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1週間

『顔も見たくないんです』


自分を迎えに来てほしくなかったからとはいえあんな酷いことを言ってしまうなんて。

京香は罪の意識にさいなまれていた。

後悔したところで時間は巻き戻らない。

せめてすぐに謝りに行かなければ。

しかしどんな顔で会えばいいのかわからない。

自分から拒否したのだ。

気まずいどころではない。

どの面下げてだ。

…マイナスなことばかりを考えて決心がつかずにいた。


結局京香は布団の中で丸まり何も出来ないまま夜を越えてしまった。

そしてこの時に言っておけば良かったとさらに後悔することになる。



日曜の朝。

昨晩雨の中を走りびしょ濡れになったことが原因なのか、風邪を引いたようで身体が重かった。

京香は風邪気味であるのがこれ幸いと圭介にメッセージアプリで食事の断りを入れた。


『風邪をうつしてしまうかもしれないので食事は別々でお願いします。朝食はドアの外に置いておきました』


『風邪で辛いところありがとう。食器は洗って返します』


二人の関係は振り出しに戻ったようにぎこちなくなった。

出会った頃も食事を提供していたが別々に食べていた。


一度避けてしまうと次に会うのが怖くなりまた避けてしまう。

京香はこの負のループから抜け出せなくなってしまった。

最初は風邪が治らないから始まり、体調が悪いから、バイトがあるから、疲れているから…と何かと理由を付けて朝と晩のご飯を共にしなくなった。

一緒に食べられないが美味しいものを食べてもらいたいという想いだけは残っていたので調理には手を抜かなかった。

京香のせめてもの懺悔の気持ちだった。


あんなにも継続を望んでいたことのはずなのに自ら壊してしまった。

でもこれでいいのだと自分に言い聞かせる。

もう望んではダメだ。

忘れてはいけない。

私のせいで家族の運命を変えてしまったことを。



終業式までの1週間、圭介に遭遇しないように細心の注意を払って過ごした。

圭介が帰って来た音がするたびにこちらの音を立てまいと緊張した。

明らかに塞ぎ込んでいる京香を葵が心配してくれていたが、風邪を引いているからとマスクをしてあまり会話をしないようにした。

気持ちを持ち直すことが出来たらちゃんと葵にも話そうと思っている。

持ち直すことが出来たら。



***********



月曜日にはほぼ風邪も治っていたのだが、念のためバイトは終業式前日まで休んでいた。

代わりに終業式の今日は夕方までのシフトを夜までに延長した。

閉店まで働いたのは初めてだった。

同じシフトに入っていた牧野に閉店作業を教わりながら片付けていると


「白洲さん体調はもう大丈夫ですか?」


京香の体調を気遣う牧野に話しかけられた。


「はい、大丈夫です。すみません、レジを代わってもらっちゃって」


まだ声を出し続けるのが不安だったため、接客を避け調理作業に専念させてもらっていたのだ。


「いえ。まだ元気がなさそうなので…」


「え?そうですか?心配してくださってありがとうございます。優しいですね」


鋭い。誤魔化そうとも思ったが気に掛けてくれるのは有難いことなので素直に感謝の言葉を述べる。


「…問題ないならいいのですが」


牧野がまだ心配そうにしつつ引き下がってくれた。

と思ったら急に話が変わった。


「ところでもうクリスマスですね」


「はい。早いですね。明後日ですもんね」


街は1ヶ月ほど前からクリスマス一色だ。

この店内もクリスマスのディスプレイで賑わっている。

明日23日からは店員もサンタ帽等でクリスマス仕様になる予定だ。

京香はサンタ帽より密かにトナカイカチューシャを狙っている。

蒸れなそうだから。


「白洲さんは何か予定があるんですか?」


「私ですか?…えっと、友達…と約束はしてあったんですが、色々あってなくなりそうで…」


圭介との約束は一応まだ断りを入れていないがきっともうダメだろう。

自分のせいなのはわかっていつつも寂しい表情が出てしまう。


「そうだったんですね。すみません」


「いえ、仕方ないことなので。牧野さんはどうされるんですか?」


「明日大学の友人たちと軽くご飯を食べるくらいです。24日はシフトが入っているので特には」


「イブってお客さん来るんですか?」


レストランならまだしも京香のバイト先のようなカフェがクリスマスに混んでいるイメージはない。

京香にとっては忙しい方が無心になれていいのだが。


「待ち合わせでいらっしゃる方が多いですね」


「そっか。駅近いですしね」


毎年母と二人でクリスマスを過ごしていたので一人なのは初めてだ。

クラスのみんなはカラオケやボーリングに行くプランを立てていたがさすがに行く気にはなれなかった。

