プレゼント from 圭介
圭介は不安だった。
クリスマスを一緒に過ごそうと誘った相手、京香の気持ちについてだ。
一応は承諾してもらえたのだが、京香がそれほど乗り気でないように感じられたのだ。
冬休みの話の流れから『ドーナツ食う?』くらいの気軽さで誘ってしまったのがいけなかったのか。
もっとムードやら雰囲気やら気にした方が良かったのか。
恋愛経験のない圭介には正解がわからない。
そもそも京香がクリスマスが嫌いという可能性はないのだろうか。
その前に自分が思う程仲が良いとは思われていないとか。
いやいや、もっと深く考えれば…
…ネガティブ圭介発動である。
昼休み。
食堂で友人の祐樹と昼御飯を食べながら圭介の心はここに在らずだった。
そんな圭介を訝しがった祐樹が気遣う振りをしてかまをかけてきた。
「どうした。全国模試の順位でも落ちたか?」
「ん?特に大きな変動はなかったと思うけど」
「じゃあ女だな」
「ごふっ!!」
食べていたうどんが鼻から出てきそうだった。
「なな…!?なんだ突然!今そんな話してたか??」
「顔に出てるぞお前」
え?え?と顔に手をやる。
「冗談だよ。まぁここでは話せんな。場所を移そう。早く食え」
「いや、なんで話すことになってんだよ。てか別に何も…」
「…いいのか?悩んでんだろ?」
なんなんだこいつの読心術は。
しかし圭介の数少ない友人である祐樹は過去に彼女がいたことがあり、さらに2人の姉がいる。圭介の人生2回分くらいは女慣れしているはずだ。
相談相手としてはこれ以上ない適任者なのかもしれない。
流されるのは納得がいかないがここはひとつ乗ってみることにした。
昼休み明けの授業が情報処理だったので2人で早めにパソコンルームへ向かった。
予想通りまだ誰も来ていない。
誰かが入ってこないか確認出来るようドアが視界に入る奥側の席に並んで座った。
「で?クリスマスか?」
「だからお前のそれはなんなんだよ!?心を読むな!こえーよ!」
「あのな、簡単な推理だろうが。文化祭の時意識している女の存在がバレている。今は12月。彼女がいたことのないお前が悩むのはクリスマス案件だ。むしろこんなの推理ですらないぞ」
祐樹が指を1つずつ折りながらズバリと言い当てる。
「うぐぐ…」
「じゃあ聞こうか」
完全に祐樹のペースだ。
友人ながら恐ろしい。
もうどうにでもなれと観念した。
とある事情から食事を提供してくれる女性(イニシャルS)が出来たこと。
そのSさんとは恋愛関係にあるわけではないこと。
思い切ってクリスマスに誘ってみたがSさんが乗り気でなさそうなこと。
祐樹は圭介の一人暮らしの事情も体質のことも知っているが、京香のことは可能な限り包み隠して話した。
京香のために関係を伏せなければいけないのは勿論のこと、それに加えて友人であろうと男である祐樹に京香の存在を知られるのも嫌だったのだ。
どんだけ独占欲が強いんだと自分でも呆れる。
「…てな感じで実は嫌がられているんじゃないかと…」
「ふーん。てかお前恋愛対象は女なんだな」
「そこからかよ!?確かに大半の女は嫌いだけど!」
「まぁそれはいい。とりあえず圭介はそのSさんが好きってことでいいな?」
「あ、ああ…」
改めて言われると照れる。窓を突き破って飛び出したいくらいだ。
「まずお前が考えるべきはプレゼントのことだと思うぞ」
「そうなのか?」
「相手がどう思っていようと誘ってOKをもらったという事実は変わらないじゃないか。もし仮に嫌々OKしたという場合でもプレゼントで挽回できるかもしれないだろ」
「おまっ…!天才か…!!」
「学年一位に言われてもな」
祐樹が苦笑いしながら言う。
確かに起きたことを悔いても仕方ない。
この状況をどう打開するかを考える方が建設的だ。
「あとお前から聞く情報を整理すると少なくとも嫌われてはいないと思う」
「マジで!?」
食い気味に反応する。
「ああ。お前のわけわからん体質を疑うこともなく飯を作ってくれてるんだろ?そこに勉強を教えてもらうと言う打算的な理由があったとしてもプラス要素だと俺は思うな。好きな男がいるのに別の男と2人きりになるような子でもなさそうだし。今の段階では好かれているかどうかより嫌われていないということの方が重要だ」
