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ちゃんこ鍋

京香がバイト先から帰って来ると部屋の鍵が掛かっていなかった。

まさかと思いそっとドアを開けると誰かの声が聞こえる。

そこにはなぜか母の市香と圭介がちゃぶ台を囲んで談笑している姿があった。


「え。なんで?」


いや、本当になんでだ。

母は明日学校で待ち合わせて保護者面談に向かう予定だったはずだ。

想像もしない状況に混乱する。


「あら、おかえりーお先でーす」


「おかえり」


母は朗らかに笑いながら京香を迎え、圭介の声にはやや緊張の音が混じっていた。


「いやいやいや、おかえりじゃないじゃん!何してんの!?」


「イケメンとお茶」


「挨拶とかいいって言ったでしょ!」


「京香はそう言ったけど私はそれに承諾してないわよ?」


ぐぬぬ…。

母はこういうところがある。


「ところでご飯どうする?」


「もー…話聞いてよ…」


ケータイに連絡をしたと母に言われ、着信があったことを思い出した。

急いでいて後回しにしたのがいけなかった。


「圭介君は外食無理なのよね?何か作る?」


「…お鍋の材料買ってきてる」


スーパーの袋を掲げる。

バイト帰りに寄って買って来たのだ。

というかその前に“圭介君”てなんだ。

いつの間にそんな仲になったんだ。

勝手に話進めてるし。


「鍋!?」


圭介が身を乗り出して目を輝かせる。

本当は圭介と二人で鍋をつつきたかったのだが仕方ない。


「じゃあ準備するからお母さんも手伝って」


「りょうかーい」


「先輩は部屋に戻りますか?」


「ううん。見てる」


母に変なことを言っていないか追及したかったのに…。

空気を読んで欲しい。


土鍋は一人用のものしかないので以前誕生日プレゼントに買ってもらった電気グリル鍋をちゃぶ台に出す。

母と一緒に住んでいた時はよく二人して鍋で温まっていた。


白菜と水菜と人参とカットしめじにえのき、さらに豆腐と鶏肉を用意する。

白菜と水菜とえのきはザク切り、人参はいちょう切りにし、豆腐は賽の目に、鶏肉は一口大サイズに切る。

鍋つゆは市販のもので定番のちゃんこにした。

つゆを鍋に入れて沸騰したら鶏肉、白菜の芯、人参、残りの野菜、豆腐の順に入れていく。

最後にアクを取って完成。


圭介は作っている様子を旨そう旨そうと言いながら鑑賞していた。


「では食べましょう」


「「「いただきます」」」


3人の声が揃った。


「先輩、取りますよ。何がいいですか?」


「とりあえず全部!」


「はいはい」


ニコニコ顔の圭介から取り皿を受け取り具を入れていく。


「俺めちゃ食べちゃうかもだけどいい?」


いつもは二人なので三人分の量が用意されているか心配だったようだ。


「はい。大丈夫です。ちなみに〆はうどんですよ。卵でとじます」


「あーそれアカンやつ。堪らんやつ。完食しちゃうでごわす」


「いつも完食してるしなぜ力士だし」


そんな二人の光景を母がニヤニヤしながら眺めていた。


「ちょっと、何よお母さん…」


「えー?べっつにー??とりあえず私の存在忘れないでもらえるかしらー?」


「あ、すみません…」


圭介が小さくなる。

確かに忘れてました。はい。


「いーのいーの!ね!普段通りでね!」


「はい…」


母と圭介の視線が不自然に交差する。


(この二人絶対何かあったな…)


あとでそれぞれ詰問しなければ。


食卓では学校やバイトのことなど当たり障りない会話で盛り上がった。

文化祭の写真を見ているとき、母は圭介の執事姿に絶句していた。

気持ちはわかる。

しかし母のことなのでもっと二人の関係を問い質してしてくると思っていたのだがそうしないところがやっぱり怪しい。


夕食後。

あとは親子水入らずでどうぞ、ということで

圭介は自分の部屋へ帰って行った。



***********



風呂から上がり2人でまったりしているとき思い出したように母に話を切り出された。


「そういえば15と16日なんだけど」


「あ、うん」


父の七回忌のことだ。

命日は15日だが今年は土曜日である翌16日に法事を行うことになっている。

父の実家は北陸にあり、前日入りして土曜の夜に帰って来る予定だ。


「やっぱり直接行くわね。福井経由で」


「わかった。じゃあ駅で待ち合わせ?」


京香は最寄り駅から出ている特急でそのまま向かうことにする。


「うん。そうしよう。おばあちゃんが事前にほとんど準備してくれるみたいだから甘えちゃおう」


「おばあちゃんが大丈夫ならいいけど…」


「いーのいーの。おばあちゃんもたまには頼られたいのよ」


父方の祖母には父とその弟を産んだ他に女の子がいなかったこともあり、母の市香を本当の娘のように可愛がっている。

市香は甘え上手なところもあり頼って欲しい祖母との相性が良いようだ。


そろそろ圭介にもちゃんと予定を伝えておかなければ。

金曜の夜は一緒に食べられないのでタッパーに入れてご飯を渡しておこう。

土曜日の朝はおにぎりにして、昼は家庭教師だから神崎家で食べるはず。

夜は間に合うか微妙だから焼きそばとかを用意するか。


「圭介君とのご飯楽しかったわねー」


圭介のご飯のメニューを考えていたら話が変わった。

母はとことんマイペースだ。


「ご飯作る約束は今月末までだけどね」


「そうなの?別にこれからも一緒に食べればいいじゃない」


「大家さんが帰って来るまでって約束だもん」


「約束って…京香はそうしたいんじゃないの?」


「……別に」


「はー…出た」


いつものように逃げる京香に母は呆れ溜息をつく。


京香はあまり自分の希望を口にすることはない。

欲しがらなければ傷つくこともないからだ。

欲しかったものを手に入れても大切なものになり、そしてまた失いたくない気持ちが芽生えてしまう。

自分が傷つかないための防衛線を張るなんて子どもみたいだと自分でもわかっているが

どうしてもそれを止めることが出来ない。


「まぁいいけど」


この悪循環からいまだに抜け出せないでいる娘に対し母は無理強いするようなことはしない。

自分から乗り越えにいかなければならないことだからだ。

背中を押すつもりではいるがそれまでは基本見守ることに徹している。


「てゆーか先輩と何話してたの?」


「うーん?別に大したことは話してないわよ」


「嘘…絶対変な事言ったでしょ」


「御礼言っただけよ。京香こそやましいことでもあるのかなー?」


意地悪にニヤリとされムッとする。

これ以上は反撃を食らうだけなので諦める。


明日の保護者面談の事前打ち合わせをして母子並んで就寝した。


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