりだ。


カフェを出て自宅アパートのある駅東口方面に向かう。

高架下の遊歩道を抜けるとバイト中は降っていなかった雪がちらつき始めていた。


「はいはい、ホワイトクリスマスですかっと…」


溜息が白く広がり消えていく。

これからディナーに向かうであろうカップル何組かとすれ違う度、自分が一人でいることをより実感してしまう。

羨ましくはないがあんなことさえ言わなければ今頃自分もウキウキでクリスマスを迎えていたはずだったのに、と僻んでしまう。


そんなことを考えながら何か足りないと思っていたら傘をバックヤードの傘立てに置き忘れていたことに気付いた。

圭介のこともあり沈んでいた心に追い打ちを掛けられたような気分になる。

もう一度溜息をつきカフェに戻ろうとすると先ほどまでシフトが同じだった牧野の姿が目に入った。


「白洲さん、お疲れ様です。傘忘れてましたよ」


京香を見つけると傘を掲げ小走りでこちらにやってきた。

牧野はバイト終わりに本屋に寄ると言っていたのに、京香のためにわざわざ持ってきてくれたことに驚き目を見開いた。


「あ、ありがとうございます!今取りに戻ろうとしていたところだったので助かります」


「いえ。間に合って良かったです」


牧野は軽く息を切らしていた。

急いで追いかけて来てくれたのだろう。


「すみません、ホント…」


笑顔で御礼は言えたものの申し訳なさでそれ以上は何も言えなかった。

また優しくされてしまった。

一方的な優しさを受け取ってはいけない。

自分からは何でお返しすればいいのだろう。

さっさと借りを返し罪悪感を消し去りたい。

帰ってから一人で考えよう。


「あの、じゃあ…」


「白洲さん」


目も合わさず傘をさして帰ろうとすると牧野に呼び止められた。


「はい?」


牧野の顔を見上げると何かを言いにくそうに口に左手を当てていた。


「……」


少しの沈黙の後牧野が口を開く。


「今日予定がないって言うてたけど…よかったらこの後ご飯でも行かへん?」


予想外のことを素の関西弁で言われ言葉に詰まった。

と同時に圭介のことが頭に浮かんだ。

クリスマスを一緒に過ごすという圭介との約束を反故にしたのは自分だ。

そうしておきながら別の人と過ごすなんて出来るわけがない。

例え圭介に嫌われてしまっていたとしても。


牧野はきっと落ち込んでいる自分を励まそうとしてくれているのだろう。

申し訳ないがどう断ろうかと迷っていると誰かの足音が近付いてきた。

その足音が京香の前で止まる。


「すみません。白洲さんは俺と先約があるので失礼します」


圭介だった。

牧野と京香の間に立ちふさがり圭介の背中で牧野の顔が見えない。


「え?先輩?」


「帰ろう白洲さん」


有無を言わさず京香の手を取り圭介が歩き出す。

わけもわからぬまま連れ去られ、京香は牧野を振り返るが挨拶をすることも出来なかった。


圭介が無言でずんずん歩み進んでいく。

こちらを見ようともしないので少し前を歩く圭介の感情が読み取れず不安が募る。


「先輩、あの、か、傘を…」


「……」


勇気を振り絞りなんとか声を出す。

傘をさしていないので二人とも服に雪がついてしまっている。

角を曲がったところで圭介が黙って手を離し自分の傘を開いた。

京香も傘をさそうとするが圭介がそれを制すかのように再び京香の手を握り歩き出した。

混乱する京香。

急展開過ぎて今起きていることが何一つ理解できない。


二人で入るには圭介の傘は小さかった。

傘を京香側に傾けているせいで圭介の右肩は雪が積もっている。

こんなときまで自分に向けられる圭介の優しさに胸が締め付けられた。

京香が傘をさすために手を離したら逃げられるとでも思っているのだろうか。

確かに京香は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

それでも圭介に会えたことが嬉しいとも感じている。

あんなに避けていたのは自分なのに。

自分の気持ちの一貫性のなさに呆れた。


圭介がよく『女子の気持ちはわからない』と嘆いていたが、女子である自分でもわからない。

勝手に一喜一憂して圭介を困らせてしまっている。


(私はどうしたいんだろう)


時折顔にかかる雪は冷たいが握られた圭介の手は熱いくらいだった。

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