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プレゼント from 京香

京香は悩んでいた。

勿論圭介へのクリスマスプレゼントのことだ。

ディナーのメニューは何を作っても喜んで食べてくれるのはわかっているので深くは考えていない。

しかしプレゼントとなると話は別だ。

本人に欲しいものを訊いてはいけないそうなのでなんとか自分で考えなければならない。

というかサプライズなんて非効率なことは必要なのだろうか。

お互いに欲しいものを言い合う方が無駄がないと思う。

余計なことを吹き込んでくれた圭介のクラスメイトを恨んだ。



昼休み。

京香は席に座りスマホで圭介へのプレゼントを検索していた。

『クリスマス 男 喜ぶ プレゼント』

『クリスマス 男子高校生 嬉しい プレゼント』

どれもしっくりこない。

色々あり過ぎてどれに目星をつければいいのかもわからない。


(もう本人に訊いてしまいたい…)


早くも諦めモードに入ってしまった。

そしてあまりに集中していたために背後の気配に気づかなかった。


「わっ!」


「うわぁっ!!」


突然後ろから肩を掴まれビックリして振り返ると葵が立っていた。


「な、何…」


「スマホの画面見えてるよ」


「え!?」


スマホを抱くようにして画面を隠す。

が、手遅れのようだ。


「見た…?」


「うん。見た」


へらっと笑って誤魔化そうとしたが葵の笑顔がそれは無駄だと言っている。

葵は京香から話を切り出すのを待っているようだ。

いつかは圭介のことを話そうかと思っていたのだがここはもう恋愛歴のある葵に話を伺うのが良いのかもしれない。


「実は葵さんに相談が…」


「ほーほーついにきたか。この葵さんに何でも聞きなされ」


お察しの通りである。

以前休みの日に遊びに出掛けようと葵が言ってくれたことを思い出し誘ってみると、土曜日の午後からなら、とOKしてもらえた。

ランチをしながら相談することにした。



************



土曜日の昼過ぎ。

午前の部活が終わった葵と駅で合流し、駅から出ているショッピングモール行きの無料バスに乗り込んだ。


「一応シャワー浴びて来たんだけど私臭くない?」


葵が自分の脇の匂いをクンクン嗅ぎながら訊いてきた。

花も恥じらう女子高生がなんちゅーことをしているんだ。


「全然大丈夫。てかシャワー浴びたんだ」


「浴びないと外出られないよ。異臭騒ぎ起こる」


「んなバカな」


剣道部に所属する葵は夏だろうと冬だろうと自分の汗の匂いに敏感だ。

だからなのか制汗剤に異様に詳しい。

今日はお出掛けということで部活終わりにわざわざシャワーを浴びて来たようだ。


郊外の大型ショッピングモールに到着し早速ランチに向かう。

葵がパスタ好きということでお箸で食べる和風パスタのお店を選んだ。

昼の一番混んでいる時間帯は過ぎていたので比較的すぐに席に通された。

葵はたらこクリームパスタを、京香はシーフードスープパスタを注文した。

お水を飲んで一息つき、葵が『さあ話せ』と目で促してきた。


「あまり詳しくは話せないんだけど…」


「ほう。じゃあイニシャルトークでいこうか」


探偵みたいだ。男前過ぎる。


「う、うん。えと、別に付き合っているわけではないんだけど…」


と圭介との関係をオブラート三重巻きくらいにして話した。

まずは自分が一人暮らしをしていること、とある事情である男性とよく食事を共にしていること、

話の流れでクリスマスを一緒に過ごすことになったこと。

葵は口を挟むことなくじっくりと耳を傾けてくれていた。


「…というわけで何をプレゼントしたらいいかな、と」


「ふむ。色々突っ込みたいんだけど、1個ずついいかな」


「ど、どうぞ」


何か怒られるような点があっただろうかと緊張して手に汗を握る。


「まず、一人暮らししてたんだね」


「うん、4月からなんだけど。お母さんと義理の父は関西に住んでて…」


「早く言いなよ!大変じゃん!困ったことあったら言って!」


「え!?そこ??」


「当たり前でしょ!女子高生一人暮らしなんて危ないし!」


葵が心配してくれていることに驚きと共に嬉しさが込み上げてきた。

小学生の頃から家で一人だったのでそれが一人暮らしになったところで大した変化だとは思っていなかった。

大家さんもすぐ隣に住んでいるし今は圭介もいるということで確かに気が緩んでいたかもしれない。

有難くその申し出を受けることにした。


「次にそのKさん?女子高生の一人暮らしの部屋に上がってご飯食べてるとか大丈夫なの?」


(まぁそうなりますよね)


