和風タコス
実力テストから数日後、テストの答案が返ってきた。
各科目の授業で返却され、受け取るたびに京香は顔面蒼白になっていた。
まだ1年で最初の実力テストだったとはいえ、こんな点数で大学に受かるのか。
不安でいっぱいになる。
それでも総合成績は目標としていた200番に近い214位だった。
(こんな点数でこの順位!?この学校の偏差値どうなってんの???)
順位表を手に思わず周りを見渡す。
葵は溜息をつき、梓はぽやっとしていて感情が読めない。
みんなそれぞれで自己完結しているようでどうだっただの自分はこうだっただの言い合っている子はいなかった。
ますますこの点数をどう受け止めればいいのかわからず京香は晩御飯の時に圭介に相談してみることにした。
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今日の献立は和風タコス。
合い挽き肉が安かったからだ。
合い挽き肉をフライパンに入れ炒め、肉から出てきた余分な脂をクッキングペーパーで吸い取る。
みじん切りにした玉葱、人参、ピーマンと冷凍コーン、さらにボリュームを出すため崩した木綿豆腐を加えさらに炒める。
焼き鳥のタレを流し入れて味付けは照り焼き風に。
丼によそったご飯の上に盛り、最後に半熟の目玉焼きを乗せて完成。
今日は早めの18時30分に圭介がやってきた。
「実力テスト返って来ました」
「うん。どうだった?」
「やっぱり期末考査とは全然違いますね…こんな感じでした」
細長い順位表を見せる。
「ふむ。やっぱり国語はいいね。古典が得意なのかな?数学は…うん、これから一緒に頑張ろう。今度休みの日にゆっくり復習しようか」
「はい。ありがとうございます。助かります」
「ちなみに先輩は…」
「なんとか死守した。はい」
今度は圭介の順位表を見せてもらった。
(すご…)
あまりの異次元の成績結果に絶句する。
国語が4位で日本史が5位という以外その他は科目別1位でもちろん総合成績トップ。
鳥肌が立った。
それに引き換え京香は200位ちょっと。
その格差がまた京香の自信を失わせる。
顔が良くて、性格が良くて(京香の前では)、頭も良いなんて。
自分は存在を意識させないほどの平凡な顔で、
性格も際立って良いわけではなく、
頭もこの学校では下から数えた方が早い。
釣り合わないにも程がある。
「はぁ~~~~……」
悲しいを通り越して自分に呆れて溜息が漏れた。
圭介の凄さを実感するたびに現実に引き戻される気がする。
この人と結ばれるという未来にほんの少しの可能性もないという現実に。
「まだ1年だから大丈夫だよ。2年の後期までに高校の必修科目は終えるからそこからが受験勉強の本番。今は基礎を固めるときだから実力テストの結果に一喜一憂するより結果を受け止めてどう行動するかだと思うよ」
京香の溜息を成績不振のためだと思ったらしい圭介が諭してくれた。
「先輩、先生みたいですね。ありがとうございます。頑張ります」
圭介の優しさが胸に響き素直に受け止める。
「ところで先輩って具体的に志望大学って決めてるんですか?」
「一応進路調査票には脅されて東大とは書いてるけど」
教師からのプレッシャーが半端ないのだろう。
圭介は学年1位ながら志望は医学部というわけではないので大学の選択肢としては東大京大くらいしか許されなそうだ。
「東大に行きたいわけではないんですか?」
「うーん。上京するのがねー…こっちにいるより生活費かかるじゃん」
「物価高いですもんね」
「うん。食生活もどうなるかわからないからなぁ。東大出といた方が何するにも信用度が違うのは確かなんだけど」
東大に行けば国内で最もレベルの高い教養が得られ色んな意味で有利なはずだ。
しかし彼の夢は教育の貧困格差に加え地域格差を失くすことでもあるので、それを実現するために地元に残った方が地方の現場の変化が見られて良いのだと言う。
(頼むからこれ以上私との差を広げないでほしい…)
圭介の明確なビジョンと目標の高さにどんどん自分への自信がしぼんでいく。
しかしここでふと気づく。
「え、てことは地元の大学に進学するつもりってことですか?」
「そうなるね。多分。あそこ情報工学もあるし」
『あそこ』とは京香の住む街の隣県にある旧帝大のひとつでノーベル賞受賞者も多数輩出する名門大のことだ。
圭介の学力レベルを考えると少し物足りない気もするが質の高い教育は受けられる。
そして京香たちのアパートの最寄り駅から電車で40分程で行ける場所にある。
「ここから…大学に通うんですか?」
「うん。そりゃ勿論」
(高校卒業しても隣に住むんだ…!)
学年1位である圭介の進路の選択肢は無限大なので、てっきり最高学府へ進学することが確定しているものだと思っていた。
思わぬサプライズに顔が綻んでしまう。
「そうなんですか…ふふ」
「どうしたの?嬉しい?」
「な!もう!その言い方!嬉しいに決まってるじゃないですか!」
圭介の面白がるような物言いにカチンときてつい本音が出てしまった。
「そう言ってくれると俺も嬉しいけど」
圭介がチラッと京香を見て言い、丼を持ち上げご飯を掻き込んだ。
圭介の言葉に胸が高鳴るのに大家さんがいないときの緊急避難用食事係なんでしょ、とまた自分を蔑む。
それでも美味しそうに食べる圭介を見ていると幸せな気持ちになりとりあえず今は忘れようと思った。
「しかしこれタレが堪らんね。米が進み過ぎる」
「焼き鳥のタレは万能ですから。明日はこの残りで炒飯かドリア作りますがどっちがいいですか?」
「究極の選択!選べない!」
一緒にご飯を食べられるのはあと2ヶ月弱。
一緒の高校に通えるのはあと1年とちょっと。
隣りに住んでいられるのは…
京香も学部はおおよそ決まっていても大学はまだここだというところはない。
母のいる関西の大学も考えたりもしたが圭介が地元国立大に進むなら…あそこにも経済学部はある。
ただ今の自分には少しランクが高い。
ランチのときの葵の言葉を思い出す。
『付き合ってた相手が東大目指してたからそれに引っ張られて絶対無理だって言われてた大学に入った先輩もいるしね。間違いなく恋パワーでしょ』
恋をしたら本当にそんな力が宿るのだろうか。
自分は恋愛に挫けてマイナス方向に進んでいきそうだ。
とにかく目の前の課題に取り組みつつ進路を考えねばと身を引き締めた京香だった。




