雨
最寄り駅には20時頃に帰って来れた。
昨日圭介に晩御飯を渡しておいて正解だった。
こちらでは冷たい雨が降っていた。
雨に濡れたアスファルトが街灯のオレンジの光を反射している。
改札を出て自宅方面の出口手前でリュックから折り畳み傘を出した。
雨。駅。傘。
吐き出す白い息が暗闇に消えるのをぼんやりと眺めながらあの時のことを思い出す。
父が亡くなった日。
あの日も冷たい雨が降っていた。
傘をさす手が震える。
(あの時私があんなことをしなければ…)
朧気だった記憶が鮮明に蘇る。
寒さと恐怖で全身が震え出した。
泣いちゃダメだ。
目の奥が熱くなる。
懸命に涙を堪え早く帰らなければと自分を鼓舞する。
ヴヴヴ…
スマホのバイブの振動で我に返った。
圭介からの着信だ。
何かあったのだろうか。
震える手で通話ボタンを押す。
「もしもし…?」
『あ、白洲さん?今どこ?』
「駅ですけど…」
『もう着いたんだね。今ちょうどバイト終わったとこだから一緒に帰ろう。迎えに行くよ。夜だから危ないし多分人目にもつかないと思うし』
「え」
圭介の言葉に固まる。
―――迎えに来る…?
『うん?どうした?』
「………」
『もしもーし?あれ?電波おかしい?』
「…来ないでください」
『え?』
「来ないでください!」
空気が震えるほどの大声で叫んでいた。
『え!?何?何かあった?』
「一人で帰れます」
『いや、待って!マジで危ないし!見られたくないならフード被るから!』
混乱して焦った圭介が早口で捲し立てる。
「そういうことじゃ…ないんです…」
『じゃあどういう…』
「…先輩の顔も見たくないんです!!!だから来ないでください!」
『え!?俺何か…』
と圭介が言いかけたところで通話を切りスマホの電源もOFFにした。
「ハァ…ハァ…私…何言ってんだろ…」
自分でもわけがわからないまま罵声を浴びせてしまった。
圭介は何も悪くないのに。
心臓がバクバクいっている。
なんであんなことを言ってしまったんだろう。
きっとあの時のことを思い出していたからだ。
でも圭介には関係じゃないか。
自分が言ったことを反芻しさらに混乱する。
傘をさし逃げるように自宅へ帰った。
部屋のドアを乱暴に閉め鍵をかける。
傘の意味がないほど服もリュックもびしょ濡れだ。
寒い。早く風呂に入らなければ。
服を脱ごうとしたところでインターホンが鳴った。
「…白洲さん?帰ってる?」
ハッとしてドアに目をやる。
ドアの向こうから圭介の声が聞こえた。
走って帰って来たようだ。声に余裕がない。
心配してくれているのだ。
でも会いたくない。
顔を見ることができない。
スマホの電源を入れメッセージアプリで無事帰って来ていることだけを知らせた。
『先ほどはすみませんでした。帰っています。これからお風呂なので失礼します』
ドアの向こうの圭介のスマホからメッセージ着信の音がし、すぐ返信が返って来る。
『無事なら良かった。俺も余計なことしてゴメン。ゆっくり休んでね』
圭介からのメッセージを受信したところで隣の部屋のドアが閉まる音がした。
余計なことじゃない。
余計なことじゃないのに。
圭介の優しさに唇が震え今度こそ涙が溢れてきた。
あぁ、やっぱりダメだ。
優しくされると怖い。
あの事があってから誰にも頼らないと決めたじゃないか。
それなのにそんなことも忘れて圭介にも葵にも寄りかかってしまった。
2人に何も返せていないのに。
自分にはそんな権利はないのに。
最近楽しいことが続いて調子に乗っていた。
一人で生きて行かなければ。
折角育った京香の心は圭介と出会う前に巻き戻ってしまった。