葵は剣道部の仲間とクリスマス会をやるらしい。

まだ牧野が何か言いたそうにしていたが時間も遅いのでその後は黙々と作業を続けた。


店長への挨拶を済ませ帰ろうとしたとき、牧野と帰る方向が同じであることが判明した。

夜も遅いので京香の家の近くのコンビニまで一緒に帰ろうと牧野に言われた。

気乗りはしなかったがここでわざわざ別々に帰るのも変なので従うことにした。


「そういえば文理選択はどうすることにしたんですか?」


牧野が自転車を押しながら話題を振ってきた。


「あ、その節は色々と相談に乗ってくださってありがとうございました。文系に行くことにしました。私キャパ小さいのでどこかで躓くとテンパっちゃうんです。だから苦手なものから逃げる感じにはなりますが勉強により集中できる方にしようかと」


圭介に言われたことも引っ掛かっていたがやはり自分で考えて文系を選んだ。

京香は進路に迷っているわけではなく既に明確な目標があるので、それに向かって進む方が効率的だと思ったのだ。


「逃げるだなんて。ちゃんと考えてるじゃないですか。偉いですよ」


「ありがとうございます…ホント優しいですね牧野さん。励まされてばかりです」


「そうでしょうか。周りには冷たそうだと言われることが多いのですが」


「そうですかね…?」


冷たそうというよりは…


「あと堅そうとか」


そうそうそれそれ。

牧野本人の口から答えが出てきた。


「それは話し方のせいじゃないでしょうか。私4つも下なんですからもっとフランクに話してくださって大丈夫ですよ」


「ああ、なるほど。それはあるかもしれないですね。親しい友人にはもっと砕けた話し方をするのですが、それ以外の人は同い年だろうと年下だろうとこうなってしまうんですよね」


「言葉遣いに厳しいお家なんですか?」


「いえ、普通だと思います。父は税理士をしていますが特に厳しいという感じではないですし」


「税理士さんなんですか。あ、もしかして牧野さんが経済学部にしたのって…」


「はい。父の影響ですね。文理選択の時は父の職業を意識してはいなかったのですが、高2の終わりに叔母がフリーランスの仕事を始めて、父がとても親身に相談に乗っていたんです。叔母と父は元々仲の良い兄妹だったんですが、それでも叔母が助かったと感謝しているのを見て父の仕事に興味を持ったんですよ」


「そうだったんですね」


牧野は当初理系クラスだったが文転し、3年のとき志望学部を経済に絞ったと言っていた。

文転した理由がわかって納得する。


「あと…あまり言いたくなかったのですが…」


「はい?」


まだ他にも理由があるのだろうかと思っていると


「自分がこの話し方なんは関西弁が出えへんようにしてるからなんよ」


「え!?」


突然の関西弁に耳を疑う。


「僕のイメージにあらへんやろ?関東におるわけやないんやからここまで隠さんでもええと思うんやけど…やっぱちょっと恥ずかしいねん」


あまりのギャップに驚きと戸惑いで思わず笑みを零してしまう。

なんだか可愛い。

聞くと牧野は中学までは関西に住んでおり、父が地元で税理士事務所を開くことになったためこちらに越してきたのだそうだ。

敬語であれば関西弁を抑え込めるのであえて使っているという。

この辺りは関西のイントネーションに近い部分があるのでまだましだが、それでも目立ってしまうのが嫌なのだろう。

あまり会話をしたがらないように見えたのも実はそれが理由なのかもしれない。


「結構気にしいなんですね」


意外な一面だ。もっと周りを気にしないマイペースなタイプなのかと思っていた。


「いやいや、僕わりと繊細やで?」


「ぷっ!性格変わってません?!」


あまりの変化にふき出してしまった。


「白洲さんがわろてくれるんやったらこの喋り方もええかもしれへんな」


クスクス笑っていると牧野の頬が緩み安心したように言った。

京香に元気がないからと渋りながらもカミングアウトしてくれたのだとわかり、嬉しいやら申し訳ないやら複雑な気持ちになった。


京香の周りは優しい人ばかりだ。

自分からは何も返せないのに優しくされると困る。

京香からの一方的な我儘になってしまうのではないかと不安になるのだ。


コンビニ前で牧野と別れ帰宅する。

部屋に入り荷物を置いたとき隣の部屋のドアが閉まる音がした。

圭介が帰宅したようだ。

ほぼ同時の帰宅だったので鉢合わせしなかったことに安堵する。


遅くなってしまったが昼に作っておいた晩御飯をそっとドアの前に置いておいた。


(大家さん早く帰って来てくれないかな…)


この気まずさから早く解放されたい。

自分の弱さと向き合う気力はもう京香には残っていなかった。

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