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圭介side-10

停電が起きた次の日の朝。

目を覚ますと京香がエプロンを付け台所で朝御飯を作っていた。

目覚めたはずなのに夢の中にいるようだった。

誰かと同じ部屋で朝を迎えるなんていつぶりだろうか。


京香が圭介に振り向く。


「おはようございます」


「…ん、おはよ…」


京香の顔色は良いようだ。

ぐっすり眠れたのかもしれない。

良かった。


自分の部屋へ支度に帰りまた京香の部屋に戻ってきた。

朝食を食べながら誤解がないようこちらで寝た理由を告げる。

特に怪しまれなかったので安心した。

気が抜けたせいでまた可愛いと言ってしまいすぐ旨ーーーーい!で誤魔化した。

また揶揄っていると思われたくなかった。


しかしエッグ何とか旨い。

今日のバイトも頑張れそうだった。



*********



実力テストの結果を京香と見せ合った時に志望大学の話になった。

そういえばお互いの志望校を知らないのだった。

圭介は何となく地元国立大に進むつもりでいた。

情報工学が学べればどこでも良かったのだが、ここを離れるとなると食生活は勿論、金の問題も出てくる。

圭介が特に引っ越すつもりがないことを知った京香の顔が綻んだ。


ちょっと意地悪な言い方で嬉しいのかと問うと


「な!もう!その言い方!嬉しいに決まってるじゃないですか!」


と京香が叫んだ。

売り言葉に買い言葉だったのかもしれないがこれが京香の本心だと信じたい。

だから自分も本心で返した。


「そう言ってくれると俺も嬉しいけど」


(一緒の大学に行けたら大学の間も隣に住めないかな)


勝手な想像をしてそんな自分にまた引いた。



*************



11月中旬。

冬の冷え込みが身に染みる季節になった。

ここのところバイトの仕事が立て込んでいて無理をしていたからか体が少し怠い気がした。


(ちょっと寒気がするな…まぁ食って寝てれば治るか)


いつものように一人寝込んでしまえば大丈夫だろうと油断していた。

それがいけなかった。

バイト先から京香の家に着く頃には

圭介も気づかないうちに熱が上がり集中力が切れていた。


「この前先輩が来てたときに一緒にシフトに入っていた人なんですけど。牧野さんていって、経済学部に所属されているので色々教えてもらいました」


京香が弾んだ声で牧野の話をする。


(は?進路の相談をする相手がいなかったって言ってなかったっけ??)


それが別に悪いことではないのに自分以外の人に相談されるのがどうしても嫌だった。

しかも京香が嬉しそうなのがまたイラつく。

牧野という男も偉そうに何様なんだ。

京香はまだ1年なのでこの先進路が変わるかもしれない。

だったら選択肢を残しておくために理系に進んでおいた方がいいに決まっているだろう。

理転はほぼ不可能なのだから。

それなのに勝手なことばっかり言いやがって。


いつもの圭介であれば相手の意見を尊重し自分の考えを押し付けるようなことはしないのだが、この日は熱で冷静さが欠けていた。

思ったままのことを言ってしまう。

相談相手が男だったのもより苛立ちを掻き立てられた。

追い打ちをかけるように京香が牧野のことを庇う。

完全に自分の感情がコントロール出来なくなった。


自分が何を言ったのかもわからず朦朧としているとようやく京香が圭介の異変に気付き発熱していたことが発覚する。

先程の気まずさを忘れたかのように京香はすぐさまテキパキと病院に行く準備を始めた。

圭介はその流れに逆らえず神崎医院に行くことになった。



**********



気付いたら病院に着いていて、ボーっとしていたら診察が終わっていた。


「お前が病院に来るなんて珍しいな!!」


医師で総一郎と梓の父でもある善吉に吠えられた。

うっるさい。

善吉は名前に口が2つあるだけあってお喋りで声がデカい。


「気付いたらここにいたんだよ…」


「ふーん。ほーう。へーえ」


「なんだよ…」


「待合室にいた子だな?」


「………」


言い訳を考える元気もなく黙り込む。


「まぁ詳しいことは訊かんが、ようやく生きる意志が感じられるようになったな圭介。最近顔色も良くて元気そうだと総一郎も言っていたぞ」


善吉は圭介の母親の主治医だった。

母親の佳織は圭介が中学に上がってすぐ乳ガンが見つかり市民病院に入院していた。

自由奔放な母親で自分の体調にも無頓着だった。

ガンが見つかった時は既に手遅れで余命も告げられた。


その時のことはよく覚えていない。


ただあんなにも美しく自信に満ち溢れていた佳織の顔が日に日にやつれていく姿は鮮明に記憶に残っている。

見舞いに行けば佳織に当たられ言い返せば罵られ。

過去佳織に殴られたのは一度や二度ではないし食の恨みはいまだにトラウマとなって残っている。

それでも圭介は毎日見舞いに通った。


―――俺は生きているぞ。


どれだけ虐待を受けようといじめに遭おうと生き続けてやった。

それを佳織に見せつけたかったのだ。

死に向かいつつある母親へのせめてもの反抗だった。

今思うとなんて残酷なことをしたんだと当時の自分にゾッとする。

しかしそうでもしなければ自分の生きてきたことの意味がわからなくなりそうだったのだ。


佳織は桜を見ることもなく春先に亡くなった。


------------


善吉は毎日母親の見舞いに来る圭介を気に掛けていた。

母親の佳織とぶつかりながらもせっせと通いつめている圭介の行動が不思議だった。

佳織と同じく美しい顔を持つ圭介は病院内でも目を惹いた。

食べてはいるようだが中学生男子にしては細い体を心配したまに無理やり自分の家に連れて帰って食事を共にした。

最初は嫌々だった圭介も食べ物には目がないようで声を掛ければ嬉々としてついてくるようになった。

息子の総一郎にも懐いていた。

しかし佳織が亡くなった途端それまではあった、何が何でもという『生きる意志』が

圭介から感じられなくなった。


特に中学ではそれが顕著だった。

常にぼんやりとしていて生きているというよりは“死んでいないだけ”だった。

総一郎に同じ高校に来ないかと誘われるままに入学し、どうやらその高校が合っていたようで以降は楽しそうにしていた。

将来やりたいことも出来たと言っていたので安心してはいたのだが、それでも食べられないと思ったものは倒れようが絶対に口にしないし

体調を崩しても無理をしようとする。

明らかに貧血の症状が出ているときもよくあった。


それがここ最近圭介の様子が変わったと総一郎が言う。

久しぶりに会ってその意味がよく分かった。


(圭介が女で変わるとはな…)


------------


意識が半分飛んでいる間に圭介は車に乗せられていた。

車内では善吉の大声が響いている。

京香が汗を拭いてくれていたことでなんとか意識を保っていた。


京香が水を飲ませてくれる際零れないように手を添えてくれた。

京香の手が冷たくて気持ち良かったので自分の望みの赴くままにその手を握り目を閉じた。


(もう怒られてもいいや…)


そこからまた記憶が曖昧になっていった。

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