葵の反応はしょうがないと思う。


「ほんっとにマジで何もないから。勉強教えてもらってその御礼にご飯作ってるだけだから」


「いやいや、そうは言っても怪し過ぎでしょ」


「あの人女嫌いで大家さんに逆らえないから私に何かするとか絶対にないの」


「ん?恋愛対象が男ってこと?」


「それは…わかんない」


「うーーん…まぁ京香がそう言うなら一先ず信じるよ」


案外あっさり受け入れてくれた。

葵の柔軟さに救われる。

パスタが運ばれてきた。


「で?京香は絶対に何もしてこないその男が好きなの?」


葵がパスタを頬張りながらズバリ訊いてきた。

何もしてこないとはなんだか語弊がある感じがするが思ったことを返答する。


「…それは…多分…」


「まだわかんない感じ?」


「恋愛したことないからはっきりとは言えないけど多分…好き…かな」


『好き』という言葉を初めて口にした途端猛烈に恥ずかしくなった。

認めたくなくて蓋をしていた気持ちだ。

葵の前ではなぜか素直になってしまう。

喉が渇いて水をぐびぐび飲みほした。


「そうか。じゃあさ、Kさんが他の誰かと付き合ったりしたらどう思う?」


「……嫌だ…けど」


絶対嫌だ。

圭介のあの笑顔を自分以外の誰かに向けられていると思うと胸が締め付けられる。


「けど?」


「仕方ないとも思う」


「どういうこと?」


「あの人超絶ハイスペックなの。頭良くて顔も良くて性格も良くて頼りにもなって。私なんかじゃ釣り合わないから」


あんな素敵な人に自分が選ばれるなんて万が一にもないという気持ちもあるが、圭介と並んで惨めにな思いをしたくないというのも本音だ。


「はーー…釣り合わないねぇ…」


Oh…とでも言いそうな欧米な仕草で葵が溜息をついた。


「まぁいいや。それはそれとして、京香はKさんとどうなりたいの?」


(そこはいいんだ)


『ネガティブになるな!』とか発奮させられるのかと思いきやこれまたスルーしてくれた。

自分の中の体育会系という概念を修正すべきだと京香は思った。


「え。えと…もうすぐ一緒にご飯食べる約束の期間が終わるんだけど、できればもう少し一緒にいられたらな、と」


「一緒に過ごせたらそれでいいのね?」


「…うん」


「Kさんに彼女ができても」


「……うん」


恐らくそれは耐えられないが一緒にいたい気持ちを優先させる。


「じゃあまずはそれを目指そうよ」


「え?」


「小さい目標からクリアしていけばいいんだよ。その先のことはその時また考えればいいし」


葵の言葉がストンと胸の奥に落ちてきた。


「あ……そっか。そうだね」


この子は人生2回目強くてNEW GAMEとかなんだろうか。

こちらが言ってほしいことをわかっていたかのように投げかけてくれる。

自分の願っていたことが“希望”ではなく“目標”という言葉に変わっただけで京香の気が大分楽になった。

テスト勉強のように自分が努力をすればいいだけのことじゃないか。

全てにおいて諦めていたことがもう少し頑張れそうな気がしてきた。


「んで、クリスマスだっけ。てか誘われてる時点で脈ありなんじゃないの?」


「え!?ち、違うと思う…よ?」


実のところたまにアピールされているのではないかと勘違いしそうになるようなことはある。

最近妙に距離感が近いと感じてもいる。

これまでのことを思い返していると葵に意識を引き戻された。


「なに?何かあったの?」


「いや、あの…」


学校でのことは話さず家であったことの触りだけをいくつか話した。


「…は?」


と言われ顔を上げると葵の目が座っていた。


(今度はなんかキレてる…?)


「二人それで付き合ってないの?」


「え、うん」


「いやいやいやいや…アホなの?」


「アホ???」


葵が頭を横に振りまた盛大な溜め息をつく。


「とりあえず京香。これだけは言っとくわ。それで京香のこと何とも思ってなかったらKさん相当ヤバい結婚詐欺師だよ??」


「そ、それはない!!」


全力で否定する。

あの圭介がそんな人種なわけがない。

そもそも女好きじゃなければ結婚詐欺師にもなれないはずだ。


「でしょ?詐欺師じゃないって言うなら脈ありってことにならない?」


「そうかな…」


なるほど。逆説的だ。

なぜだか納得させられそうな気になってくる。


「かと言って京香の性格上グイグイ行くのは無理なわけでしょ」


「うん、そう。よくわかったね」


「わからいでか。ならそうだなー…」


葵が色々と考えてくれている中、京香は初めての自分の恋バナに気持ちが高揚していた。

恐らく葵が相談相手として最適だったというのもあるのだろうが、こんなに前向きになれるなんて思っていなかった。

女子がこれで盛り上がる理由が分かった気がした。

京香も友達である葵が本当に悩んでいたら応援したい。

それを大きなお世話だろうと京香は思っていたのだが、実際自分が体験すると話を聞いてもらえることも励ましてもらえることもこんなに嬉しいなんて。


パスタ屋でプレゼントのことも話し合い、ショッピングモール内で一緒に探してもらった。

もう葵には何があっても頭が上がらない。

頼もしさが尋常じゃない。

結局プレゼントは定番のものに落ち着いた。

圭介は喜んでくれるだろうか。

イブ前日は緊張で眠れなさそうな予感がした。

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