七回忌
京香の父、知宏が亡くなって6年。
12月の命日に近くなると京香は物思いに耽ることが多くなるのだが、今年は忙しかったからかその回数は少なかった。
圭介と過ごすことで気が紛れていたのかもしれない。
気付けば七回忌は明日に迫っていた。
今日の夕方父の実家の金沢に1人で向かうことになっている。
朝のうちに今日の夜、明日16日の朝と夜の3食分の食事を用意して圭介に渡した。
「明日の夜は帰りが何時になるかわからないので作っておきました」
「わざわざありがとう。忙しいのにゴメンね」
「いえ。一晩泊まるだけなのでそんなに準備とかはないですし」
「あっちは寒いだろうから気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
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放課後。京香は真っ直ぐ家に帰り、私服に着替えてから荷物を持って駅に向かった。
駅の自動切符売り場で特急のチケットを買い列車に乗り込む。
金沢に着くまでの2時間半を本を読んで過ごした。
列車を降りると外の寒さに身が縮こまる。
冬の金沢はやっぱり寒い。
雪は降っていなかったが今にも雨が降り出しそうな空だった。
改札を通るとコンコース柱に寄りかかりながらスマホをいじる母を見つけた。
時刻は19時前。
「ゴメン。待った?寒いから駅ビル入っててくれてよかったのに」
「私もちょっと前に着いたとこだから大丈夫。仕事の電話もあったし」
金沢駅は北陸新幹線の延伸開業に合わせリニューアルが行われ、以前に比べかなり綺麗になった。
駅ビルのお店も増えていつも観光客で賑わっている。
今日は金曜日なので特に人が多い。
「そっか。すぐ移動する?」
「うん。おばあちゃん待ってるしね」
バスには乗らずタクシーに乗って父の実家に向かった。
「あ、お父さんの大学」
母がタクシーの窓から京香の父の母校である国立大を眺めていた。
京香も今の志望校に変えるまでは父の母校も選択肢の一つだった。
経済学部もあるし、祖母の近くに住むのもいいなと思っていたのだ。
祖母は夫である祖父を亡くして以来一人暮らしをしている。
祖父が亡くなったのは父が亡くなる前のことだ。
父の実家に着くと祖母の大歓迎が待っていた。
「おかえりー!市香さんも京ちゃんも元気だった?」
「おばあちゃん!ただいま!」
「お義母さんご無沙汰してます」
京香はこの祖母が大好きだ。
とても穏やかな人でいつでも優しく生まれた時からずっと可愛がってもらっている。
きっと自分の子どもには厳しかったのだろうが孫には甘い典型的なおばあちゃんだ。
「京ちゃん一人で来たの?頼もしいわね~」
「おばあちゃん私もう高校生だよ?」
「おばあちゃんにとってはいつまでも可愛い孫だもの。それにしてもお盆以来だけどなんだか雰囲気が変わったわね」
「お義母さんわかります!?そうなんですよー!」
話題が望まぬ方向へ向かいそうだったのでさっさと話を切り上げる。
「おばあちゃん何か手伝えることある?」
「京ちゃんはいつも優しいね。ご飯はもう出来てるから大丈夫よ。座ってて」
「ありがとう。何かあれば言ってね」
母と居間のテーブルに座り台所の祖母を見やる。
祖母は70歳手前でまだまだ元気なのだが
年々小さくなっていく祖母の背中を見るたび寂しさを覚える。
今はもう京香の身体の方が大きくなった。
「あ、おばあちゃん私が運ぶよ」
祖母が食事を居間に運ぼうとしたので京香が申し出た。
「あ、治部煮だ!私おばあちゃんが作るの大好き!」
「ありがとう。知宏も好きだったのよ」
祖母の作る治部煮はこってりとろとろで、お麩から甘い汁がじゅわっと広がるのが堪らない。
わさびを付けるとまた違った味わいが楽しめる。
「そうなんだ。…後で作り方教えてくれる?」
「いいよ。京ちゃんはお料理上手だもんね」
「京香は圭介君に作ってあげたいんでしょ?」
母がニヤニヤしながら余計な茶々を入れてくる。
「お母さんうるさい」
「あら?もしかして京ちゃん?」
「違うの!おばあちゃん気にしないで!」
「お義母さん実は~…」
「もー!お母さん!」
女三人揃えばいつもは静かな祖母の家がとても賑やかになる。
(おばあちゃんが楽しそうだからいいや)
明日の朝は早いし電車の旅で少し疲れてもいたのでこの日は早めに就寝した。
湯タンポで温まった布団はふかふかで祖母の匂いがした。
七回忌はお寺ではなく家に住職を招いて行われた。
葬儀の時は父の学生時代の友人や会社の人がたくさん来ていたが、七回忌は参列者が親族だけなので小ぢんまりとしている。
京香も母に倣って座布団を出したりお茶を用意したりして手伝った。
お経を上げている間京香は父の遺影を眺めていた。
目元が祖母に似ていて京香もまた同じところが似ているとよく言われた。
父は38歳の時に交通事故で亡くなった。
礼儀に厳しいところもあったが物静かで優しく京香とも仲が良かった。
特に京香は一人娘だったので溺愛とまではいかなくとも相当甘やかされていたと思う。
今父が生きていたらどうなっていただろう。
毎年父の命日に思うことだ。
あの高校に入れたことを喜んでくれただろうか。
料理を作れば美味しいと言ってくれただろうか。
勉強も教えてもらえたかもしれない。
もっと聞きたいことがたくさんあった。
京香が銀行員を目指している本当の理由は父が銀行員だったからだ。
圭介に言った安定した職業というイメージがあるからというのも理由の一つではあるが、父がどんな思いをして働いていたのか同じ景色を見てみたいと思ったのだ。
父の母校を志望校にしようかと考えていたのも父の軌跡を辿りたかったからかもしれない。
斜め前に座る祖母に目を向けるとじっと前を見据えていた。
夫に先立たれ息子を亡くし一人で暮らしている祖母。
父が亡くなってからも父の昔の話はしてくれるがあまり写真を見ようとしないことに京香は気づいていた。
きっと自分よりも悲しみは深いと思う。
本当はいつも金沢に帰って来るのが怖い。
祖母に会えるのは嬉しいがその大好きな祖母が心の中では自分を責めているのではないかと思ってしまうからだ。
父が死んだのは不運な事故だった。
みんな相手の運転手を非難した。
雨の日の夜だったとはいえ車のスピードを出していたことも原因だった。
でもあの時、父も急いでいたのだ。
それは…
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「京ちゃん遅くなっちゃったね。気をつけて帰ってね」
「うん。大丈夫。おばあちゃんも身体大事にしてね」
食事会の後祖母と母と3人でパンケーキを食べに行き、盛り上がり過ぎて気付いたときは夕方だった。
「京ちゃん、一人で頑張り過ぎないでね。知宏は京ちゃんの幸せを願ってるからね」
「うん…ありがとう」
(私の幸せ…お父さんが…そうなのかな…)
「じゃあお義母さんまた」
「またね」
帰りの特急の中、京香は読み進まない本の同じページを開いたままだった。




