看病
京香が圭介の部屋に上がったのはこれが初めてだった。
ご飯を食べるのも勉強するのも京香の部屋だからだ。
京香は自分のテリトリーの方が安心できるので特に入ってみたいとは思っていなかった。
早速圭介をベッドに寝かせ必要なものを揃えようと部屋を見渡す。
部屋の間取りは京香の部屋と同じだがこちらの方が広く感じた。
部屋に置かれている物が非常に少ないからだろう。
大きなものはシングルベッドとPCデスクと椅子のみ。
ローテーブルもクッションもない。
PCデスクはガラス天板のものでデスクトップの本体が足元にありデスクの上にキーボードとマウス、モニターが3台並べられていた。
洋服は全て作り付けのクローゼットに入っているようだ。
圭介に場所を聞いてタオルと桶と部屋着だけは確保できたがそれ以外のものがない。
最低飲み水と体温計は傍に置いておきたい。
自分の部屋から持って来ようと立ち上がる。
「部屋からお水とか持って来るので先輩は着替えておいてください」
「うん……戻ってくる…?」
(か、かわ…!子どもみたい…)
よしよししたくなってしまう。
「はい、大丈夫ですよ。すぐに戻りますね」
自分の部屋に帰り、まずは晩御飯の片づけを済ませる。
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し体温計と愛用の半纏を持って行った。
圭介の部屋に戻ると圭介が着替えに苦戦していた。
汗で上の服が脱げないようだ。
Tシャツが半分だけ脱げた状態で頭が隠れお腹だけが出ている。
腹踊りのような恰好になっていてちょっと面白い。
圭介の傍に寄って脱ぐのを手伝うとスポン!とTシャツが抜けて圭介の顔が出てきた。
上半身が汗だくだ。
というかその前に半裸だ。
(ひいいいいいいいいい……!!)
脱がせたのは自分だが突如上半身裸のイケメンが現れて目のやり場に困る。
あと色気がヤバい。
熱でだるそうな表情も汗で濡れた髪も水で湿った唇も全てにおいて色気が全開でクラクラしそうだった。
(いや、これは看病だから。大丈夫だ。落ち着け京香)
自分に言い聞かせタオルで圭介の身体の汗を拭く。
圭介は何も言わず大人しく拭かれている。
京香は圭介が半裸であることを極力考えないようにしていたがそんな器用なことができるわけはなくやっぱり意識してしまう。
正直服の中はひょろっひょろな身体なのかと思っていたのに意外と筋肉がついていて逞しかった。
大人の男性の裸をちゃんと見るのは父以来なのでドキマギする。
圭介が“男の人”であると実感し緊張してきた。
一生懸命そんな気持ちを頭から追い出しながらひたすら汗を拭いて
着替えのTシャツとその上からトレーナーを着せた。
着替えが終わるころには京香も変な汗をかいてぐったりしていた。
布団を整えて圭介を寝かせると話しかけられた。
「総ちゃんと何話してたの?」
「神崎先輩とですか?何って…先輩のこと心配されてました」
「それだけ?」
なぜ追及する。
「あと小学校からの仲ということと、お母さんが入院してから付き合いが深くなったって…」
これ以上はないと目で訴える。
「そっか…」
納得してくれたようだ。
圭介の表情が和らぎこちらを見ながら言った。
「あとボーっとしてたのもあるんだけど…さっきあんなこと言ってゴメン…」
夕飯時のことだろうと推測する。
「はい。大丈夫です。いつもの先輩じゃないのわかってましたから」
「牧野?さん?を悪く言いたかったわけじゃなくて…なんていうか……うーん……」
熱のせいで頭の回転が鈍っているようだ。
「無理しなくていいですよ。…先輩、地元国立に進むかもって言ってたじゃないですか。牧野さんはそこの経済学部に通ってるんです。私、まだレベルは足りてないけど、できたら先輩と同じ大学に行きたいと思ってて…だから、その…」
圭介が熱で朦朧としているのをいいことにまだ言わないでおこうと思っていたことを言ってしまう。
「俺も…!」
急に話を遮られ驚くと圭介が京香に向かって身を起こした。
「え?」
「あ、えと、同じ大学目指すなら俺を頼ってよ。俺も1年先に行くんだから」
「は、はい…よければお願いしたいです」
ホッとした面持ちで圭介がベッドに倒れ込む。
「…というか…俺だけを頼ってよ…嬉しそうに…他の男の話しないで…」
目を瞑ってうわ言の様に言い残しそのまま眠ってしまった。
圭介の呟きに唖然とする。
(熱!熱でおかしくなってるからこの人!)
圭介の熱が感染ってしまったかのように頬が熱い。
圭介が寝てしまったので再び自分の部屋に戻り毛布を取って来た。
半纏を羽織り毛布にくるまってベッドの傍に座った。
圭介の様子が落ち着いたら帰ろうと思っていたがやはり心配なので朝まで看病することにした。
しばらくして京香にも眠気が訪れベッドにもたれかかって眠りについた。
夜中圭介がうなされる声で目が覚めた。
起きてはいないようなので黙って顔や首の汗を拭う。
暗い部屋の中で圭介の吐息だけが聞こえる。
小さい頃、母もこうして夜通し自分の看病をしてくれたことを思い出す。
自分がこんな状態で独りきりだったら…寂しくて辛くて泣きたくなるだろう。
苦しそうな顔をする圭介を見ているとどうにかして自分と代わってあげられないかと思う。
母も同じ想いだったのだろうか。
布団から出ている圭介の手に触れた。
熱い。
そっと握ってみる。
大きな手だ。
神崎家の車の中で握られた時は驚き恥ずかしかったが同じくらい圭介の体温と手の感触に安心した。
だから恋人同士は手を繋ぐのだろうか。
小さな子どもも。
安心したくて繋いでいるのか。
握っていた圭介の右手がピクリと動き、京香の手を握り返した。
「先輩…?」
「…手…握ってて…お願い…」
心なしか涙声に聞こえた。
「はい、握ってますよ。傍にいますから安心してください」
「ありがとう…」
その後苦しそうな呼吸が穏やかな寝息に変わった。




