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圭介side-9

校祭後のある日のバイト帰り。

風が強く肌寒かったのでコーヒーでも買って帰ろうと圭介は駅前のカフェに寄った。


入口ガラス戸から中を覗くと京香がレジに立っていた。

赤のストライプのシャツに茶色のベストを着用した制服姿はいつもより少し大人っぽく見えた。

後で怒られるとは思ったが京香を近くで見たい誘惑に負け入店してしまった。


客を圭介と認識した京香から『何しに来た』という念が送られてきた。

それをスルーしてブレンドコーヒーを注文し京香の接客姿をじっと見つめる。


(さすが。動きに無駄がない)


何様だという感想を抱きつつようやくまた目が合ったところで笑顔で御礼を告げる。

京香が恥じらっているのが伝わってきた。

ああ、これはやっぱり帰ったら説教だろうな。

出て行くときに京香から痛いほどの視線を背中に感じた。

絶対睨まれている。



*********



帰ると連絡した19時半に京香の部屋を訪れる。


「こんばんは」


京香の挨拶は最近これに統一されてしまっている。

『おかえりなさい』が聞きたいのに。

以前当然のように『ただいま』と返したのが気持ち悪かったのだろうか。

圭介は京香の想いにはとことんネガティブになる。


そしてやはりバイト先に来るなと言われてしまった。

わかっていたが凹む。


「だってバイトの先輩にも様子が変だったって言われたし気にしちゃうじゃないですか」


バイト先の先輩。

この言葉に引っ掛かりを覚えた。

さっき一緒に働いていた男のことのようだ。


(白洲さんの様子が変だった?普段喋らないのにそんなことわざわざ言うか?)


なんかムカつく。

よくわからないがムカつく。


ダメだ。

折角のご飯が楽しくなくなってしまう。

なんとか気を取り直してナポリタンを頬張った。



********



実力テスト前。

京香の部屋で一緒に勉強することになった。

京香は一人黙々と進めるタイプのようでこちらも訊かれたところだけ教えるようにしておいた。

自分のことを卑下するようなことを言う京香だが教えたことはすぐ理解するし要領も悪くない。

上手くいかないことがあってもそれは周りとの違いに焦っているだけだろう。

結果を出してもっと自信を付ければ上のレベルに上がれるはずだ。


この日生まれて初めて手作りクッキーを食べた。

京香はお菓子も作りますと言ったことを覚えていてくれたのだろうか。

それがまたあまりに美味しくて驚いた。

京香の作るものはなんでも圭介の心を捉える。


クッキーの最後の1個を京香が譲ってくれた。

口に放り込んでもらいじっくり味わった。

すると京香の様子がおかしいことに気付く。

やっぱり最後の1個を食べたかったのだろうか。


と思ったが見当違いもいいとこだった。


「先輩は私と間接キスしても何とも思わないんですか?」


(そこ!?いや、そうか間接キスって…うわあああああああああああああああ)


ようやく自分がしたことに気付いて猛烈に恥ずかしさが込み上げてくる。

さらに京香を女だと思っていないなどと勘違いをされているようだ。

それを全力で否定しようとする。

女だと思っていなかったらこんなに悩んでない!


その時突然予期せぬ停電が発生した。

圭介が落ち着いてすぐに現状確認を行う。

京香は慣れていないのか固まっているようだ。喋りもしない。

もしかして怖いのだろうか。

こういったことに慣れている圭介にはわからなかったが

急にこんな真っ暗になってしまったのだから仕方がないのかもしれない。


京香が安心出来るように対処法を色々伝授する。

復旧するまでどうしようかと考えていたところでスマホを落としてしまった。

画面をOFFにしていたのでどこにいったかわからず手探りで探そうとすると

自分の手の上に京香の手が重なった。

手をどけられると思ったが逆に握られたのが意外で

そこでようやく京香が本当に怖がっていたのだと気付いた。


京香に大丈夫かと訊くと明らかに大丈夫ではない声で大丈夫だと言われてしまった。

弱っているところを見せてもらえない自分が情けなくて大きな溜息が出た。


京香がビクリと反応して手を離そうとしたのが感じ取られ、圭介はすぐさま手を握り返して京香の身体を引き寄せた。

全身で包み込むように抱き締め、このままでいさせてくれと懇願すると京香はそれを受け入れてくれた。


その体勢のまま別のことに気を逸らし不安を取り除こうと圭介は過去に自分の身に起こった有事関連エピソードを話し始めた。

途中京香が圭介の胸元のシャツを握った。

それが何かに縋り付いているようでまた心配になる。

嫌なことでも思い出したのだろうか。

京香を抱く手に力を込めて大丈夫だと伝える。


しばらくして京香の寝息が聞こえてきた。

電気も復旧し京香の顔を覗き込むと穏やかな顔で眠っていた。

この子は自分に気を許し過ぎではないだろうか。


(白洲さんの方こそ俺を男と見ていないのでは…)


少し落ち込みつつ京香をベッドに寝かせた。

一度自分の部屋に戻り歯を磨いてから毛布を京香の部屋に運んだ。

ベッドの脇に座り毛布にくるまる。

息を潜めて京香の寝顔を眺めた。


「はー…好きだ…」


自分でも聞こえないくらいの囁きだった。

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