圭介side-8
文化祭2日目の夜。
まだ京香が昼間のことを怒っているのではないかとドキドキしながら京香の部屋のインターホンを押した。
すぐに京香が現れ
「おかえりなさい」
と言った。
それがあまりに自然で自分も反射的に『ただいま』と返していた。
いつも『こんばんは』と言ってくれるのも嬉しいのにそれが『おかえりなさい』に変わっただけでこんなに胸が温かくなるのか。
また言ってくれないだろうか。
この言葉を聞くために毎日早く帰って来たい。
部屋に入ると好物の肉じゃがが食卓に並んでいて全力で喜んだ。
京香に少し意地悪をされて慌てたが食べられれば問題ない。
やはりまだ根に持たれているようだ。
反省。
京香が体育祭の昼御飯についてどうするのか聞いてきた。
それは去年も頭を悩ませた問題だった。
おばちゃんには昼食は学食で大丈夫だと言って弁当は作ってもらっていなかった。
体育祭の日もそれは同じで、1日昼食を抜いたくらいではぶっ倒れることもないだろうとタカを括っていた。
しかし想像以上に体育祭がガチで圭介もそのノリに本気で参加してしまい昼休憩時には腹の虫が大合唱していた。
弁当を忘れたということにしていた圭介は男子に施しを受けていたのだがクラスメイトの女子が自分の弁当を持ってわらわら寄って来てしまった。
普通に分けてくれればいいのに女子にあーんを強要され嫌な顔をするも空腹に勝てずそれに応じていた。
それを思い出し京香に告げるべきか悩んだ。
なぜだか怒られるような予感がしたのだ。
しかし京香からの圧に負け白状すると案の定京香の機嫌が悪くなっていく。
無言で何も喋ってくれない。
まだ罵ってくれた方がましだ。
ただ何をそんなに怒っているのか正確にはわからないのでどう言い訳したらよいのか考えもつかない。
この空気に胃がキリキリしてきた。
もうそんなことはしないと誓うと京香が圭介を気遣い弁当を作ると言ってくれた。
神か。神なのか。
見るからに怒っていたのになぜ。
京香は約束だからと特に気にする様子でもない。
嬉しすぎる。
手作り弁当を見られて勘違いされないか京香が危惧していたので絶対にバレないようにしなければと固く決意する。
明日どこで弁当を食べようかと考えていると
「あ、明日は体育祭ですし、先輩お肉もっと食べてください。はい、どうぞ」
京香が何を思ったのかあーんを求めてきた。
(え…?なんで??)
圭介にとっては肉も食べられあーんもしてもらえるというただのボーナスステージなのだが京香はどうしてしまったのだろうか。
本当に食べていいものか迷っていると京香の手が震え出した。
自分から差し出しておきながらみるみる照れていく京香がまた可愛い。
「な、なーんちゃって…」
と京香が手を引こうとしたところで圭介は京香の右手を掴み箸の肉をパクリと食べた。
より肉が美味しく感じられた。
当の京香は全身が真っ赤だ。
自分も同じようなものだろう。
他の誰にされてもこんなに恥ずかしいことはなかった。
やはり京香は特別なのだと思う。
京香ともっと仲良くなりたい。
ただの友達でいられなくなるのも時間の問題だ。
しかし仮に、もし仮に京香が自分を好きでいてくれたとしてもその先はないような気がする。
付き合えても他の女子に知られれば京香の立場は悪くなるだろうし、圭介から告白して付き合うのは無理だと振られたらこの関係が壊れてしまうかもしれない。
付き合えても地獄。振られても地獄。
じゃあどうしたらいいんだ。
とりあえずこの関係を続けられるように気持ちを抑えるしかないのか。
(いつまで耐えられるかな…)
とっくに歯止めがきかなくなっている自分に気付かず圭介はこれからのことを考えていた。
**********
体育祭当日。
京香から弁当を受け取り圭介は朝からウキウキだった。
もはや体育祭とかはどうでもよくなっておりどうやって弁当を隠れて食べるかしか頭になかった。
午後イチの棒倒しのときに仮病を使って抜け出すことを思い付いた。
棒倒しは人気競技で生徒も教員も全員が参加・応援し校舎がもぬけの殻になる。
その間に人が寄り付かない理科準備室で弁当を食べるのだ。
これだ。
圭介は午前の部から体調が悪そうな顔を作りフラグを立てていた。
作戦通り昼休憩時に保健室に行くと言って姿を消す。
保健室で昼休憩をやり過ごし棒倒しが始まる頃合いを見計らって理科準備室へ急いだ。
「いただきます!」
夢にまで見た体育祭のお弁当!
小中学生の頃は母親が置いていったお金で買ったコンビニのおにぎりを嫌々食べていた。
勿論そんなもので力を発揮できるわけがない。
やはり運動会や遠足は弁当でなければ。
(旨い…泣きそう…)
初めての手作り弁当に感動で震えた。
さらに食べ進めていると
「先輩…?」
「うぐっ!?」
誰も来ないと安心しきっていたので
突然の京香の登場に動転しご飯が喉に詰まった。
京香からペットボトルのお茶をもらいそれを飲み干しなんとか落ち着く。
ヤバかった。昇天しかけた。
棒倒しは出なくていいのかと心配されたので誰にも見つからないようにサボってここで食べていると説明すると
京香が申し訳なさそうな顔をした。
圭介自身もこの弁当を誰にも見せたくなかったので全然気にしていないのに。
京香に元気を出してもらおうとおどけて気を紛らわしてみる。
京香がお茶を買いに行くと立ち上がったが腕を掴んで止めた。
傍にいてほしいし、ご飯は京香が一緒だとより美味しくなるからだ。
出会った時の話になり、あれからもう2ヶ月経っていることに驚いた。
楽しい時間は早いと言うがこれほど実感したのは初めてだった。
感慨深いなぁと思っていると京香が梓と友達になったと言った。
友達はいないと言っていたのによりによって梓かよ、と動揺する。
しかも梓から自分の話を聞いたらしい。
変なことを言っていなかったか訊こうとして京香の顔と接近してしまった。
お互いに緊張が走った。
少し見つめ合った後気まずい空気に耐えられなかったのか、京香が立ち上がり理科準備室を出て行こうとする。
ここでふと鉢巻きのことを思い出した。
去年体育祭が終わった後女子に囲まれ鉢巻きを寄越せと迫られたのだ。
あの時は女子たちの必死の形相が怖くて逃げ出し家で鉢巻きを捨てたのだが、今年も同じことが繰り返され、今度こそ誰かに奪われてしまうかもしれない。
そんなことになるくらいなら京香に持っていて欲しい。
鉢巻きを京香に渡すと不思議そうな顔をされた。
この学校における鉢巻きの意味を知らないようだ。
それならそれでいい。
圭介の中では京香が持っていることに意味があるのだ。
京香が出て行った後、一緒にご飯を食べられるのがあと2ヶ月だという具体的な数字に焦りを覚える。
『先輩の美味しそうに食べる姿を見る方が大事ですから』
先ほど京香が言ったこの言葉。
これは京香も2人でご飯を食べる生活を続けていきたいという意味ではないのだろうか。
いや、まだダメだ。
京香の気持ちがはっきりと分かる何かが欲しい。
確実に両想いでなければ自分の気持ちを伝えるのが怖い。
自分がこんなにも臆病者だったのかと今更ながら悟った。
(カッコ悪ぃな俺…)
圭介はそんな自分に嫌気がさし理科準備室の机でふて寝した。