「おおお…そんな気がしてきたぞ祐樹」
確かに京香から彼女がいるか聞かれた時、京香もそういう存在がいないような素振りだった。
他に好きな男も…いないと思う。多分。
事実そうではないとしても期待してしまう。祐樹の言葉に縋りたくなる。
「で?圭介はどうしたいわけ?」
「どうしたいって…」
「Sさんと付き合いたいのか?現状維持でいいのか?」
「それは…」
圭介はそこまで考えを踏み込めてはいない。
結局いつも八方塞がりになるからだ。
祐樹に自分の恐ろしくカッコ悪いところを見せて引かれないか悩んだが、思い切ってこのことを伝えてみた。
どうせ一人で悩んでいても答えは出ない。
「なるほどな。相手の気持ちがわからないから踏み出せないというのは仕方ない。全員が通る道だ。だがここで前に進む奴は何がきっかけで行動に移すと思う?」
「んん?なんだろう。勇気を出すとか?」
「それはきっかけじゃないだろ。…独占欲だよ」
祐樹が呆れたようにあっさり答えをくれた。
独占欲。
先ほど自分が考えていたことを見抜かれたようでドキリとする。
「みんな自分以外の誰かに取られるかもしれないということに耐えられなくなって前に進んでしまうんだ。付き合えば少なくとも他の男を近づかせない理由が出来るだろ?」
今まさに自分の置かれている状況を掲げられ、圭介は堪らずギュッと両手を膝の上で強く握った。
「お前の話を聞く限りSさんはかなり良い子なわけだ。というかお前が好きになるくらいだから顔がどうこうよりも内面がいいんだろうな。目立たなくてもそれを知った男はすぐ好きになてしまうかもしれない。そしてSさんがその男を好きにならないと断言できるか?告白されて初めて意識する人もいるからな。それまでは好きじゃなかったとしても告白きっかけで両想いになることもあるぞ」
祐樹の話に焦りと緊張で汗が噴き出してくる。
京香を好きになる男が現れるかもしれないとは思っていたが、京香がその男を好きになるとまでは考えていなかった。
「で、だ。お前もその可能性に懸けることが出来るんだよ」
はっと顔を上げる。
「さっきも言ったように嫌われてはいないだろうから気持ちを伝えてその場でバッサリ断られることはないと思う。戸惑いはするかもれんが。向こうも好きでいてくれたら万々歳。好きじゃなかったとしても意識させることは出来るだろうから言って損はないんじゃないか」
「祐樹…お前…神か…」
「圭介は賢いのにアホだなホント。ヘタレだし。これまでお前に告白してきた女子にこの姿を見せてやりたいわ」
感動していたら辛辣な言葉を浴びせられた。
いや、本当にそう思う。
こんな情けない姿を見たら誰も自分を好きになんてならなかっただろう。
「あとお前さっきアピールしてるけど反応が薄いって言ってたな」
「うん」
「圭介はもっと自分の顔のヤバさを認識すべきだと思うぞ」
「え!?ヤバいってどの辺が???」
「男に免疫ない女子がお前みたいな美形に迫られたら揶揄われていると思うに決まってんだろ。鏡見ろ。両想いになるまでは封印しとけ」
なんてこった。
もっと早く祐樹に相談すべきだった。
手遅れだ。
はっきりと嫌がられていないのをいいことに調子に乗っていた。
京香のこれまでの言動に思い当たる節があり過ぎる。
さっきまでのやる気がまた萎んでいった。
「ったくめんどくせー奴だな。だから嫌われてはいないって言ってんだろ。プレゼントのことはいいのか?」
「は!そうだ!何をあげればいいと思う!?」
「いきなり丸投げするな。まずは自分で考えたものを提案しろ。ダメ出ししてやる」
「祐樹先生…何を基に考えたらいいのかすらわかりません…」
「はー…そういう時は自分に置き換えるんだよ。大体自分の好きなものに関するプレゼントだったら嬉しいもんだろ。Sさんは何が好きなんだ」
「えっと…料理とか勉強とか」
「勉強ってなんだよ。お前じゃあるまいし」
あれやこれやと案を出してはダメ出しを食らいなかなかプレゼントは決まらず、予鈴が鳴るまで祐樹の講義が続いた。
1年からの付き合いのある祐樹だが恋愛に関してここまで頼れる男だとは圭介も知らなかった。
飽きるほどイケメンと言われ続けてきた圭介でも祐樹のイケメンぷりには敵うはずもないと思うのだった。




